秒に刻む病

迷空哀路

文字の大きさ
上 下
24 / 50

08:信者死んじゃう信じ合う(4)

しおりを挟む
「どうしよう……」
あれから数日。毎日でも行きたい、とりあえず外観だけでも見ないと落ち着かない状況だったのに、あの日からまだ一度も見てはいない。
スタッフの彼から連絡が来て食事に誘われているけど、適当に断っている。
「どんな顔して行ったらいいか分からない」
クリスタルもまだカバンの中に入ったままだ。前は毎日磨いていたのに、これもあの日から見ていない。
「行きたいような……それよりも、もういいかの方が大きい」
家で一人、適当な酒を飲みながら、自分の気持ちを確かめる為に呟いてみる。これが本当に自分の本心なのか、それすらもどうでもよくなっていた。
嫌いになったわけじゃない。神も楽園も、その中身は想像以上に普通だったけど……いや、ガッカリしているのか?
「裏でも表でも……綺麗なのは本当だった」
でも……とすぐ付け加えたくなってしまう。どちらかと言うと今は行かない理由を探しているようだった。
「これから会えますか? 行きたいお店があって……」
メッセージを声に出して読んで、数秒経ってからやっとまた誘われたのだと理解した。酔ってるわけじゃない。最近はこんな調子だ。
「これもう決着つけた方がいいよな……」
開き直って信者に返り咲くか、このままあの場所のことは忘れるか。
目を閉じるとはしゃいでいる様子の彼の姿が簡単に想像できた。こんな自分を一時の気の迷いでも好きになってくれた人には、ちゃんと向き合いたいと思った。少なくとも無下にするべきではない。

