42 / 82
042
しおりを挟む
「この……裏切り者っ!」
その少年が何かを投げる。
僕はそれがぶつかる音を、間近で聞いた。
「っ!?」
「エリック!?」
少年は、ジュースの入ったグラスを投げたのだ。
しかも当たった場所が悪かったようで、エリックの顔からジュースと一緒に血が滴る。
場が騒然となった。
「誰か医者を呼んでくれ! エリック、大丈夫か?」
「大丈夫です……ルーファス様、服が汚れます」
「そんなこと気にしている場合か!」
エリックを仰ぎ見ながら、持っていたハンカチで傷口を押さえる。
早く手当しないと。
気持ちが急くものの、どうしたらいいのかわからない。
「ルーファス」
喧騒の中でも、しっかりと耳に届いた低い声に顔を上げる。
「父上っ、エリックが、ケガを……」
「わかった」
狼狽する僕に対し、父上の行動は早かった。
エリックを抱き上げ、歩き出す。
僕は慌てて後を追った。
◆◆◆◆◆◆
父上が向かったのは、休憩室だった。
社交の場では、体調を崩した人が休めるように、部屋が設けられていることが多い。
医者も待機していたのか、すぐに駆け付けてエリックの手当をしてくれた。
「出血ほど傷は深くありません。二、三日もすれば塞がります」
その言葉に安堵する。
「大事がなくて良かった」
「ルーファス様、申し訳ありません。元はといえば、自分が間違いを……」
「タイムから聞いた。勘違いが重なったのだろう? 僕は気にしていない」
タイムの反応を見誤ったのは僕も同じだ。
あのときのことを素直に白状すると、エリックは苦笑して視線を床に落とした。
治療のため、椅子に座っていたエリックのつむじが見える。
「自分は、その前から間違っていたようです。ルーファス様のことをよく知りもせず……先ほどの騒ぎで肝が冷えました。自分も彼らと同じだったのかと」
タイムの前では、エリックも彼らと同じだった。
正しいおこないをしているつもりだったのだ。
少し前の自分を客観的に見て、ぞっとしたとエリックは続ける。
「申し訳ありません。この口で、自分はとても酷いことを、ルーファス様に……」
「気付いてくれたなら十分だ」
泣きそうな声音を聞いたら、自然と手が伸びていた。
短い深緑の髪を撫でる。
その触り心地は、前世のアウトドアブランドの店前に置かれたクマと一緒だった。
どこか懐かしくて、ついよしよしと撫でてしまってから、エリックが自分と同じ年だったことを思いだす。
見れば、ケガとは別に、エリックの頬が赤くなっていた。
「あ、子ども扱いしたわけではないんだ」
「はい……少し、驚きましたが、大丈夫です」
本当に大丈夫だろうか。口調がたどたどしい。
「その、もっと……いえ、大丈夫です」
何がどう大丈夫なんだろう。
もっと撫でていいなら撫でるけど。
お言葉に甘えて、懐かしい髪質を堪能していると、父上が咳払いをした。
「ルーファス、事の顚末を説明してくれるか?」
そういえば父上もいたんだった。
はじまりは、僕への悪口からだ。
それを説明するのは気が引けるけど、エリックにケガを負わせた少年は、罪を償う必要がある。
彼の身元はエリックが知っていた。
僕とエリックは、二人で情報を整理しながら、父上に経緯を話した。
その少年が何かを投げる。
僕はそれがぶつかる音を、間近で聞いた。
「っ!?」
「エリック!?」
少年は、ジュースの入ったグラスを投げたのだ。
しかも当たった場所が悪かったようで、エリックの顔からジュースと一緒に血が滴る。
場が騒然となった。
「誰か医者を呼んでくれ! エリック、大丈夫か?」
「大丈夫です……ルーファス様、服が汚れます」
「そんなこと気にしている場合か!」
エリックを仰ぎ見ながら、持っていたハンカチで傷口を押さえる。
早く手当しないと。
気持ちが急くものの、どうしたらいいのかわからない。
「ルーファス」
喧騒の中でも、しっかりと耳に届いた低い声に顔を上げる。
「父上っ、エリックが、ケガを……」
「わかった」
狼狽する僕に対し、父上の行動は早かった。
エリックを抱き上げ、歩き出す。
僕は慌てて後を追った。
◆◆◆◆◆◆
父上が向かったのは、休憩室だった。
社交の場では、体調を崩した人が休めるように、部屋が設けられていることが多い。
医者も待機していたのか、すぐに駆け付けてエリックの手当をしてくれた。
「出血ほど傷は深くありません。二、三日もすれば塞がります」
その言葉に安堵する。
「大事がなくて良かった」
「ルーファス様、申し訳ありません。元はといえば、自分が間違いを……」
「タイムから聞いた。勘違いが重なったのだろう? 僕は気にしていない」
タイムの反応を見誤ったのは僕も同じだ。
