秒に刻む病

迷空哀路

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「なんか、興味なさそうだなぁ」
はははと軽い調子で笑った。確かに今は缶の中身の方が重要だったかもしれない。
「ほんと、普通はそれが当たり前ですよね。男の話なんか興味ないって態度。男の話を親身になってきいたって、メリットなんかない。そういうのが……良かったんだ」
じゃあその、そういうのになる為に、再び意識して興味ない態度を取った。心配するよりもこっちの方がいいなら、自分も楽だ。
「俺って体小せえし、筋肉も全くないから、なめられるんですよ。駅とか人混みの中で体ぶつけられたり、先に並んでたのに無視されたりとかしてさ。それだけならまだ許せると思ったのは、初めて痴漢された時だな。マジで気持ち悪くてトラウマになって、しばらく電車乗れなかった。それが原因なのかきっかけだったのか、何故かその後ぐらいから気持ち悪い奴に絡まれることが多くなって……街中で急に腕掴まれたり、酔っ払いに抱きつかれたり……そういうの本当死ねって思ってて」
相手が顔を下に向けたのが分かったので、あえて目を逸らした。声が震えてもきっとここでは、優しくしない方がいい。
「……帰りが遅くなった日、早く帰ろうと思って、違う道を選んだ。暗い道で、ほとんど人がいなくて……でもやけに騒がしかったのはその先で五人ぐらいの男達が騒いでいたからだった。嫌だと思ったけど早足で去ろうとしたら絡まれて、女じゃないって言っても離してくれなかった。体はもう数人の腕に掴まれてて、全く逃げられなかった。上の服を脱がされてもうダメだと思った時、偶然車が通りかかったんだ。ライトに照らされて異常なことが起こってるのが分かったのか、運転手の人が降りてきてくれた。その後は通報とか色々その人に任せちゃったからあまり覚えてない……助けてくれた人には感謝してるけど、俺はもうダメだった。しばらく学校も休んだ。先生からもうすぐ休みになるから半日だけでも来てみないかって言われて、サボりながらもちょっとずつ通えるようになったのに……」
今度はフリではなくて、本当に言葉が出なかった。俺が言えるような慰めはない。そんな苦労をしてきていない俺に何を言われても響かないだろう。
「……生きている限りこれが続くんだったら、もういいと思った。今までだって別に楽しくなかったし、先の未来だってなんとなく想像できる。それは別に、この世界で苦しみながら生きてまで欲しい希望じゃなかった。でも、あなたの言うことが本当なら、俺は死ぬことさえも許してもらえないみたい、ですね」
俺が止めても止めなくても、世界はループする。死んだ記憶がなくても、こいつは何度も死んでいる。俺はそれを見ている。
「あなたがこの世界のイレギュラーなら、あなたを消せば……」
「ちょ、怖いこと言うなよ」
顔を上げてこっちと目があったけど、そこにあったのは少しからかうようなものだったので少し安心する。本当に俺が原因なのだとしたら、ちょっと申し訳ないと思ってしまっていたからだ。
「はは、でもどうしますか。俺が生きてたら、あなたはずっとここにいることになるし、死んだらまた同じ日に戻る、らしいし」
「……今恐ろしいこと思いついちまった」
「なんですか?」
「……お前の死を止めるのは、あくまで最初だったら」
もし、飛び降りを阻止するのが第一段階で、その後もこいつがピンチになるたびに助けて、失敗して、また最初の日に戻ったら?
俺の人生がこいつを助ける為だけの存在になったとしたら……。
「呪いでもかけられたかな」
もう暑さは感じられなかった。口では軽く返したけど、体は冷えた汗が流れて寒いぐらいだ。
「呪いって誰の?」
「は! そうだ……俺がこいつと入れ替わったのには意味があるんだよ! つーかないとおかしいよな。じゃあこいつの願い? 呪い? を何とかすれば戻るかも!」
俺は希望の糸を何とか見つけたと思ったが、相手の顔は分かりやすく曇った。
「それって……あいつと付き合えってことですか?」
「いやいやいや、待てって。お前別に好きとか、付き合ってほしいとかはっきり言われてないだろ?」
「でも、普通男に綺麗とか花に似てるとか言いますか?」
「まぁ感性が独特な子みたいだし……」
「どちらにしろ我慢して仲良くしろってことじゃないですか、嫌だよ」
「うーん……」
もう終わったかと思っていたけど、振ったら少しだけ残っていたみたいだ。最後まで飲み切ろうと、缶を持ち上げて空を見上げた。綺麗な水色の空。この色は元の世界と一緒で良かった。
「……いや、もう無理か」
「え?」
「ループする前の世界には戻れない。だから、お前があいつと会うことはもうないかもしれない。少なくとも俺が存在している間は、あいつはいない」
「……確かに」
「トリガーになっているのはお前の飛び降り。お前が死ぬことになると、世界はその少し前に戻る。お前が死なないと、世界はそのまま進むことになる。これはつまり、世界が……誰かが、お前を救いたがっているということだ」
「まぁ……死なせないってことは、死なせたくないってことでしょう。逆に何度も死んでほしいと思ってる可能性もあるけど」
「でもずっと不思議なのが……普通さ、関係ない人間が関わることになるなんて聞かないだろ? そういう映画とか漫画って、大事な人が死んじゃうのを止める為に頑張るわけよ。ループとかいう超不思議なことが起こってるからこそ俺はそんなことはないとは思ってるけど……すっごく常識的に考えるとしたら、俺が狂ってる以外の可能性がない!」
突然大声を上げたのにびっくりしたのかこっちを見たけど、気にしている場合じゃなかった。
「その一、俺の記憶は作られたもので、前の自分がいると思わされている。その二、ループなんてものはなく、たまたまお前が死ぬ現場にたどり着いた。その三、フラれた? のがショックで性格を変えようと必死になりすぎて記憶喪失、もしくは事故にあって本当に記憶喪失! という説……」
疲れたのでまた地面に尻をついた。もういくら汚れても構わない。
「自分で自分が信じられない状態ですか……まぁ気持ちは分かるけど」
「もし……もし本当にそいつと入れ替わっているって言うのなら……どうしてお前が助けないんだ。好きなら自分で救ってみせろよ……俺を巻き込むな」
本格的に嫌になってきて、地面に寝転ぶ。もうどうにでもなれ。
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