お店の近くで待っててほしいと言われて、少し外れた道で待っていた。ここに来るまでの間、信者を見かけたけど、バレはしなかった。そりゃこっちだってあの人達の中身を知らないけど。
なんとなく通じるものがあるのだと勝手に思っていた。あの人達は仲間で、同じ世界に生きているのだと。
「おにーさーん!」
てっきりあの姿を想像していたので、誰か分からなかった。
「……え、誰ですか」
あの銀髪はどこかへ消え去り、短い黒髪になっている。テラテラ光るシャツとシルバーアクセサリーが目立つが、あの人の私服に比べればまだ地味な方だった。
「僕ですよー。えへへ、やっと会えましたね」
「確か……チャコ、さん? でしたっけ」
「あーあれはほうさんが勝手に呼んでるだけですよ。僕生まれも育ちもこっちなんですけど、一応親は二人とも海外で……本名めっちゃ長いんですよ。アールシューチャコスティーバーマルクアンダーセバンスチュール……この中の何故かチャコだけ抜き出したんです」
「へ、へぇ……あの髪はカツラですか?」
「あはは、ウィッグって言ってくださいよー。銀髪って維持するの難しいんですよ。それが長髪ってなったら尚更。しかも普段からあれだと目立つんでね。営業中あの服のまま仕方なく外出なきゃいけない時とかあるんですけど、めっちゃ絡まれるんですよ……ううー僕めっちゃお腹空いてるんで、とりあえず移動しちゃっていいですか?」
すぐに伝えて帰るつもりだったけど、断れない流れになってしまった。
あの店と仕事以外の用事でこの辺に来るのは久しぶりだ。表通りは以前と変わりなく騒ぎ声で溢れている。その声に少しだけ安心してしまった。何か大きなものが凄く変わってしまった気がしていたのに、そんなものは恐らく幻想だったのだろう。
「オシャレ……ですね」
「だから一人じゃ来にくかったんですよー。デートじゃなきゃ来れないと思ってて……」
せっかくのお店なのに、こんな無味無臭みたいな男が相手でいいのだろうか。時折横顔を覗き見るとその度に驚いてしまうぐらい美しい造形をしているのに。
「凄い……水槽もあるんだ」
壁で仕切られた半個室の店内は海の中のようなコンセプトだった。床に当てられている照明はゆらゆらと波のように動いている。
「ネットで見た通り、見た目はバッチリですね。あとは料理がマルかどうかです」
気合を入れてメニューを見ている。その顔を見ていたら楽しい気分を壊してしまうのに気が引けて、また伝えるのを後回しにした。
「これ、僕好きです。見た目も綺麗だし」
「うん……凄く綺麗で食べるのがもったいないね」
彼との夕食は終始和やかだった。楽園のことも多少は話したけどあまり深くまで聞かず、あの人との出会いとか、単純な趣味の話をした。
「今日凄く……楽しかったです」
お店を出て目的もなく二人で歩く。近くに小さい公園があったことを思い出して、そっちに向かった。
周りには誰もいない、静かな空間だ。月の光に照らされた遊具を眺める。
ベンチに座ると、思ったよりも距離を詰めてきた。上半身は確実に触れ合っている。
「良い夜ですねー。風もないし、過ごしやすい」
「あの……」
「……もしかして、お返事ですか?」
「えっ」
「今日……何回か言おうとしてませんでした? 気を遣ってくれたんですよね。せめて終わるまでは楽しく過ごそうって」
そうだ。態度ですっかり忘れていたが、この人は俺が尊敬しているあの楽園のスタッフなのだ。他の店よりも気を配ることが多いだろう。普段から客の顔色を伺っているんだ。
「……僕、ダメ……でしたか?」
「いや、その……ダメなのはこっちの方で」
え? と振り返って目が合った。一瞬息が止まる。これから言わなくちゃいけないことを思うと気が重くなった。
「ごめんなさい。隠していたことが……あるんです」
「お兄さんに?」
「……はい。その、実は……これ」
カバンの中からクリスタルを取り出す。月明かりに照らされて、前見たよりも綺麗に輝いていた。
「……それ」
「覚えているでしょう? 貴方なら……。俺が、買いました」
しばらくじっとそれを眺めていた。どういう反応をされるのか怖くて目を逸らす。
「あー……なるほどねぇ」
思ったよりも明るい声色だったけど、顔は真剣に手の中のそれを見つめていた。
「いやーこういうのを買える人って結構ランクが高くて、お店の中でも注目されるようになるんですよ。そして大体はまたすぐに来ます。他の人やあの人へのアピール目的の為に。で、来なくなる人っていうのが、これを買う為に頑張り過ぎてお金が足りなくなっちゃった人です。それなら来れなくなっても納得なんですけど、そういう人はお店の前までは来るんですよ。様子を見に、なのか来ないと落ち着かないのか……でも、貴方はそのどちらでもなかった。だから……」
もう来ないのかと思ったと言いながら肩に寄りかかってきた。下の方を見つめているので、表情は分からない。
「人数は少ないけど卒業っていうのかな、来なくなった人は今までに数人いて……単に飽きたのか、お金が尽きたか……夢が覚めたか。そっか……僕達が壊しちゃったんですね。あの日に」
「嫌になったわけじゃないんですよ、ただ……どんな顔して行けばいいか分からなくなっちゃっただけで」
「ほうさんとも話してたんですよ。ダメになっちゃったかなって。買って満足したのか、後悔したのか……」
「え、鵬爾さ……さん、も?」
「あはは、やっぱりほうさんのこと、気になりますー?」
「ま、まぁ……」
「何か失敗しちゃったかなって言ってましたよ」
その言葉を聞くと、さすがに胸が苦しくなった。今は少し遠くなっているけど、間違いなく人生で一番愛した人を傷つけてしまった。
「……悪くないですよ。悪いのは、自分の気持ちも分からない……俺の方です」
ぐっと手を握りしめて、後悔をそこに込める。こうしていないと、泣いてしまいそうだ。
「……望田もちださん」
その上に白い美しい手が重ねられた。思ったよりも暖かいその体温にほっとしてしまう。
「僕のことは? お店のことは忘れて、僕のことだけ、考えてみてくれませんか。他のこと考えた方が案外答えは見つかるかも、なーんて」
ふふとからかうように笑ったその顔に思わず笑い返していた。夜のせいで冷えた涙が顔を伝っていくのが感覚で分かる。確かに今日は良い夜だと、そんな風に思った。
指がいつの間にか繋がっていて、そこから鼓動が伝ってしまいそうだ。ドキドキすると同時に、どこかこの温度が心地良かった。
でも……どうしても頭に浮かんでしまう。神の姿ではなく、裏の姿の彼が……。
「ほうさんが、好き?」
「……ごめんなさい。それも、分からないんです」
「んー僕が言うのもアレなんですけど、望田さんは色んな問題を一つにしちゃってる感じがしますね。それはそれと、これはこれと切り分けないと。僕は貴方が信者だろうと、元信者だろうと、気にしませんよ。僕と過ごす、今の貴方が好きですから」
「……そんな風に言ってもらえて嬉しいです。本当に、ありがとう……ございます」
人前で泣いた記憶なんてない。それほど関わってこなかったし、寧ろ感情を表に出さない生き方が良いと思っていた。そう決めていたって体は素直で、簡単に決め事なんて滅んでしまった。
「……また連絡します。気持ちに整理がついたら」
「分かりました。待ってます……良い返事を、ね」
そう言って軽やかに笑った彼の顔が、しばらく目から離れなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