あのときのことを素直に白状すると、エリックは苦笑して視線を床に落とした。
治療のため、椅子に座っていたエリックのつむじが見える。
「自分は、その前から間違っていたようです。ルーファス様のことをよく知りもせず……先ほどの騒ぎで肝が冷えました。自分も彼らと同じだったのかと」
タイムの前では、エリックも彼らと同じだった。
正しいおこないをしているつもりだったのだ。
少し前の自分を客観的に見て、ぞっとしたとエリックは続ける。
「申し訳ありません。この口で、自分はとても酷いことを、ルーファス様に……」
「気付いてくれたなら十分だ」
泣きそうな声音を聞いたら、自然と手が伸びていた。
短い深緑の髪を撫でる。
その触り心地は、前世のアウトドアブランドの店前に置かれたクマと一緒だった。
どこか懐かしくて、ついよしよしと撫でてしまってから、エリックが自分と同じ年だったことを思いだす。
見れば、ケガとは別に、エリックの頬が赤くなっていた。
「あ、子ども扱いしたわけではないんだ」
「はい……少し、驚きましたが、大丈夫です」
本当に大丈夫だろうか。口調がたどたどしい。
「その、もっと……いえ、大丈夫です」
何がどう大丈夫なんだろう。
もっと撫でていいなら撫でるけど。
お言葉に甘えて、懐かしい髪質を堪能していると、父上が咳払いをした。
「ルーファス、事の顚末を説明してくれるか?」
そういえば父上もいたんだった。
はじまりは、僕への悪口からだ。
それを説明するのは気が引けるけど、エリックにケガを負わせた少年は、罪を償う必要がある。
彼の身元はエリックが知っていた。
僕とエリックは、二人で情報を整理しながら、父上に経緯を話した。
0
お気に入りに追加
607
あなたにおすすめの小説
別れた婚約者が「俺のこと、まだ好きなんだろう?」と復縁せまってきて気持ち悪いんですが
リオール
恋愛
婚約破棄して別れたはずなのに、なぜか元婚約者に復縁迫られてるんですけど!?
※ご都合主義展開
※全7話
引退したオジサン勇者に子供ができました。いきなり「パパ」と言われても!?
リオール
ファンタジー
俺は魔王を倒し世界を救った最強の勇者。
誰もが俺に憧れ崇拝し、金はもちろん女にも困らない。これぞ最高の余生!
まだまだ30代、人生これから。謳歌しなくて何が人生か!
──なんて思っていたのも今は昔。
40代とスッカリ年食ってオッサンになった俺は、すっかり田舎の農民になっていた。
このまま平穏に田畑を耕して生きていこうと思っていたのに……そんな俺の目論見を崩すかのように、いきなりやって来た女の子。
その子が俺のことを「パパ」と呼んで!?
ちょっと待ってくれ、俺はまだ父親になるつもりはない。
頼むから付きまとうな、パパと呼ぶな、俺の人生を邪魔するな!
これは魔王を倒した後、悠々自適にお気楽ライフを送っている勇者の人生が一変するお話。
その子供は、はたして勇者にとって救世主となるのか?
そして本当に勇者の子供なのだろうか?
転生したら侯爵令嬢になっていたので、前世の推しに庇護されつつ騎士を目指します
にゃら
恋愛
「自称神様見習いのドジっ子にうっかり殺されたけど、第2の人生は最推しと一緒に送れるらしいしまあいっか」
何故か自分を嫌っているらしい妹と一緒に交通事故に巻き込まれ、一緒に命を落とした「私」。
自称『異世界転生ラノベの神様』から猛烈な謝罪とチートを受け取り、侯爵令嬢として、最推しと共に歩む第2の異世界人生へと足を踏み入れる。
6歳で記憶を取り戻し、ゴタゴタしながらも無事最推しと巡り会え、これでやっと剣と召喚魔法のファンタジー世界でのんびり過ごせると思ったら……。
「学園に同期入学の第1王女様が私の妹ってそれほんと?」
なんだか命まで狙われたりしてるらしいし、ここは元お姉ちゃんとして一肌脱いであげましょう!
ド堅物な最推し騎士団長と過ごす、セカンド異世界のんびりライフ。
実はツンデレ? 疑惑の妹を護る為、お姉ちゃん、侯爵令嬢初の騎士を目指します!
*第13回恋愛小説大賞、投票ありがとうございました!
*コメントやお気に入りありがとうございます。大変励みになっております!
*ゆっくり投稿していきます。
本物の恋、見つけましたⅡ ~今の私は地味だけど素敵な彼に夢中です~
日之影ソラ
恋愛
本物の恋を見つけたエミリアは、ゆっくり時間をかけユートと心を通わていく。
そうして念願が叶い、ユートと相思相愛になることが出来た。
ユートからプロポーズされ浮かれるエミリアだったが、二人にはまだまだ超えなくてはならない壁がたくさんある。
身分の違い、生きてきた環境の違い、価値観の違い。
様々な違いを抱えながら、一歩ずつ幸せに向かって前進していく。
何があっても関係ありません!
