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本編

聖王は戦いに臨む

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「動きがありました」

 側近から報告を受け、イリアの前から辞する。
 ようやく、ようやくだ。
 大神殿の浄化が叶う。
 はやる気持ちに自然と早足になるエヴァルドのあとを、側近が続く。

 事前にわざと視察日程を流し、反対勢力の動きを誘導していた。
 相手にはもうあとがない。
 懐疑的に思っていても、誘われるしかないだろう。

 ここで決着をつける。

 聖王として。
 神子の守り人として。
 表情は厳しくなるものの、脳裏にイリアの姿が過ると、胸が温かくなった。
 まだ自分の思いを受け入れられない初心な彼。
 誰よりも力を持ち、優しい心を持つ彼は、今も悩んでいるだろうか。

(聖王など、神子からすれば取るに足らない存在だろうに)

 敬い、心配してくれる。
 金色の瞳を向けられるだけで心が震えることを、きっとイリアは知らない。
 真摯に向き合ってくれるだけで、天にも昇る心地だということを。
 傍にいてくれるだけでよかった。
 だというのに、意識され、自分のことで悩む姿を見せられれば、欲が顔を覗かせる。
 宿魂前から成長していない――むしろ悪化している熱情に、苦笑が漏れた。

 愛している。

 イリアのためなら、何事も苦ではなかった。
 自ら囮になるのも辞さない。
 それをイリアは快く思わないだろうけれど、これはケジメでもあった。
 神子の守り人として、神子の婚約者として、恥じないために。
 相応しい人間であるために。
 曲げられない矜持があった。

 だから決して、俯かない。

 前を見据えて、歩くのは覇道。
 見る者は噛みしめるがいい。
 オラトリオの王が、誰であるのかを。

「余が、エヴァルド・レ・オラトリオと知っての蛮行か?」
「……」

 不自然なほど人気がなくなった路地。
 物陰に潜む暗殺者を感知する。
 エヴァルド自身もレベルが高く、敵の存在は見逃さない。
 たとえそれが王兄派が用意した、最高ランクの暗殺者であっても。
 準備期間が短かったせいで、彼を雇った証拠を敵は消し切れていないだろう。
 今頃、証拠は内通者の手の中だ。
 あとは自分が生き残ればいい。

 先に護衛官が暗殺者へと向かう。
 簡単に終わるとは思っていない。
 こちらに味方がいるように、相手も人数を揃えているのはわかっていた。
 エヴァルドもスキルを発動させ、応戦する。
 風が荒れた。
 どれだけ粉塵が舞おうが構わない。
 視界に入れた敵を、着実に屠っていく。

「イリアには見せられぬな」

 鮮血を浴び、口角を上げた。
 むせかえるような生臭さなど、無縁であって欲しい。
 たとえ共に生きることを許されたとしても。
 血に汚れるのは、自分だけで十分だ。
 追い、追われ、しまいには崩れかけた建物の中へと、戦場は移動した。
 土煙越しに、新たな刺客が現れる。
 エヴァルドは刺客の姿を確認して目を瞠った。
 ここには、現場には現れないと思っていた人物だったからだ。

「往生際が悪いのう」
「それはこちらのセリフだ。狸爺が」

 汚職の主犯。
 王兄派の代表格であるゴード枢機卿を睨み付ける。

「まさか貴様が姿を見せるとはな。わざわざ引導を渡されに来たのか?」
「ふぉっふぉっ、身の程知らずの若者の最期を見届けにきたのよ」

 皺くちゃの顔を歪ませて笑う姿は醜悪だ。
 大神殿において、唯一エヴァルドよりレベルが高い老獪の出現に警戒する。
 戦況は辛うじて優勢を保っているが、既に倒れている護衛官の姿もあった。

(ゴート卿は攻撃スキルに不得手のはずだが……)

 彼の代名詞でもあるスキルが【鑑定】であることからも察せられる。
 聖王になってからはレベル差も縮まり、今では【鑑定無効】を持ってるおかげで、ステータスを見られる心配もない。
 だから余計に意図が読めなかった。
 悪巧みをする頭はあっても、助太刀する力はないだろうに。

「お主は儂を『悪』だと決め付けたいようじゃが、天罰が下っておらぬ時点で、神にも認められた生き方だと考えられんもんかのう」
「戯れ言を。加護に反せぬ限り、天罰が下らぬことは余とて知っている!」

 水源地に関する天罰のように。
 その上、神々が司るものは限定的だ。
 汚職など人間社会だけの問題に、与えられる加護などなかった。

「虚しいのう。もう決まった未来を、当の聖王が知らぬとは」
「何の話だ」
「お主に未来はない。聖王の座には、ヴィルフレードがつく」
「飽きずに、まだ言っているのか」
「ふぉっふぉっふぉ、これは願望ではない。神の宣託じゃ。お主が信じてやまない神に裏切られるのは、どんな気分じゃろうなぁ」

 笑みを浮かべる顔に、今にも拳を沈めたい。
 しかし神の宣託と言われれば、無視できなかった。

「お主は、今日ここで死ぬ。言ったろう? 儂はお主の最期を見届けにきたのだと」
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