R-18♡BL短編集♡

ぽんちょ♂
BL
頭をカラにして読む短編BL集(R18)です。 ♡喘ぎや特殊性癖などなどバンバン出てきます。苦手な方はお気をつけくださいね。感想待ってます😊 リクエストも待ってます!

高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる

天災
BL
 高校生の僕は、大学生のお兄さんに捕まって責められる。

バイト先のお客さんに電車で痴漢され続けてたDDの話

ルシーアンナ
BL
イケメンなのに痴漢常習な攻めと、戸惑いながらも無抵抗な受け。 大学生×大学生

3人の弟に逆らえない

ポメ
BL
優秀な3つ子に調教される兄の話です。 主人公:高校2年生の瑠璃 長男の嵐は活発な性格で運動神経抜群のワイルド男子。 次男の健二は大人しい性格で勉学が得意の清楚系王子。 三男の翔斗は無口だが機械に強く、研究オタクっぽい。黒髪で少し地味だがメガネを取ると意外とかっこいい? 3人とも高身長でルックスが良いと学校ではモテまくっている。 しかし、同時に超がつくブラコンとも言われているとか? そんな3つ子に溺愛される瑠璃の話。 調教・お仕置き・近親相姦が苦手な方はご注意くださいm(_ _)m

部室強制監獄

裕光
BL
 夜8時に毎日更新します!  高校2年生サッカー部所属の祐介。  先輩・後輩・同級生みんなから親しく人望がとても厚い。  ある日の夜。  剣道部の同級生 蓮と夜飯に行った所途中からプチッと記憶が途切れてしまう  気づいたら剣道部の部室に拘束されて身動きは取れなくなっていた  現れたのは蓮ともう1人。  1個上の剣道部蓮の先輩の大野だ。  そして大野は裕介に向かって言った。  大野「お前も肉便器に改造してやる」  大野は蓮に裕介のサッカーの練習着を渡すと中を開けて―…  

【R-18】♡喘ぎ詰め合わせ♥あほえろ短編集

夜井
BL
完結済みの短編エロのみを公開していきます。 現在公開中の作品(随時更新) 『異世界転生したら、激太触手に犯されて即堕ちしちゃった話♥』 異種姦・産卵・大量中出し・即堕ち・二輪挿し・フェラ/イラマ・ごっくん・乳首責め・結腸責め・尿道責め・トコロテン・小スカ

肌が白くて女の子みたいに綺麗な先輩。本当におしっこするのか気になり過ぎて…?

こじらせた処女
BL
槍本シュン(やりもとしゅん)の所属している部活、機器操作部は2つ上の先輩、白井瑞稀(しらいみずき)しか居ない。 自分より身長の高い大男のはずなのに、足の先まで綺麗な先輩。彼が近くに来ると、何故か落ち着かない槍本は、これが何なのか分からないでいた。 ある日の冬、大雪で帰れなくなった槍本は、一人暮らしをしている白井の家に泊まることになる。帰り道、おしっこしたいと呟く白井に、本当にトイレするのかと何故か疑問に思ってしまい…?

身体検査が恥ずかしすぎる

Sion ショタもの書きさん
BL
桜の咲く季節。4月となり、陽物男子中学校は盛大な入学式を行った。俺はクラスの振り分けも終わり、このまま何事もなく学校生活が始まるのだと思っていた。 しかし入学式の一週間後、この学校では新入生の身体検査を行う。内容はとてもじゃないけど言うことはできない。俺はその検査で、とんでもない目にあった。 ※注意:エロです

処理中です...