私とユートの恋は本物だってことを証明してみせます!
『本物の恋、見つけました』の続編です。
二章から読んでも楽しめるようになっています。
虐げられた落ちこぼれ令嬢は、若き天才王子様に溺愛される~才能ある姉と比べられ無能扱いされていた私ですが、前世の記憶を思い出して覚醒しました~
日之影ソラ
恋愛
異能の強さで人間としての価値が決まる世界。国内でも有数の貴族に生まれた双子は、姉は才能あふれる天才で、妹は無能力者の役立たずだった。幼いころから比べられ、虐げられてきた妹リアリスは、いつしか何にも期待しないようになった。
十五歳の誕生日に突然強大な力に目覚めたリアリスだったが、前世の記憶とこれまでの経験を経て、力を隠して平穏に生きることにする。
さらに時がたち、十七歳になったリアリスは、変わらず両親や姉からは罵倒され惨めな扱いを受けていた。それでも平穏に暮らせるならと、気にしないでいた彼女だったが、とあるパーティーで運命の出会いを果たす。
異能の大天才、第六王子に力がばれてしまったリアリス。彼女の人生はどうなってしまうのか。
【完結】地味令嬢の願いが叶う刻
白雨 音
恋愛
男爵令嬢クラリスは、地味で平凡な娘だ。
幼い頃より、両親から溺愛される、美しい姉ディオールと後継ぎである弟フィリップを羨ましく思っていた。
家族から愛されたい、認められたいと努めるも、都合良く使われるだけで、
いつしか、「家を出て愛する人と家庭を持ちたい」と願うようになっていた。
ある夜、伯爵家のパーティに出席する事が認められたが、意地悪な姉に笑い者にされてしまう。
庭でパーティが終わるのを待つクラリスに、思い掛けず、素敵な出会いがあった。
レオナール=ヴェルレーヌ伯爵子息___一目で恋に落ちるも、分不相応と諦めるしか無かった。
だが、一月後、驚く事に彼の方からクラリスに縁談の打診が来た。
喜ぶクラリスだったが、姉は「自分の方が相応しい」と言い出して…
異世界恋愛:短編(全16話) ※魔法要素無し。
《完結しました》 お読み下さり、お気に入り、エール、ありがとうございます☆
『完結』貧弱王子に婚約破棄されましたが、理想の筋肉騎士団長に求婚されました
灰銀猫
恋愛
聖女の力を持つアルレットは、呪いを受けやすい病弱なジスラン第三王子を守るため無理やり婚約させられる。
聖女の力には生涯にたった一人、呪いを無効にする力があったためだ。
好みでもなく、自分のせいで婚約したというのに全く歩み寄ろうともしないジスランとの関係にうんざりしていたアルレットは、婚約破棄を二つ返事で了承する。
さぁ、これからはあんな軟弱王子じゃなく、私好みの筋肉持ちの素敵な殿方を探してやる!と息巻いていた矢先、父の上司でもある公爵の当主であるオーギュストから求婚される。
騎士団長で、しかも理想の筋肉の持ち主のオーギュストからの求婚に、アルレットは二つ返事で了承し、筋肉を愛でる幸せな日々が始まる。
一方の王子は、同じく聖女の力を持つ侯爵令嬢と婚約し直すが、聖女の力の弱い侯爵令嬢の力では呪いが防げず、段々体調不良に…
緩く楽しくさらっと読める物を目指しています。
筋肉筋肉騒いでいますが、筆者は筋肉スキーですが知識は浅いです。すみません(汗)
深く考えずに
楽しんで頂けると嬉しいです。
2021年12月2日、HOTランキング1位、小説3位(恋愛2位)と驚きの展開です。
読んで下さった皆様に心から感謝申し上げます。
他サイトでも掲載しています。
悪役なので大人しく断罪を受け入れたら何故か主人公に公開プロポーズされた。
柴傘
BL
侯爵令息であるシエル・クリステアは第二王子の婚約者。然し彼は、前世の記憶を持つ転生者だった。
シエルは王立学園の卒業パーティーで自身が断罪される事を知っていた。今生きるこの世界は、前世でプレイしていたBLゲームの世界と瓜二つだったから。
幼い頃からシナリオに足掻き続けていたものの、大した成果は得られない。
然しある日、婚約者である第二王子が主人公へ告白している現場を見てしまった。
その日からシナリオに背く事をやめ、屋敷へと引き篭もる。もうどうにでもなれ、やり投げになりながら。
「シエル・クリステア、貴様との婚約を破棄する!」
そう高らかに告げた第二王子に、シエルは恭しく礼をして婚約破棄を受け入れた。
「じゃあ、俺がシエル様を貰ってもいいですよね」
そう言いだしたのは、この物語の主人公であるノヴァ・サスティア侯爵令息で…。
主人公×悪役令息、腹黒溺愛攻め×無気力不憫受け。
誰でも妊娠できる世界。頭よわよわハピエン。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる