秒に刻む病

迷空哀路

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ごっこあそび(4)

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並んで皿を片付けて洗う。美味しくてつい二つも食べてしまったチーズケーキも、まだ冷蔵庫の中に残ってる。これを一人で消費しろと言われたら寂しくて号泣してしまいそうだ。
全てが当たり前みたいだった。軽口を叩いて、まったりお茶を飲んで、並んでテレビを見るけどあまり内容は入ってなくて。たまたま目に入ったCMの商品がうまそうで明日探してみようとか、天気予報が見てどこに行こうかとか。
もう何年もこれを続けているみたいで心地良かった。
今はサキが風呂に入ってる。ソファーでうとうとしながらお茶を飲んだ瞬間に気がついて立ち上がる。 
「は! 新婚!」
あああ、っていうか風呂? 風呂えっ一緒に入ってもいい? いや、ダメだよな。つか狭いから物理的に無理。えーもったいない! めっちゃ風呂一緒に入りたい。風呂でかい家に引っ越したい! 
違う。そんなことは今はいい。これからどうするかだ。用意してあったら引くか? 寝かせてあげた方がいい? でも一応さぁ、新婚なんだからさ……期待してたら? 気づかないふりはカッコ悪いもんな。だったら誘ってフラれた方がいい。……用意しとくか。あいつこれも捨ててるってことないよな……。

ベッドの付近に近寄って、そこにある棚を開く。うん、一通りは揃ってる。映像の中で体験したとはいえうまくいくだろうか。無理はさせたくない。でもしないまま別れたらそれこそ死ぬほど後悔する。立ち直れる気がしない。
「え……俺が中? 入れても、いいの?」
どっちも経験した……あれ、あのスーツの中って裸だったよな。実際は入れてないけど、かなりリアルだった気がする。え、俺もう経験しちゃってるの? 初めてじゃないの、これ? 体験したからこっちにしてもらうべき? 
「ううん……うーん……どうすればいいんだ」
聞いてもいいのか? そもそもする気がなかったら?
一応タオル用意しとくか。お湯で濡らしておいた方がいい? 何の為に用意したのって聞かれたらどうする!
その前に中を洗うべきなのか? 実際に入ってなかったなら拡張もされてないはずだ。急に入るとは思わない。広げておくべき? 道具とかないけど。
こんなにうじうじ細かいことまで悩んでいるなんて、俺らしくない。昔の俺に言ったら死ぬまでネタにされそうだ。くそ、嫌なやつ! 嫌なやつ!

「あっああ……あ、かわいい」
「大きいですね……貴方の服」
当然自分の服ももう捨ててしまったんだろう。仕方なく綺麗目なジャージを渡したけど、手がぶらんぶらんだ。サイズ感が女子だ! ああ……。
「これが尊いってやつか……?」
「タオル、そんなに使うんですか」
五枚ぐらい出した状態で悩んでいたらしい。不思議がられる前に風呂場に突入した。脱ぎたての服が目に入って、撃たれたような衝撃が走る。体だけではなく精神までも過敏になっていて辛い。でもその辛さがなんだか心地良い。疲れるけど、胸の奥は確実に温かな幸せに包まれている。
「はぁ……嘘。もうやだ」
シャワー中もずっとで、湯船の中に入っても収まらなかった。触って下に押し込もうとしても当然無駄で、馬鹿なことをやっている恥ずかしさから萎えろよと思ったけど、まだまだ元気どころか硬度を増している。
「出るまでに萎えなかったら期待してんのバレバレじゃん? 俺そんな若くないのよー。中学生じゃないんだから……」
何度も深呼吸を行なって、ひたすら身を鎮めた。暖かいお湯に溶けるように、体を楽にする。結果的に少し柔らかくなった気がする。まだ見た目では全然バレる段階だけど。これ以上入ってたらのぼせてしまう。そんなことで貴重な時間を無駄にするわけにはいかないんだ。
好きなんだから仕方ないだろ! と叫んでやる。という心意気で気合を入れてざばっと水面から立ち上がった。もういい。見せつけてやる。

「……はぁ」
廊下を静かに歩いて、そっと部屋の中を覗く。大人しく水を飲みながらテレビを見ているようだ。
自分もまずは台所の方に向かって、体を壁の方に向けた。こんな風に逃げたって無駄なことは分かっているけど。
「出ましたよーっと」
膝を立ててソファーに座ってタオルで髪を拭く。これならバレないだろう。もう足掻くしかない。
返事はなく、ただこちらを見て小さく頷いた。また視線はテレビに向かうけど、表情が変わらないので本当に見ているのかは分からない。
「髪もう乾いた?」
後ろからそっと髪の先を掴むと、体がびくりと震えた。まったりしているように見えたけど、本当は結構意識しているのかもしれない。
「……ま、まぁほとんどは」
「俺が乾かそっか?」
「いや……もう平気なんで」
「じゃあ、俺の乾かしてくれる?」
「いいですけど……」
タオルのまま背を向けると、ぎこちなく手が触れた。ふわふわとしていて、もはや実感がない。遠慮なのか、とにかく何か今触れたの? みたいな感触しかない。
「もっとガッとやっても平気だよ?」
「……は、はい」
それでも多少頭皮に触れるぐらいで、笑ってしまった。振り返って、衝動的に抱きしめる。タオルが宙に舞って、相手の顔の上に落ちてしまった。それを取り払って出てきた顔に笑いかける。あっちも呆れたように笑い返してくれて、体の奥からもっと笑みが引き出されていった。
二人でソファーの上に寝転がるような体型だ。俺は上に乗っていて、下から見上げる瞳を見つめ返す。どう誘おうとか、どうやったら気分になるかなとか考えていたけど、そんなプランは全てどこかへ行ってしまった。
「……好き。まだ早いのかな。知らないことも沢山あるし……時間が進むごとに新しい顔を見てる気がする。俺が浮かれてるだけ? 新婚とか言ったけど……嫌なら、ちゃんと我慢するから」
「……眩しいです」
えっと上の方を向いてみる。確かに下にいるサキにとっては眩しいかもしれない。
「場所変える?」
「貴方は出会った時からずっと……眩しい。僕と交わらない世界の人、だった」
「……っ」
どうやら電気の話ではないらしい。どう返していいか分からなくてそのまま待つ。
「危険とすら思った。好きというよりも……恐ろしいだった。でもそれが……自分を動かした。こんなこと……っ、僕の人生ではあり得ない。こんなの……怖い。貴方を追いかけて、好きと言ってもらうなんて……こわいっ」
指で目の下を拭って、片手を繋いだ。震える手を止める方法が分からない。ただ力を込めるぐらいしかできない。
「だから僕は今……ズルいことを考えてしまいました。このまま、断っていれば貴方は僕を求めてくれんじゃないかって。ずっと、追いかけてくれるかもしれない……って」
血が出そうなほど噛み締めている唇に触れる。とにかくこれ以上痛い思いをさせたくない。
ああ……俺はただ浮かれてただけだった。こんなに一人の人間に向き合うのは初めてだったし、相手もそれなりに分かり合えたものだと思っていた。でもそれはサキの考えた物語の中だけの世界だ。現実の俺達はまだ一ミリも進んでいないのかもしれない。
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