俺の恋人はタルパ様

迷空哀路

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36〔ホワイトクリスマス〕

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本当は自信があったと、歩きながら呟いた。それを顔を合わさずに、ただ黙って耳を傾ける。
「僕が声をかけると好意的な反応を貰えた。相手がいない期間に焦ったこともなかったし、手に入れても本気にはならなかった。どこかで自分は他よりも一歩上だと思って生きてきた。苦労もしなかった。だから甘んじて日陰者に転じている人が理解できなかった。やれば何でもできるのにって、軽く考えていた。だから本気で満たされることはなく、つまらなかったけど……それが与えられた僕の罪だと思って、受け入れて流されていた」
「漫画みてえな話だ」
「貴方を捕まえるのはそれよりも遥かに容易だろうと、鷹を括っていた。興味本位の方が強かったから、失敗してもそれでいいと思っていた。初めは貴方が理解できなさすぎて、手に入れて観察をしたかった。でも貴方が僕の方を見てくれないから、悔しくなった。今まで誰にも話したことのない事を思わず言ってしまったり……格好を付けて手に入れるどころか、格好悪い姿ばかり見せた。それなのに貴方といると楽しくて、本当に好きになってしまっていた」
食事をして温まった体内の熱が、顔の方にまで上がってきた。冷たい風が火照った頬を掠めても、あまり寒くない。
マフラーに顔を埋めて、ポケットに手を入れた。マフラーはまだ少し、こいつの香水の匂いが残っている。
「今更苦しくなって、もがいて焦ってる。僕は僕のままで愛されたい。無理したところで崩壊するだけ。なのに今のままじゃ全然遠い。ゴールが見えなくて苦しい……でも貴方を好きになれて嬉しい。どうすればいいんですか、ライバルは貴方の理想ですよ。貴方の心ですよ、どう勝てって言うんですか!」
「……ジンは消えたんだ。もう見えない」
さっき残り火のような、最後の光を消してしまったから、きっともう現れない。
「本当に……? 僕がいない間、話したりしていませんか。実は今も隣にいるんじゃ」
「俺の頭はそんなに器用にできてねえよ。俺は妄想のスペシャリストだけど、お前もなかなかになってきたな」

路地裏の間から、金色のイルミネーションの波が見える。人気スポットなのか、かなり人が多い。
「あ、やっぱり混んでるな……」
「ここに来るつもりだったのか?」
「もう近いです。でも少し離れたところから見たいと思ってて」
駅前が近づくと、かなり混雑していた。こんな日のゴールデンタイムにオシャレな街を歩いたことはないので、なんだか異様な光景に見える。
駅には大きなクリスマスツリーや、豪華な装飾が気合を入れて飾られていた。フォトスポットにぴったりなのか、あちらこちらで撮影をしている。
そこを通り越して、また裏道へ入った。途端に静かになり、人影も消える。
「こっちの駅は商業施設と繋がっていて、屋上があるんですよ。ちょっと寒いかもしれませんが」
駅前には大きなショッピングモールがいくつもあるので、わざわざこの小さい方に来る人は少ないのかもしれない。
「穴場ってやつですね。他のところより、閉まるのが早いからかもしれません。でもまだ閉店まで一、二時間はあるはずです」
黙って着いていき、黒いエレベーターに乗る。途中で見かけた服屋の店員は、暇そうに隣の店の人と話していた。
「よし、人は少ないですね。ここの情報を書いてくれた人に感謝です」
屋上庭園というか、椅子が置いてあるだけののんびり空間だ。入口の方に数人座っていたけど、奥の方は誰もいない。

「そもそもこの場所自体あんまり知られてないですしね。ほら、こっち来てください。ここからイルミネーションを見下ろせるんですよ。ちょっとだけズレてますけどね。駅前のとこならばっちりなんですけど、あそこは人気スポットだから」
ガラスの壁なので、少し怖い。それでも下を見ると、飾りとイルミネーションが一体になった景色が現れて、とても綺麗だった。
「……そろそろです。間に合って良かった」
「何かあるのか?」
「貴方なら知ってるかもと思いましたが、良かったです。楽しみにしていてください」
確かにロマンティックナイトを求めて色々調べていた。でも結局お家パーティーに決まったし、それも没になったので、ほとんど記憶から抜けている。
「……始まりますよ」

肩が触れる近さで下を見る。黙って待っていると、駅の時計の長針がゼロを指した。
鐘の音が辺りに響く。それに重なるように、壮大なオーケストラが定番のクリスマス音楽を奏で始めた。演奏者はいないので、もちろん録音だろうけど。
何かが視界の端でちらちらすると思ったら、白いものが降ってきていることに気づいた。
「雪? そこまで寒かったか?」
「ホワイトクリスマスですね」
「……いや、そこしか降ってないじゃないか」
「あ、バレました。ここのイルミネーションの名物、人工雪です。夜は一時間毎に十分間だけやるそうです」
「へぇ……凄いな」
雪まで用意するとは、無条件にテンションが上がってしまう。こんなにロマンティックを見せつけられては、心の奥が疼いてしまう。
「あーあ、もっと良い気分で見るつもりだったのに。決まらないなぁ」
興奮して暑くなってきたからマフラーを取って、相手の首元に引っ掛ける。びっくりしている顔を引き寄せて、マフラーの中で口を付けた。離れたところにいるから見えないと思うけど、恥ずかしいから念の為だ。
「なんでさっきから突然キスしてくれるんですか」
「お前こそ、急に自信を無くしすぎだ」
「だって気づいちゃったんですもん……貴方を好きなことと、貴方が遠いことを」
「ここにいるだろうが」
「でも心は遠……っ」
今度はさっきよりも長く、目を閉じて集中した。あんなに綺麗な景色があるのに、それよりも夢中になっていた。
「……ん、はぁ……っ、なぁ足りないか? ここまでしても」
「あ、あそこにまだ人がいるのにっ」
「そうだな、初めてだよ。外で、人前でするなんて。……ジンとだってしたことない。昨日も今日も今までも、ジンとしたことないことばっかりだ。ジンはな……っどうしたって届かないんだ。手に入らないんだ。どうしても、どれだけ好きでも、ジンに……触れることすら、叶わない!」
あまりにも眩しくて、あまりにも世界が美しくて、涙が流れる。大嫌いだった現実に励まされて、感動して、愛おしくなるなんて、もう狂いそうだ。
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