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7〈過去2〉
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ある日、風呂場のドアを開けると、上半身裸の直也が立っていた。自分でも動揺して、ごめんと呟いてからドアを閉める。なぜか心臓がばくばくと鳴っていた。俺の方こそ確認してなくてごめんね、なんて声が聞こえた気がしたけど、走って部屋まで帰った。
この辺りから妄想が酷いものに変わってしまった。夢の中ではリアルに俺の部屋が作られて、そのベッドの上で一緒にいる相手はあいつしかいなかった。夢の中なのに気持ちいいという錯覚があって、相手から責められている時も、自分から責めている日もあった。
あまり眠れなくて、リビングにいるだけで落ち着かなくなったから、今まで以上に部屋に籠るようになった。それをやっぱり見逃していなかったヤツは、トントンと大抵二回のノックの後に声をかけてくる。興味ないくせに、漫画とかゲームを借りていく。
心に分厚い壁を作っている他人を気にかける優しい兄上様。素晴らしい奴だよお前は。
でも所詮は人間だ。光あるところに必ず闇はある。だったらこちらも闇に染めてやろうと思った。暗い事に関しては得意分野だから。
それから数週間後に大きなチャンスが来た。うちのマンションの前で、女二人ぐらいの甲高い声が響いている。何か言い争っているようだ。
「……とりあえず、近所に迷惑になるから場所を変えよう」
「そう言って! またナオくんは誤魔化すんだから」
「あんたも何よ。迷惑だから早く帰んなさいよ。だいたい鏡見たことある? あんたみたいな奴を親に紹介とか本気でできると思ってるの? 冗談って言葉、教えてあげるわ」
珍しく笑みを浮かべていない兄様を拝見した。ふわふわ茶髪でレースピンクの女と、黒髪ストレートロングでスーツの女。二人から腕を掴まれていた。修羅場って奴か、初めて見たなぁ。
「……悪いけど、待ち伏せするような人を紹介しようとは思わないよ」
「……っ」
意外とちゃんと言うんだと感心していると、それは火に油を注いだだけらしかった。
「なんでぇ! あたし、こんなにナオくんのこと好きなのに……ひどいよっ! 大切にしてるって言ってくれたじゃんっ」
「あんたじゃなくて、みんなに言ったのよ。だいたい酒が入ってる席の言葉信じるなんて馬鹿なんじゃない? ……あたしには責任とってくれるって言ったわよね、直也」
「責任って……」
三人の間に沈黙が流れた。マンションの住人が来て少し冷めたのだろう。顔を逸らす。素通りでいいかと思ったけど、足は三人に向かっていた。
「誰……直也の知り合い?」
なぜかあまり緊張していなかった。久々のはずなのに、すんなりと言葉を言えた。
「鍵忘れたから、開けて……お兄ちゃん」
「……っ!」
三人は同じ顔をしていた。真ん中だけいち早く表情を戻すと、どこかホッとしたように一歩こちらに近づいた。
「……うん。帰ろっか」
スタスタ歩く俺たちに、呆気にとられていた女達が近づいてきた。
「い、意味わかんない。とりあえず今日は帰さないから!」
「ちょっと! またそうやってあしらうつもり? あたしがどれだけ直也のこと考えてきたか分かってるの? 今日だって半端な気持ちで来たんじゃないんだから」
腕が自分に回っていた。肩に白い指先が触れる。一度足を止めると、更にがっちりと掴んだ。その時心みたいなものも、掴まれた気がした。
「……じゃあ二人とも別れて。連作先も消して、まだつきまとうなら通報するから」
中まで入ると、さすがに追いかけてはこなかった。エレベーターに乗るまで肩は熱いままで、初めてこんなに近づいたなと思った。
「あっ……ごめん、痛くなかった?」
「……平気」
上へ登るまで少し時間があった。その沈黙に何か言わなきゃいけない気がしたけど、すっかり先ほどの度胸みたいなものは抜けてしまっている。
家に入る前に、あちらが呼び止めた。
「巻き込んでごめんね。でも助かった。……ありがとう。本当に、ありがとう」
頭の後ろで月が光っていた。青白い光に照らされた顔が悔しい程綺麗で、また可愛げのない態度で首だけ動かして扉を開けた。鍵はいつも通りポケットの中に入っている。
