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「さぁ、ルー! 母の胸に飛び込んでらっしゃい!」

 何故か母上は両手を広げる。
 飛び込むのは、比喩表現ですよね?

「コサージュについてなのですが」

 僕は一歩も動かないまま、ヴィヴィアンと話していた内容を、そのまま母上に伝えた。
 着慣れないドレス姿で、下手に動けなかったのもある。
 母上は動かない僕を見て残念そうにはしていたものの、話はしっかり聞いてくれた。

「なるほど、旦那様に付けることで、流行の起爆剤にするのね……悪くない考えだわ。イアン様のための策なら、最適解とも言えるでしょう」

 前々から、母上も男性がコサージュを付けるのを流行らせたかったらしく、反応は良かった。

「旦那様にお願いする案はあったのだけど、今まではお邪魔になるかと思って切り出せなかったのよね。ルーのおかげで、気負わずにお話しができるわ」
「母上は、どうしてそこまでコサージュにこだわられるんですか?」
「そういえばルーには話してなかったわね。コサージュは我が領地の特産品でもあるのよ」

 といっても小規模な上に、既に後追いの類似品も多く、ブランドを確立するのに悩んでいたらしい。

「女性を花で飾るアイディアは、珍しいものじゃありませんからね。でもここで男性も付けられるデザインを売り出せれば、革新的で目を引くはずよ」

 後追いはなくならないだろうけど、誰よりも先にはじめることで箔が付くと母上は語る。

「ルーからの相談でもありますからね。母はやってみせるわ! けれど一つ条件があります」

 人差し指を立てる母上に、嫌な予感がする。

「広告塔には、ルーもなること」
「それでいいのですか?」

 てっきり絵師を呼ばれると思っていたので拍子抜けする。
 僕の胸の内が伝わったのか、母上は朗らかに笑った。

「ルーが頑なに嫌がることはしないわ。ドレスを着てくれたのは、あたしに相談を持ちかけるためでしょう?」

 絵師のことほど女装を拒まなかったのは、先に求めに応じておけば、話を聞いてもらいやすいかな、という打算によるものだった。
 母上にはお見通しだったらしい。

「それにこんな素敵な光景を独占できるのだもの。ふふふ、今から旦那様の悔しがる顔が目に浮かぶわ」
「父上が息子のドレス姿を見たがるとは思えませんが」
「あら、ルーにもわからないことがあるのね? 子どものどんな姿も、親なら知っておきたいものなのよ」

 愛らしいなら尚更ね、と母上はウィンクする。

「ルー、今度ヴィーと一緒にドレスを仕立ててみない?」
「次に相談したいことがあったら考えます」
「抜け目ないわね……流石あたしたちの息子だわ……」

 母上にお墨付きをもらったことで、肩の荷が下りた気がした。
 仮に流行らせることが失敗しても――母上に限ってなさそうだけど――イアンにコサージュを贈る口実にはなるだろう。
 折角なら、自宅でも自分の好きなものを楽しんでもらいたい。
 僕と母上の会話を見守っていた年少二人に視線を向けると、イアンの瞳は潤んでいた。

「ルーファスお姉様、ありがとうございます……っ」
「そこはルーファスでいいよ」

 それかせめてお兄様と呼んでほしい。義兄様は、まだまだ早いと思うけど。
 お兄様で思いだしたけど、当初の目的だったアルフレッドとの仲については、アルフレッドの「ア」の字も出てないけど、大丈夫だろうか?
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