秒に刻む病

迷空哀路

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「……ところで」
飲み終えたのか、カップからストローを抜いている。一滴垂れたミルクティーが机に落ちたところで、話しかけた。
「どうしてお前はこいつが嫌いなんだ」
それは死にたくなるほどだろうか。嫌なら逃げれば、相手を逃げさせればいいのに……それは死よりも難しいことなのか? 
一瞬ぴたりと止まったが、お手拭きで机を拭くと、お盆を持って立ち上がった。
「パッと見た感じは分かりませんけど、もし知り合いがいたら面倒なことになりそうなので、そろそろ場所を変えましょう。その話もそこで」
「りょーかい」
それ以上問い詰めるのも無駄そうだったので、同じようにして立ち上がった。確かに入った時より人が増えている。
涼しい店内を後にして、またじっとりと暑い外へ歩き出した。


近所にある公園は広かった。子供達が集まる遊具のエリアを抜けて、木々が生い茂る場所まで歩いていく。その更に奥は山というか森というか、住宅街はなく木が続くみたいだ。つまり子供達はここまでは来ない。
虫がいないか確認しながら、なるべく綺麗そうなコンクリート部分に座った。下はひんやりとしていて日向にいるよりはマシだが、座っているとじわじわ汗が噴き出してくる。それをどうにかする為に、先程買った冷えた缶を首元に当てた。
「この場所って公園なの? ギリ公園じゃないの?」
「まぁメインはあの広場ですから、わざわざこっちまで来ないんじゃないですか。草ばっかだし、この先は自転車も通れないし」
ふーんと適当な返事をして缶を頬に当てる。見た目は爽やかな水色だけど、中身はあのサイダーだろうか。
「じゃあそろそろ、単刀直入に聞いちゃっていい? あいつと何があったの」
あえて隣は見ずに話しかけた。あっちはしばらく黙った後、ぽつぽつと話し始めた。

……影が薄いというか、物静かな奴だった。無口だけど無愛想でもなくて、逆に穏やかな笑みをいつも浮かべていた。友達は作らなかったみたいだけど嫌われている訳でもなく、話しかけられれば明るく対応していた。
だからクラスの奴はあいつのことを聖人だの、もう穏やかな老後を過ごすだけの老人だの、そんなあだ名で呼んでいた。
俺とは全く接点がなかったけど、それが生まれたのは席替えの時だった。隣の席になったあいつには特に興味がなくて、ただ静かそうだから良かったとしか思わなかった。
「……眩しい」
隣の席になってから数日が経ったとき、本当に小さくだけど、そう呟く声が聞こえた。反射的になんとなく横を見ると、手をおでこ辺りに当てて、光を遮るように窓の方を見ていた。
確かに窓側に近いけどそれだったらこっちの方が近いし、眩しいって言っても毎日似たような天気なんだからある程度は慣れてるだろ? って思ったけど、今まで我慢していたのかもしれないと、なんとなく気になった。俺より光に敏感で苦しいのかもと。ただカーテン閉めてほしいなら自分で言えって話だし、俺がそれをやってやる義理もないよな? ってそれを無視しようとしたんだ。
「……ふふ」
目は合わなかったけど、なんとなく自分の方を見たのが分かったのか、隣で小さく笑う声が聞こえた。それきり特に会話はなくて、あいつは手を外すと、何事もなかったかのように涼しそうな顔で授業を受けていた。
恐らく自分とは違う感覚で生きているんだと分かると、ますます興味がなくなった。厄介そうな奴には関わりたくない。変に仲良くなっても面倒そうだからって、気にしないことにした。
数週間特に関わることもなかったのに、油断した日にやってしまった。
今日は全員が一斉に帰るから、部活動もない。暑さやられた俺は保健室にいたから、帰りが遅れたんだ。いつもは味わえない静かな校舎にちょっとわくわくしちゃって、校舎の裏に行ってみたんだ。
そしたらあいつがそこにいて、なんか土を掘っていた。そのまま引き返そうとする前に、音で気づいた奴が振り返った。それでまたあの穏やかな微笑みを向ける。
ただそれだけで、特に話す気はないらしい。でも無視して帰るのもなんとなく気まずくて、そこに立ち尽くしてしまった。
「……花」
何メートルか離れているから聞き取りづらかったけど、なんとなくは聞き取れた。
「花を植えているんだ。ここ、一応花壇なんだけど今は何も生えてないから」
「……そう」
「ひまわりを植えたいと思うんだけど、咲くか分からないな」
じゃあと言って帰ろうとした時だった。相手が急に立ち上がって、スコップをそこに置いた。
「……ひまわりに、似てる」
「えっ?」
「君は、眩しいから」
意味が分からなかった。だから独特の世界で生きている人間は面倒なんだ。とっとと去ろうとして、片足を少し動かした。
「咲いたら、君に見せたい」
それは嬉しそうに、まるで愛おしいものに向けるような声だったから、カッと体の中が熱くなった。
「それってどういうこと?」
その後驚くほど冷めて、流れ始めていた汗も止まった。こっちの不機嫌に気づかないのか、あっちはまだ浮かれたようだった。
「……僕は、君に憧れている。綺麗だから」
その声を最後に体の向きを変えて、早足で歩き出した。もう二度と話したくない。気持ち悪い。何が綺麗だ。眩しいとか、意味が分からないんだよ。

「それきりあいつとは合わないまま夏休みが始まって、今こんな状況って訳です」
話を聞いた限りでは正直、変な奴だけどやっぱり死にたくなるほどではないと思ってしまった。
「その後に何かないと、あの飛び降りには繋がらないんじゃ?」
「……いや、今まで溜まっていたものがあいつによって後押しされた感じです。あれがなければもう少し耐えていたかもしれない」
彼の言葉は告白に近いが、決定的なものはなかったと思う。この程度ならまだ友人として,人として憧れただけという可能性もある。
「うーん……」
ぐびりと缶の中身を喉に流し込む。炭酸ではある。サイダー系ではある。そこに何故かサクランボの風味を感じる。初めて飲んだ味だけど、嫌いじゃない。
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