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第1話 裏切りのユダ

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聖典とは、すべての理の基盤となった書物。

全ての創造がなされる前に全能神シュタルケの左手に添えられしそれは神の奇跡を記した理の書。

しかし全てを創造しすべてを消滅しうる聖典をめぐって神々が争いをはじめることとなる。
神々の戦いは聖典を持つシュタルケの奮闘により辛くも勝利し争った神々を地上へと追放した。

力を使い果たしたシュタルケは地上の女神マルスに聖典を与え、時が来た時自分と同じ力を持った人間に授けその者を導いてほしいと伝え消えていった。


永い年月が経ち、ついに愚かなる神が復活した。
神の力は強大で人間族は何度も窮地に追い込まれることになる。
しかしそんな時、世界を救うため聖典を持った救世主が現れることとなる。

その者は愚かなる神を聖典の力で封じ争いを収めたとされる。


そして永い永い平和が訪れた。人々は次第に神の恐ろしさを忘れていった。残ったのは聖典の力の伝承のみ。人は聖典の力を恐れ、かつては自らの種族を襲った神を崇めるようになった。

聖典という言葉は廃れ、神殺しの書と名前を変え語り継がれるようになる。そしてかつて世界を救った神殺しの力を持った救世主をこう伝承していくこととなる。

【禁忌の勇者】またの名を【神殺し】と。










ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー











やってきた事への過ちを思わな日はない。
それでも選択を迫られればまた同じ事を選ぶのかもしれない。
そうかそうでないかの違いは結局は結果でしかないのだから。


俺、やるべきことがある。


毎朝の習慣となったコンビニでのコーヒー牛乳とメロンパン。
人の列に入りその時を待つ。


俺には使命とも呼べることがある。


開店を指す10時の針。抽選券片手になだれ込む人。
みな、人生をかけた戦いに挑みに来ている。


そして何度も言うが俺には使命がある。いや、あった。
ジャラジャラと心を揺さぶる音色が周りからあふれ出し、戦いの笛がごとく戦士たちの心を鼓舞していく。


そうここは、この街最大のパチンコ・スロット店「マキシム」。
そして俺は昨日マキシムの閉店間際に目をつけていた良台に向かう。


挑戦者の貯金を未曾有に飲み干すモンスター機、第6世代スロットマシーン「花の親分」。
こいつに人生を奪われた戦友の数は知れない。だが一度大当たりが暴れ出すと店が潰れてしまうのではないかというほどの恩恵がこいつにはある。


ゆえに人は魂を引き寄せられるようにこの台に座わり、頑張って貯めた貯金を寄付していくようなこの店の養分と化してしまうのである。


俺の名前は無谷むたに 雨国あまぐに
先日仕事をやめ、というかクビになり現在はある目的のため忙しい日を送っている。
クビの理由はここでは差し控えさせてもらおう。


昨日の夜、この「マキシム」でかなりの優良台と思しき「花の親分」を発見する。
この台に座るために俺は今日早起きし、この店に並び、開店してからも真っ先にこの台を目指した。


だがそれだけで簡単に座れるような甘い世界ではない。
もちろんそんな優良台があるのは多数の戦士たちにはすでにばれている。
そう。ライバルは多かった。


マキシムでは店内を走ることが禁止されている。
俺はその事実を逆手に取り、日々の生活を競歩で過ごしている。
普段生活をスーパーサイヤ人の状態で過ごす事によって、いざ戦いの時に冷静に戦うことができるというあれだ。
伝わらなかったらすまん。


そしてその効果は否応なく発揮された。
一歩目から違っていた。
修行の成果なのか恐ろしくスムーズな静止から競歩へと向かう重心の移行は他の怠けたスロット狂達を完全に置き去りにしコースロスを完全に省いた最短ルートで俺はお目当ての台に座った。
いや座ったはずだった。


俺が席に座りいつも通りスマホを台の分かりやすい所に置くとホッとしたのか少しもよおしたくなってしまった。
しかし焦る必要はない。


まず台を占拠すること。それは達成されたのだ。
スマホを置いていって取られたりしないのかだって?
そこは心配ない。ギャンブラーはモラルにうるさいから。


俺は我慢していたトイレに走る。
何度も言うが焦る必要はない。
これで今日の仕事の半分は終わっているのだから。


まず台を取る! そして運に身を任せて打つ!