家の中に入っても、まだぎこちなさが残っていた。今しか言えない気がして、ちょっと来てと初めて自分から話しかけていた。
この辺りから妄想が酷いものに変わってしまった。夢の中ではリアルに俺の部屋が作られて、そのベッドの上で一緒にいる相手はあいつしかいなかった。夢の中なのに気持ちいいという錯覚があって、相手から責められている時も、自分から責めている日もあった。
あまり眠れなくて、リビングにいるだけで落ち着かなくなったから、今まで以上に部屋に籠るようになった。それをやっぱり見逃していなかったヤツは、トントンと大抵二回のノックの後に声をかけてくる。興味ないくせに、漫画とかゲームを借りていく。
心に分厚い壁を作っている他人を気にかける優しい兄上様。素晴らしい奴だよお前は。
でも所詮は人間だ。光あるところに必ず闇はある。だったらこちらも闇に染めてやろうと思った。暗い事に関しては得意分野だから。
それから数週間後に大きなチャンスが来た。うちのマンションの前で、女二人ぐらいの甲高い声が響いている。何か言い争っているようだ。
「……とりあえず、近所に迷惑になるから場所を変えよう」
「そう言って! またナオくんは誤魔化すんだから」
「あんたも何よ。迷惑だから早く帰んなさいよ。だいたい鏡見たことある? あんたみたいな奴を親に紹介とか本気でできると思ってるの? 冗談って言葉、教えてあげるわ」
珍しく笑みを浮かべていない兄様を拝見した。ふわふわ茶髪でレースピンクの女と、黒髪ストレートロングでスーツの女。二人から腕を掴まれていた。修羅場って奴か、初めて見たなぁ。
「……悪いけど、待ち伏せするような人を紹介しようとは思わないよ」
「……っ」
意外とちゃんと言うんだと感心していると、それは火に油を注いだだけらしかった。
「なんでぇ! あたし、こんなにナオくんのこと好きなのに……ひどいよっ! 大切にしてるって言ってくれたじゃんっ」
「あんたじゃなくて、みんなに言ったのよ。だいたい酒が入ってる席の言葉信じるなんて馬鹿なんじゃない? ……あたしには責任とってくれるって言ったわよね、直也」
「責任って……」
三人の間に沈黙が流れた。マンションの住人が来て少し冷めたのだろう。顔を逸らす。素通りでいいかと思ったけど、足は三人に向かっていた。
「誰……直也の知り合い?」
なぜかあまり緊張していなかった。久々のはずなのに、すんなりと言葉を言えた。
「鍵忘れたから、開けて……お兄ちゃん」
「……っ!」
三人は同じ顔をしていた。真ん中だけいち早く表情を戻すと、どこかホッとしたように一歩こちらに近づいた。
「……うん。帰ろっか」
スタスタ歩く俺たちに、呆気にとられていた女達が近づいてきた。
「い、意味わかんない。とりあえず今日は帰さないから!」
「ちょっと! またそうやってあしらうつもり? あたしがどれだけ直也のこと考えてきたか分かってるの? 今日だって半端な気持ちで来たんじゃないんだから」
腕が自分に回っていた。肩に白い指先が触れる。一度足を止めると、更にがっちりと掴んだ。その時心みたいなものも、掴まれた気がした。
「……じゃあ二人とも別れて。連作先も消して、まだつきまとうなら通報するから」
中まで入ると、さすがに追いかけてはこなかった。エレベーターに乗るまで肩は熱いままで、初めてこんなに近づいたなと思った。
「あっ……ごめん、痛くなかった?」
「……平気」
上へ登るまで少し時間があった。その沈黙に何か言わなきゃいけない気がしたけど、すっかり先ほどの度胸みたいなものは抜けてしまっている。
家に入る前に、あちらが呼び止めた。
「巻き込んでごめんね。でも助かった。……ありがとう。本当に、ありがとう」
頭の後ろで月が光っていた。青白い光に照らされた顔が悔しい程綺麗で、また可愛げのない態度で首だけ動かして扉を開けた。鍵はいつも通りポケットの中に入っている。
家の中に入っても、まだぎこちなさが残っていた。今しか言えない気がして、ちょっと来てと初めて自分から話しかけていた。
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