上 下
32 / 82

032

しおりを挟む
 我ながら意志が弱いと思う。
 運命に任せるにしても、運命に抗うにしても、結局理性より感情のほうが勝ってしまうんだ。
 目の前で不安そうにしている子がいたら、放っておけない。
 「闇の化身」にならないよう、もっと考えて行動しないといけないのに。
 幸い今はまだ、悪いほうへは進んでいないと思う。
 アルフレッドとも、イアンとも関係は良好だ。
 けど、今後もそうだとは限らない。
 誰も悲しませない、そう決めたんだから。
 僕はまず自分を律する必要がある、んだけど――。

「ズルいですわ……」

 エントランスホールで、青い瞳を潤ませてむくれるヴィヴィアンを見ると、早くも決心が揺らいでしまいそうだった。

 考えてから、行動する。
 考えてから、行動する。
 考えてから、行動……。

 念仏を唱えるように頭の中で繰り返すものの、体は勝手にヴィヴィアンの頭を撫でていた。
 ……精進が足りないにもほどがある。

「二年後には、ヴィーも一緒だよ」
「まだまだじゃありませんの……!」

 二年なんてあっという間だと僕には思えてしまえるけど、十歳の体感だと途方もない長さなんだろうか。
 いかんせん、前世の記憶があるせいで、子ども特有の感覚が薄れてしまっている気がする。

「ヴィー、ワガママを言ってはダメよ。淑女らしく、見送りなさい」

 つい機嫌を取ってしまう僕とは違い、母上は厳しかった。
 これも教育の一環なのだ。
 侯爵家に生まれた以上、子どもであっても相応の礼節が求められる。
 二年後のデビュタントで、ヴィヴィアンが恥をかかないためにも必要なことだった。
 母上を見習って、僕も心を鬼にしないと。

 これから父上と母上、そして僕の三人で夜会に出かける。
 夜会といっても、今日のパーティーは未成年者の交流がメインなので、はじまるのは夕方だ。
 大人たちだけの夜会とは違い、帰りも遅くならないんだけど、それまでヴィヴィアンが一人で留守番することに変わりはない。
 僕のデビュタントでは、緊張がヴィヴィアンにも伝わったのか、彼女がぐずることはなかった。
 前は文句を言わず見送れた分、母上も厳しくなるんだろう。

「ヴィヴィアンは、デビュタントしなくてもいいのではないか」
「父上?」

 どういう意味か尋ねるより先に、ヴィヴィアンが反応する。

「申し訳ありませんっ、ちゃんとお見送りしますわ! お父様、お母様、お兄様……いってらっしゃいまし」

 目に涙を溜めたままの見送りだった。
 どこか腑に落ちないまま、馬車にのる。

「旦那様、デビュタントを取り上げるのは、やりすぎなのではなくて? ヴィーも普段は一生懸命、頑張っていますのよ?」
「えっ、そういう意味だったのですか?」

 母上の指摘で、ヴィヴィアンがすかさず反応した理由に納得がいった。
 ヴィヴィアンは、このままワガママを通せば、デビュタントさせてもらえなくなると思ったんだ。
 けれど僕と母上の視線を受けた父上は、首を横に振る。

「違う。惜しくなっただけだ」

 惜しく……? 僕は首を傾げたけれど、母上は父上の言葉を理解できたのか、額に手を置いて溜息をついた。

「旦那様、ヴィーもいつかは家を出なければなりませんのよ?」
「別に出なければならない決まりはないだろう」
「あの子を行き遅れさせる気ですの?」

 ……行き遅れ?
 あ、そういうことか。

「父上は、ヴィーを嫁に出したくないのですか」

 社交界は、交流を広げると共に、将来の相手を探す場でもある。
 家を継ぐ僕とは違い、ヴィヴィアンは嫁にいく身だ。
 父上は、言うことを聞かないとデビュタントさせないぞ、という脅しではなく、しなくていいんじゃないかと提案したかったようだ。
 それをヴィヴィアンはしっかり脅しとして受け取ったと。

「何故、可愛い娘を嫁に出さなければならないのだ?」
「旦那様、現実を見ましょうね?」

 どうやら感情が理性より優先されるのは、僕だけじゃなかったらしい。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