この二点がスロットを打つ時の絶対的大切な仕事なのだ。
そして重要な1点目のミッションは見事に完遂されている。


トイレの便器に狙いを定める。
ブルっと身震いをして体に残ったものを外に絞りだす。
思えば今月は何をしてもうまくいかなかった。


・競馬
・競輪
・競艇
・宝くじ


かすりもしない賭け事にイカサマされているのでは? と何度も運営の問い合わせに連絡を入れたが取り合ってもらえなかった。


しかし今日はいける気がする。
いや、イケるのではない、いくら出すのかだ。
大金をパタパタとはたく俺の姿が思い浮かぶ。


そんなにやけ顔な妄想を浮かべながら意気揚々とトイレから出て、押さえておいた自分の台へとゆっくりとした歩調で戻る。




????????????????????????????????????




こんな時 ? 以外の文字が頭に浮かぶ人がいるのだろうか?
少なくとも俺の頭は ? の文字で埋め尽くされた。


あれ?なんで?......いや俺が間違っているのか?
でも確かにここは俺が取っていた台なはず......そもそもちゃんと席取ってたっけ?
てか席を取るってどういうこと?......あれ? 俺のスマホは?......


なぜか、なぜなのか俺の台に下品で小汚いババアが座っている。
座っているだけではない。俺の台を打っている。
しかもすでに当たりを引いたようでジャラジャラと小気味のいいメダルが機械から出てくる音が響いている。
よく見ると開店して5分もたってないのにスロットの液晶内に出てくるストックゲーム数が1000を超えているではないか。


「ぎゃぎゃっぎゃぎゃ。」


およそ人間の者とは思えない汚い笑い声を上げながら、無尽蔵と思えるほど止めどなく出続けるメダルをクリアケースのメダル入れに詰めていた。

俺は衝撃的な光景に立ち止まることができずに自分の台を通り過ぎ、またトイレに入ってしまった。
あの通り過ぎる一瞬の間に見たいくつもの光景は俺の頭の処理能力を遥かに凌駕していたのだ。


あれはなんだ? なぜ俺が昨日から目をつけ、朝も必死で並んでやっと手に入れた台にあんな小汚いババアが座っているんだ?


さっき出したばかりだからではあるが、出るはずもない ”あそこ” をフリフリしてトイレをした雰囲気だけ出す。考えなどまとまるわけもなく頭が混乱したまま、手も洗わず、再び自分が押さえた台へと向かう。


そしてやっぱりいる。
身長は120センチくらいなのではないだろうか? 
見た目だけならファンタジー小説によく出てくるゴブリンのような背格好だ。
椅子に座っているのだが脚がだいぶ届いていない。



身長が低すぎて画面も見えているのかどうかも怪しいような汚い恰好をした老婆。
椅子の横に立てかける傘立てに木でできたボロボロの杖を引っかけている。ちょうどこれもファンタジーの魔法使いとかが持ってるようなやつ。自分の伸長よりも大きな杖だ。
煙草をバカスカ吸いまくっているのだろう。煙たくてババアの周りだけ霞がかって見える。


「ぎゃはぎゃはぎゃ。今日は調子がいいのぉー。朝から万枚確定じゃわい。ストックゲーム数がいきなり1000越えじゃ!!」



ババアの汚い声はさておき、先ほども出たストックゲーム数とは当たりを引いた状態でのスロットの一回転の数を表している。もちろん当たり、ーたを引いてなければメダルを購入してそのメダルを使ってスロットをまわすのだが、当たりを引いた場合はスロットを回せば回すほどメダルが増えていく仕様に変更される。
台ごとにメダル純増枚数というのが決まっていてこの「花の親分」は1ゲームにつき平均3枚ほどメダルが増える仕様になっている。

