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「たくさん、たくさん心配しましたのよ。もう二度と近付くな、なんて言われたくありませんわ」
「言わないよ。もう言わない」

 痺れている腕とは逆の手で、ヴィヴィアンの頭を撫でる。
 久しぶりに触れるヴィヴィアンの髪は、今日も艶がのってサラサラしていた。
 本当に危険がなくなったというなら、僕がヴィヴィアンを遠ざける必要はない。

「約束ですわよ! それと、これはお返しします」

 ヴィヴィアンはベッドの上で膝立ちになると、僕の首にペンダントをかけた。

「あと二年したら、わたくしもお父様からいただけますもの。お兄様のものは、お兄様がお持ちになって!」
「そうか……そうだな」

 戻って来たペンダントに触れる。
 これも二度と手放さなくて済むんだろうか。

「お兄様、わたくし、髪が乱れてしまいましたわ」
「あ、すまない」
「いいえ、もっと撫でてくださっていいのですけど、身だしなみを整えてきますわね」

 そう言って、ヴィヴィアンはベッドから下りる。

「ヴィー?」
「でもすぐに戻ってまいりますから!」
「ありがとう、ヴィー」

 父上と話す時間を作ってくれるようだ。
 迂遠な言い回しに、貴族の女の子らしさを感じた。
 手を振りながらヴィヴィアンは侍女と一緒に部屋を出る。
 もうドアの傍に甲冑をきた護衛はいなかった。
 父上と二人っきりになった途端、視界が遮られる。

「父上」
「良かった。お前を失うなんて、耐えられなかった」

 胸に抱かれ、僕も父上の背に手を回した。
 広い背中が震えている。

「僕は、どうなったのですか」

「ペーパーナイフを胸に突き刺した状態でいるのを、ドアを押し開けた護衛が発見した。すぐさま侍医を呼んで治療が施された」
「『怨』は……」
「お前が鎮めたのだ。お前は自害することで、『怨』を種に戻したのだ。命が助かったのは、奇跡的だとしか言いようがない。幸い、心臓から刃が左にそれていた」

 父上の言葉に、前世の記憶から身体図が浮かぶ。
 あぁ、そうか……心臓は左胸にあると思ってたけど、実際は胸の中央にあるんだ。
 あのときは焦っていて、深く考えている余裕がなかった。それが、よかったのかな?

「いまわの際に、闇の化身となった者が理性を取り戻すことはわかっていたが」

 父上は語る。
 今まで闇の化身となった者は、すぐに理性を失ったと。
 けれど理性的な僕を見て、伝えられている記録との違いに悩んでいたことを。

「私にはお前が闇の化身になったと確証が持てなかった。けれど、お前の体から『怨』の気配は感じられた。不甲斐ないな、自害しろとお前に言っておきながら、私は右往左往するばかりだった」

 そんな中、ヴィヴィアンだけは異変に気付いた。

「父親失格だ。よもやお前の体が乗っ取られていたとは、思いもしなかった。ヴィヴィアンから話を聞かされたときも、てっきりウッドワード家の者として『怨』の気配を感じているのだと」
「父上は事情を知っていたでしょう? ヴィヴィアンは僕がすべきことを知らなかった。だから直感を得られたのかもしれません」
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