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「ふんふんふ~ん」

 隣で鼻歌を歌うヴィヴィアンの姿を見ると、僕まで嬉しくなってくる。
 街へ移動する馬車の中、外の景色を眺める横顔が笑みを浮かべていれば尚更だ。
 護衛や侍女を除けば、子ども二人でのはじめてのお出かけ……うん、結構な人数がいるけど、傍に父上と母上がいないのは事実だ。
 父上は渋ったものの、目を潤ませる愛娘には勝てなかった。
 結果、警護を整えるのに期間を要し、出かける時間も店の営業前という早朝になってしまったけれど、ヴィヴィアンが文句を言うことはなかった。
 むしろどこで覚えたのか、お兄様とデートですわ! と、上機嫌で言ってくれるものだから、僕もつい、支度に気合いを入れてしまった。
 夜会では両親とお揃いだった白百合のコサージュを、今日はヴィヴィアンとお揃いにしている。

「あら、もう街に着いてしまいますのね」
「今日は時間も早いから、馬車の進みが順調だったのだろう」

 何せ、父上の意向で、営業前の店を貸し切ったのだ。
 他の客もいる時間帯だと警護しにくいのが、その理由だった。貴族街という治安の良い地区で考え過ぎな気もするけど、先日の夜会を思い返せば、杞憂だとは言えない。
 僕一人ならまだいい。
 けれど今日はヴィヴィアンも一緒だ。
 念には念を入れたい気持ちは、僕も父上と変わらなかった。母上は呆れていたけど。

「お兄様は、お疲れではなくて?」
「いいや、ヴィーは疲れたのか?」
「わたくしは全然! でも、朝が早かったでしょう?」
「ヴィーに比べたら、遅いくらいだ」

 何せ女の子の支度には時間がかかる。
 普段より手の込んだ髪の編み込みが、それを物語っていた。
 僕が起きる前から、ヴィヴィアンは支度していたに違いない。

「本当に、ご無理をなさってません?」
「していないよ。疲れているように見えるか?」
「むしろいつも通り過ぎて、見た目では判断が難しく……いえ、今日のお兄様はいつにも増して素敵なのですけど!」

 気遣ってくれる健気さが愛おしくて、編み込みを崩さないよう、そっとヴィヴィアンの毛先に触れる。

「ありがとう。ヴィーの可憐さの前には霞むが、気に入ってもらえたなら嬉しい」
「ずっと眺めていたいくらいです!」
「僕もだよ。この瞬間を永遠に残せたらいいのに」

 調子に乗って触れた毛先にキスを落とすと、ヴィヴィアンは真っ赤になって固まった。
 初々しい反応に心が躍る。けど、それでも僕の表情は変わっていないんだろうな……。
 自分の顔を思い浮かべるとき、決まってあの夜、窓ガラスに映った氷像のような姿が浮かぶ。
 父上ほどではないにしろ、表情が変わらない時点で、親しみやすさはないと思う。
 けれど僕の予想に反して、アルフレッドたちが懐いてくれているのが、嬉しくもあり、少し不思議でもあった。

「ヴィーは、僕を怖いと思ったことはないのか?」
「お兄様をですか?」
「父上のことは怖がっていただろう?」

 今はコサージュをお強請りできるぐらいに遠慮がなくなっているものの、前は明らかに父上に対して恐怖心を抱いていた。
 同じように僕のことを怖がっていたときはなかったのだろうか。

「お兄様のことを怖いと思ったことはありませんわ」
「表情が変わらないのに?」
「確かに何を考えておられるのか、わからないときはありますけど……機嫌ぐらいは傍にいればわかりますもの」

 基本的に僕が纏う空気は柔らかいのだと、ヴィヴィアンは続ける。
 表情は変わらなくても、その空気感が、一緒にいて心地良いのだとも。

「お父様のことは、わたくし、ずっと怒っておられるのだと勘違いしてましたの。でもお兄様が抱っこをせがまれたときの反応で、そうじゃないとわかったのです。お父様もお兄様と同じなのだと理解してからは、怖くありませんわ」
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