そのあたりを引いたメダルが増える仕様に変更されている状態があと何ゲーム続くかを保証している数字。それがストックゲーム数だ。


メダル1枚は20円で取引されている。
このババアはストックゲーム数が1000以上残っている。
この台は1回スロットを回せば平均3枚メダルが増える。だからすでに確定しているだけでもメダル3000枚は保証されている。
20円で換金した場合、すでに6万の勝ちが確定しているのである。


もちろん当たり中にさらに当たりを引けばまたストックゲーム数が増えていく。
店が開店してすでにこれだけゲーム数をストックしているのだ。おそらく閉店までどんどん当たりを引きまくって何十万もの大金をGETできるだろうことはどんな素人スロッターでも容易に理解できるものである。


ほら、そんなことを説明している間にもババアの汚い笑い声とともに台の画面がプツンと消えた。ってプツン? プツンってまさか......


「うぎゃがぎゃがぎゃが!! プレミアムロングフリーズじゃー!!!」


ババアの汚い叫びを聞いて次第と周りに人だかりができ始める。
それもそのはず今ババアが引いた当たりは大当たり中の大当たり。プレミアムロングフリーズというものなのだ。


消えた画面が再度、点灯したかと思うと派手な演出のオンパレードからスーパープレミアムゲーム数超上乗せ特化ゾーンに突入した。




■ プレミアムロングフリーズ。

もはや奇跡とも呼んでもいいほどの確率でしかお目にかかれないいわゆる超大当たりだ。

普通の大当たりよりはるかに大量出玉を期待できる大当たりだ。
特に「花の親分」のプレミアムロングフリーズは恐ろしい。

親分がトンカチで若い職人を小突いていくのだがそのトンカチが当たる限りストックゲーム数を100ゲーム追加してくれるのだ。

トンカチが当たる確率は90パーセント以上。
しかも親方のトンカチが金色なら500ゲーム上乗せのチャンス。
といったそばから親方のトンカチは金色だ。

もはやこの台は事故台として今日は終日当たり続けるだろう。




「ぎゃほぎゃほぎゃほ。ロンフリじゃ!! ええ台がたまたま空いてたもんぞな。こりゃあ今日は寿司とステーキとサウナじゃな!! ぎゃほぎゃほぎゃほ!! おーいねぇちゃん!! コーヒー持ってきてくれ!!」


おい。違うだろ。そこは空いてたんじゃない。俺が取ってたはずだ。そこに座ってるのは俺だったはずだ。コーヒーを頼んでるのも、寿司とステーキとサウナも、全部全部、俺だったはずだ。なんでお前みたいなのが俺の席に座ってるんだ。


俺は自分の中から止めどない怒りが沸きあがってきているのを感じていた。
スタスタとその台の真後ろに歩いていきババアの肩を掴む。

突然肩を捕まえたので驚いたのか、ババアは液晶に出ている押し順を間違えてしまい、スロットから ブーブー と不快な音を響かせている。


「ほよ。なんじゃお前。お前が突然肩なんぞに触るから押し順ミスしてもうたじゃろうが!! どう責任取ってくれんじゃい!!」


小さい体ながらものすごい威圧感。
たまらず1歩後ろに下がるが、今日はこれで引き下がるわけにはいかない。ギャンブラーは暗黙のモラルが存在している。


人のものは取っちゃダメ。


これはダメ。絶対。


ババアの眉毛は登り龍のようにすごいシワが寄っている。
いや、もともと顔じゅうがシワだらけだがなんだか今はすごい怖い顔をしてるのはわかる。
よし! ババアの事はグラビモスと呼ぼう。

えっ? なにそれって? わからない人はググってください。

とはいえ、強敵相手でも引き下がるわけにはいかない。
なんせ俺は今月連戦連敗を繰り返している。
この台をあっさり譲るわけにはいかないんだ。


「おい、ば、ばあさん。そこに俺のスマホが置いてあったはずだぜ。なんで今あんたがその席に座ってるんだ。俺のスマホがあったんだからそこは俺の席なはずだろ。」


頑張って言えた。
怖かったけど。


俺の決死の声を聴いたババア。
しかしババアもここまで大当たりを出していてはそう簡単には引き下がれないだろう。
言い合いも覚悟していたやさき......