転生したら死んだことにされました〜女神の使徒なんて聞いてないよ!〜

家具屋ふふみに
ファンタジー
大学生として普通の生活を送っていた望水 静香はある日、信号無視したトラックに轢かれてそうになっていた女性を助けたことで死んでしまった。が、なんか助けた人は神だったらしく、異世界転生することに。 そして、転生したら...「女には荷が重い」という父親の一言で死んだことにされました。なので、自由に生きさせてください...なのに職業が女神の使徒?!そんなの聞いてないよ?! しっかりしているように見えてたまにミスをする女神から面倒なことを度々押し付けられ、それを与えられた力でなんとか解決していくけど、次から次に問題が起きたり、なにか不穏な動きがあったり...? ローブ男たちの目的とは?そして、その黒幕とは一体...? 不定期なので、楽しみにお待ち頂ければ嬉しいです。 拙い文章なので、誤字脱字がありましたらすいません。報告して頂ければその都度訂正させていただきます。 小説家になろう様でも公開しております。

辺境の契約魔法師~スキルと知識で異世界改革~

有雲相三
ファンタジー
前世の知識を保持したまま転生した主人公。彼はアルフォンス=テイルフィラーと名付けられ、辺境伯の孫として生まれる。彼の父フィリップは辺境伯家の長男ではあるものの、魔法の才に恵まれず、弟ガリウスに家督を奪われようとしていた。そんな時、アルフォンスに多彩なスキルが宿っていることが発覚し、事態が大きく揺れ動く。己の利権保守の為にガリウスを推す貴族達。逆境の中、果たして主人公は父を当主に押し上げることは出来るのか。 主人公、アルフォンス=テイルフィラー。この世界で唯一の契約魔法師として、後に世界に名を馳せる一人の男の物語である。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

転生したら大好きな乙女ゲームの世界だったけど私は妹ポジでしたので、元気に小姑ムーブを繰り広げます!

つなかん
ファンタジー
なんちゃってヴィクトリア王朝を舞台にした乙女ゲーム、『ネバーランドの花束』の世界に転生!? しかし、そのポジションはヒロインではなく少ししか出番のない元婚約者の妹! これはNTRどころの騒ぎではないんだが! 第一章で殺されるはずの推しを救済してしまったことで、原作の乙女ゲーム展開はまったくなくなってしまい――。    *** 黒髪で、魔法を使うことができる唯一の家系、ブラッドリー家。その能力を公共事業に生かし、莫大な富と権力を持っていた。一方、遺伝によってのみ継承する魔力を独占するため、下の兄弟たちは成長速度に制限を加えられる負の側面もあった。陰謀渦巻くパラレル展開へ。

神々に見捨てられし者、自力で最強へ

九頭七尾
ファンタジー
三大貴族の一角、アルベール家の長子として生まれた少年、ライズ。だが「祝福の儀」で何の天職も授かることができなかった彼は、『神々に見捨てられた者』と蔑まれ、一族を追放されてしまう。 「天職なし。最高じゃないか」 しかし彼は逆にこの状況を喜んだ。というのも、実はこの世界は、前世で彼がやり込んでいたゲーム【グランドワールド】にそっくりだったのだ。 天職を取得せずにゲームを始める「超ハードモード」こそが最強になれる道だと知るライズは、前世の知識を活かして成り上がっていく。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢、第四王子と結婚します!

水魔沙希
恋愛
私・フローディア・フランソワーズには前世の記憶があります。定番の乙女ゲームの悪役転生というものです。私に残された道はただ一つ。破滅フラグを立てない事!それには、手っ取り早く同じく悪役キャラになってしまう第四王子を何とかして、私の手中にして、シナリオブレイクします! 小説家になろう様にも、書き起こしております。

【完結】天下無敵の公爵令嬢は、おせっかいが大好きです

ノデミチ
ファンタジー
ある女医が、天寿を全うした。 女神に頼まれ、知識のみ持って転生。公爵令嬢として生を受ける。父は王国元帥、母は元宮廷魔術師。 前世の知識と父譲りの剣技体力、母譲りの魔法魔力。権力もあって、好き勝手生きられるのに、おせっかいが大好き。幼馴染の二人を巻き込んで、突っ走る! そんな変わった公爵令嬢の物語。 アルファポリスOnly 2019/4/21 完結しました。 沢山のお気に入り、本当に感謝します。 7月より連載中に戻し、拾異伝スタートします。 2021年9月。 ファンタジー小説大賞投票御礼として外伝スタート。主要キャラから見たリスティア達を描いてます。 10月、再び完結に戻します。 御声援御愛読ありがとうございました。

処理中です...