秒に刻む病

02：美しいもの

爪先を持ち上げて、指先で触れる。一本一本丁寧に、なぞっていく。
──ああ今日も、溜め息が出るほど美しい。
私の宝物に目を向けると、昨日と寸分変わらない口角で微笑んでいた。控えめだが、一番美しい表情だ。彼の良さが際立つ上品な笑顔。
雪に溶け込むほど白く細い足を持ち上げ、滑らかな感触を楽しむ。彼はただされるがままで、呼吸音一つ漏らさない。
冷たい指先に指を絡ませて、唇で触れる。親愛を証明する為の口づけを送り、頬を撫でる。
「そろそろ食事にしようか」
彼は私に出会ってから、果実しか口にしていない。その為、彼の体液はどこも甘いのだ。
基本的には桃で、良い物が手に入ると、葡萄やメロンを与えることもある。
「さぁ口を開いて」
彼は人形だから、自分の意思では動かない。指で少しだけこじ開けて、そこへ切った桃を無理やり入れる。垂れた汁が口を伝って、鎖骨を流れた。
噛んでいる様子はないので、舌で押し潰しているのかもしれない。長めに時間を取り、二つ目をまた口の中へとねじ込んだ。

電気を消して、いくつかのキャンドルに火をつける。ぼんやりした光の中では、より一層彼が映える。
「……美しい」
眠る前にこうして、膝の上に頭を乗せるのが至高の時間だ。この瞬間に勝る快感はもう存在しないだろう。
だから私は、死ぬなら今がいいのだ。
「……愛しているよ」
彼は嫌がっているだろうか。私が顔に触れた後、そっと鼻と唇に指を動かして、呼吸を確認しているのを。微かだが温かな息を感じると、やはり安心してしまうのだ。
私と君は、どちらが先に死ぬだろう。
今日もまた時間が流れていく。確実に何かは、体を蝕んでいるはずだ。彼も私も。
甘い、甘すぎる口づけは、私達の愛の証。こんな時は少しだけ意地悪がしたくなって、わざと彼の息が乱れるように動かす。少しだけ涙目になった彼が愛おしくて、そこへ唇を近づけた。

この関係は君が望んだからだろう？

サラサラの黒髪が指を通り過ぎていく。何度繰り返しても飽きない気持ち良さだ。
長い睫毛は制御するのが難しいのか、じっと見つめると、規則的に繰り返していたまばたきが崩れる。私が更に見つめ続けると、彼は拗ねたように目を閉じてしまう。それでも薄い笑みは変わらないままだ。
彼に出会ってから、日課が増えた。まず温めたタオルで優しく顔を拭う。
彼が起きたら体を持ち上げて、いつもの椅子へ座らせる。オイルに漬け込んでおいた櫛を使って、撫でるように髪に触れる。
指先を持ち上げ、変化がないかじっと観察する。問題がなければ、爪の形を整えて磨く。
少し肌が乾燥している時は、とっておきのクリームで全身を丁寧に包んでいく。
今日もまたとびきり綺麗になった彼に、甘い果実を食べさせる。ふわりと彼の体からも甘い匂いが漂ってくるようになった。
「夢を見ているようだ」
この言葉を彼はそのまま受け取ったようだ。まだ微睡の中にいるのか、目を半分閉じた。
この奇跡は……この夢は、これは……。
私と君が愛し合っている世界は現実。私は生きているのだ。
だってほら、刃を突き刺せば苦しい。いつか終わる世界のことを思うと、胸が締まるような心地がする。
手を伸ばした先の彼の手は、私と同じ温度だ。だから、何も感じない。そうか、ここまで、君と私は同じなのか。
明日の私達は、どんな夢を見るだろう。