フーっとババアが息を吐き、吐いた2倍くらいの息をスーっと肺いっぱいに吸い込んだ。


そして、


「じゃかあしいんじゃいわれぇ!!!! スマホなんぞ知らんわい!!!!! 舐めた事いっとったらケツの穴から手突っ込んで喉閉めて窒息死さしてまうどゴラァ!!!!!」


ひぃぃぃいいいいい!!!!!!!!


あまりの迫力に危うくひっくり返って漏らしてしまう所だった。トイレに行っておいてよかった。
恐ろしい。たぶん893だ。女893、老婆893だ。
俺の顔はひどく歪み、泣き出しそうになるのを必死でこらえている子供のような顔になっていたはずだ。
多分めっちゃ可愛い感じ。


店員がオロオロしてる。早く止めに来いよ。
こんな893なババア相手にこれ以上は無理。
命あってのお金だし。死ぬくらいなら譲ってあげよう。
ビビッてはないよ。本当に。


とはいえ、ただ黙って引き下がるわけにもいかない。


こんな爆発台をタダでくれてやるほど俺にも余裕はない。
せめて譲る代わりに取り分の交渉をしないと。



「な、なぁ。ならさ.....こうしないか? その台を譲ってやる......」

「だからやかましいって言っとるんじゃゴルァ!!!!!」


ゴギャ!!!!


何が起こったのかすぐには理解できなかったけど ”ぴゅー” と頭の上から何か水みたいなのが噴き出してることに気づいた。


えっ? なんだこれ? 周りが真っ赤になっていく? ペンキ? 温かい。あれ、これって......なんだかぼーっとするな。眠たくなってきた。って違う!! これまさか俺の血か!? 血が噴き出してんのか? 何があったんだ?! てか血の量やばくねぇか? うぅ......意識が.....なんで俺頭から血出してんだ? あっやばい......死ぬ......


薄れゆく意識の中でババアがさっきまで立てかけてあったゴッツイ杖を振り回してたのが見えた。

まさかババア.....てめぇ.......杖で殴りやがったな.......


暗くなる視界で汚いババアが半狂乱で杖を振り回しているところだった。
複数の店員に取り押さえられようとしているがそれでも完全には抑えきれてない。


なんちゅうバカぢからだよ.....でもこれで、あの台が......俺に戻って......く...る......」




宇宙をただ遠くに流れているような、無重力の中で漂っているような、そんな感覚があった。寒くもなく暑くもない。痛くもないし、というか感覚がなくなったような、そんな心地のいい感覚。


俺死んだのかな?
目を開けようとするが視界が真っ暗すぎて今現在マブタが開いてるのか開いてないのかもわからない。ただただ暗闇に浮かんでいるイメージだ。


しかしながら思えばロクな人生じゃなかった。
ギャンブルが原因で家族からは絶縁され、借金が原因で友達は離れ、女性とも縁がなかった。


小さい頃から何故か勘の鋭い子だと言われてた覚えがある。


飴玉を両手のどちらかに隠されてどっちの手に隠れているか当てさせられる。
俺は外したことがなかったそうだ。


おかげで親は俺を本当に超能力があると思っていたらしくテレビで売り出そうとしていたらしい。
でも成長するにつれてそんな能力は跡形もなくなくなり、今では連日ギャンブルには負ける始末。



そんで人生の最後が小汚いババアに目当ての台を取られ、挙句に逆ギレされて杖で殴り殺されるなんて......


なんだこの人生は。


次生まれ変わったら、ギャンブルなんかやめて、趣味は本を読む事です。みたいな賢く生きれる人間に生まれ変わりたいな。


あぁそういえば宝くじの300円換金してねぇーや。
なんだよ、ツイてねぇー。


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