ぼく、魔王になります

楢山幕府

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「うわー! ディンブラ、凄いよ……!」

 ドラゴン形態となったディンブラの背に乗り、夜空を駆ける。
 はじめは風の抵抗を感じたけど、今では風の上級精霊がぼくたちを守ってくれていた。
 空を一緒に駆れるのが嬉しいのか、半透明な大鷲姿の精霊からも楽しそうな気配が伝わってくる。
 視界に広がる星空が眩しい。
 星を見上げて、目がチカチカするなんて、思ってもみなかった。

「夜でも明るいもんだなぁ」
「地上は真っ暗ですけどね」

 無事にコラツィオーネ国とは連絡がつき、ぼくたちはコボルトの村に別れを告げた。
 今では、そのコボルトの村も見えない。
 ルフナの言葉につられて地上を見下ろすと、底が見えない暗闇に少し怖気立つ。
 ぼくの震えを察したガルが、後ろから抱き込んでくれた。
 背中におっぱいの弾力を感じて落ち着く。

「大丈夫か?」
「うん……夜の地上って、何も見えなくてちょっと怖い」

 昼間、空から見る地上を夢想することはあった。
 大森林では、生い茂る葉が空を隠しているのが常だ。
 逆に空から見れば、葉の緑しか見えないのかなって。
 明るくないだけで、これほど様変わりする世界を、ぼくは知らなかった。

「ディンブラはよく方角がわかるね?」
「星でわかる。是には、森のほうがわからない」
 
 エルフのぼくにとっては、森のほうが判断基準が多いと思うんだけど、これが種族の違いだろうか。

「この分ですと、予定より早く着きそうですね」
「予定が早まるのは大丈夫?」

 コラツィオーネ国は、着陸地点を示すためにかがり火を灯してくれているという。
 その目印がなければ、いくら方角はわかっても、ディンブラが地上に降りられない。

「夜の間中、ずっと灯してくれるそうですので心配はないでしょう」
「けど試しに飛んだときより、だいぶ早いな」

 ぼくたちを乗せてディンブラが長距離を飛ぶのは初の試みだったので、夜になるとコボルトの村付近で練習を重ねていた。
 ガルの言う通り、流れる景色がいつになく早い。

「……追い風のおかげだろう」
「あ、もしかして風の精霊が傍にいるからかな?」

 肯定するように、複数の風の精霊が目の前で一回転する。
 あれ? さっきより増えてる?
 大鷲だけじゃなく、色んな鳥姿の精霊が、ばっさばっさ飛び回っていた。
 一体だけピヨピヨと小鳥が混じっていて和む。

「リゼがいるからか……こんなに速度が増したのは、はじめてだ」

 心なしか、ディンブラもご機嫌だ。
 火属性であるディンブラには、他の属性の精霊が見えない。
 珍しく上級精霊が集まっているから、風属性でも見えないだろうけど。
 飛び立つときにはいた、下級精霊の姿はすっかりなくなっている。どうやら速さについてこられなかったみたい。
 ガルの温もりに包まれながら、また星を見上げる。
 背後にいるガルも、隣に座るルフナも、終始同じことをしていた。

「……あれか」
「そうです。かがり火の中心に降りてください」

 地上で揺れる炎が、ぼくでも視認できた。
 星に見惚れているのも、これで終わり。
 大きな翼が風を切る。
 ディンブラはその場で数度羽ばたくと、ゆっくり下降した。
 下降に合わせて、一人、また一人と風の精霊が離れていく。
 ディンブラの足が地面に着くと、女の人が声を掛けてきた。
 ドワーフらしく、顎には長くて立派なおヒゲがある。

「ーーーーーー」
「はい、よろしくお願いいたします」

 人間語なので女の人が何を話しているのか、ぼくにはわからない。
 ルフナの返答から、彼女が案内してくれるのだと察する。

「ついていきましょう」

 ディンブラの背から降りると、いつものようにガルに抱き上げられる。
 かがり火のおかげで、先の地面が土から石畳になっているのが見えた。
 通路も壁と天井が大きな岩で出来ていて、人工の洞窟のようだ。
 ドワーフの女の人、ルフナ、ぼくとガル、そして人形態に戻ったディンブラが――続くはずだった。

 ガシャンッ。

 重い音が背後で響く。
 ガルの後ろに鉄格子が下りていた。
 先に異変を感じていたのか、まだディンブラはドラゴン形態だ。
 炎に赤く照らされていなければ、今にも闇に紛れてしまいそうな姿。
 その漆黒の巨躯に、鉄の槍が殺到する。

「ディンブラーっ!!!」

 叫んでも遅い。
 重い槍は、硬いウロコに突き刺さり、ディンブラに血を流させた。

 何で。
 どうして。

 頭が沸騰する。
 激情に視界が真っ赤に染まった。
 ガルが力任せに鉄格子の鉄柵を開く。
 耳に届いたいびつな音が、ぼくに思考を取り戻させた。

「消して」

 瞬時にかがり火が消え、闇が広がる。
 どよめきが四方八方から生まれた。

「ディンブラ、人の姿に戻れるか!?」

 目が馴れず、傍にいるルフナの姿も見えない中で、ガルが動く。
 手探りで鉄柵を越え、ぼくを抱いたままディンブラの元へ向かった。
 途中、気配が消えるように小さくなったのを感じる。
 ディンブラが人形態に戻ったみたいだ。
 そちらのほうが的になりにくいと、ディンブラも判断したんだろう。

「リゼ……大丈夫か……?」
「ぼくたちは無傷だよ。ディンブラ、すぐに回復薬をかけるから!」

 聞こえた声の弱々しさに、泣きそうになる。
 折角、傷が治ったところだったのに。
 どうして。
 ディンブラだけ、また傷つかなきゃいけないのか。

「リゼが、無事なら……いい……」
「よくないよ! 全然よくない!」
「根性見せやがれ……!」
「リゼ様、薬ですっ」

 追いついたルフナが、ディンブラに回復薬を飲ませる。
 ぼくも自分の足で立ち、ガルと二人でありったけの回復薬をディンブラの体にかけた。
 しかし高品質なものは数がない。

「ルフナ、ドワーフに高品質の薬をあるだけ集めさせて。さもないと全ての炉の火を消す」
「わかりました」

 すぐにルフナは大声でぼくの言葉を通訳してくれた。
 コラツィオーネ国は、鍛冶が得意なドワーフの国だ。
 炉の火は、鍛冶師たちの命だった。
 ドワーフたちの怒号を聞きながら、ぼくは、その命を一つ刈り取った。
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