秒に刻む病

迷空哀路

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06:これがあの例の部屋ですか(1)

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これがあの例の部屋ですか。
開口一番に奴はそう言った。声色が浮き浮きしているのが伝わってきて、なんだか少しイラッとした。

目が覚めて見知らぬ天井を捉えたその視線の先に、突然現れた頭部に驚く。一瞬忘れかけていたが、ああアイツかと気がついた。
「これがあの例の部屋ですか」
何を呑気に言っているんだ。
「例の部屋って……?」
「あ、おはようございますー。僕の方が先に起きたんで、何となく周りを見ていたんですよー」
人を煽るような、腹が立つ喋り方だ。
起きようと手をつくと、ふわりとした感触に触れた。まぁまぁ質が良い方のベッドがある、ビジネスホテルか何かか? 部屋の中はそんな印象だった。
目の前にあるのは壁掛けテレビと、端の方に黒い箱、多分冷蔵庫だ。何も乗っていないシンプルな机もある。
後ろを振り返ると、ベッドの横にクローゼットがあった。窓はないが、反対側に扉がある。
「これあれですよね、絶対あれだよねー」
とことん無視して、扉を確認してみる。開かなかった。その横にもう一つ扉がついていて、そっちはすんなり開いた。
そこにはトイレと風呂があって、ちゃんとホテルだったことに安心する。
「……で?」
部屋に戻ってきて、足が止まった。いやいや何安心してるんだ。何の解決にもなってない、むしろ始まったのか?
そう思った瞬間、こちらの思考を読んだように、テレビがついた。
『お は よ う  ござ いま  す』
変な空間を作る意味はあるのか。黒い背景に、ただ白い文字だけが浮かんでいる。
「キタキタキタキタ!」
変な奴が興奮し始めたぞ。
『指令 を クリア したら 帰れる よ』
「指令……? どういうことだ」
「すげぇテンプレ解答してる……!」
なぜかこっちをキラキラした目で見ているが、無視する。
『まず は こちらの合図 が 来るまで 2人で 手を繋ごう!』
子供に伝えるような言い方が気になるが、それ以外にも考えることがいっぱいある。
「へぇ……手かぁ」
ぱちぱちと自分の手を確認している奴にそっぽを向いて、他の物を確認する。
「まずは冷蔵庫」
ぱっと見は沢山ペットボトルが並んでいたので安心する。水がほとんどだ。このピンクの蓋のやつは何だろう。
「……げっ」
手に取って後悔した。中身はあのぬるぬるの液体だ。これじゃ飲めないじゃないか。いや、いざとなったら飲めるのか? 
上の段にある缶は炭酸や栄養ドリンク類だ。食べ物は見つからなかった。
「ちょっとー無視しないでくださいよ」
「お前は全部見たのか?」
「喉乾いてたんで冷蔵庫は見ました。ほら、もう飲んじゃった」
「は?」
よく見るとテーブルの下に潰れた缶が置いてあった。
「おまっ……ええ! 大丈夫なのか?」
「あーすいません。中身が平気か確認するやつ先やっちゃいました。大体へーきなこと多いんでぇ」
「……は? どういうこと」
「僕的にはぁ、指令を出すってことは、相手も見たいってことだろうから、序盤で殺したりしないと思うんですよねぇ。早々に相手がヤバめになってクリアできなくて、自殺しようとしたり狂乱するところが見たいならもっと別の方法がありそうって言うか、わざわざホテルを選ばないやろーって。もっとロマンのある監禁場所があるやん? って感じ?」
「お前が何言ってるか九割分からなかったが……監禁って言った?」
「はい、言ました」
「えっ……」
「だって、見てましたよね? 指令をクリアしたら帰れるって。それまではあのドア、開かないんでしょ」
「何でそんなに余裕なんだ……?」
「そんなの……」
突然立ち上がって近づいてきた。俺より背が高いから見下されるようになる。
「予習済みだからですよ!」
「は?」
「何も知らないようだから教えてあげます」
スチャと眼鏡をかけていないのに効果音を自分で言って、目元に触れた。
「──例の部屋。それだけ言えば分かる人には全て伝わります。まぁつまり、シチュエーション的によくあることなんですね。こうして二人が閉じ込められて、そこから脱出するというのは。色んなパターンがあって、中には殺し合いとか過激なのもありますけど……僕が見るものは一つしかありません。ハイでたー、ヤらないと出られない部屋ー!」
頭を押さえてベッドに座る。こいつの喋り方で色々察した。オタクか、こいつ。
「いやぁまさか自分が選ばれるなんて。フィクションの世界に迷い込んじゃった気分! やばーい、テンション高みざわー」
「……はぁ」
「はっはっは、なぜ僕がこんなにはしゃいでるか分かります? 分からないでしょうねぇ、貴方には」
再び寝転んで、何も聞かなかったことにした。
「このヤらなきゃ出られない部屋ってね、まぁ色々な設定があるんですけど……人が関与していないんじゃないかってパターンっていうのが存在するのですよ。まぁ確かに? 何で日本語知ってるのとか疑問はありますけど、命令に背いたら部屋が傾くとか他にも不思議なことがあって……部屋中に監視カメラを仕掛けられたとしても死角は作れるんですよ。例えばこのシーツの下でさっきの指令、手を繋ぐをやろうとした時、ここまで近づけば手は繋げますよね。腕は重なってるし、指も触れてる」
そう言って無理やり手のひらを重ねてきた。何を言っても無駄そうなので好きにやらせておく。

「シーツの中身は見えない。外からいくらカメラを使ったとしても、本当に触れているのか判断はできない。カメラじゃなくてセンサー? だとしてもどこまでが手を繋ぐ判断になるか分かりませんよね? こういう風に指先だけを付けた場合はどうでしょう。……特に変化はありませんね」
「お前はあれか、この部屋で自分が考えたフィクションに立ち向かう方法を実行、というか実験したいのか」
「そ、その通り! さすが分かってるぅ! パンピーのくせにやるぅ!」
「なに、バンビ? 鹿?」
「……死語なのかな、これ。まぁ非オタ。オタクじゃないってことです」
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