俺の恋人はタルパ様

迷空哀路

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32〔日常〕

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昼のショッピングモールは家族連れが多い。あちらこちらで賑やかな声が聞こえてくる。
どこか静かそうな店へ入ろうかとも思ったけど、面倒なのでここで済ませることにした。
ただのラーメンセットをフードコートで食いながら、他人の会話に耳を傾けたりしていると、日常というものが身に染みる感覚というか、戻ってきたような気がする。
あんな奴に会ってしまったから浮かれていたけど、本来の俺はこうなのだ。たまにミスターを名乗るドーナツや、コンビニで買うスイーツ、人がいない時間を狙って飲む期間限定のフラペチーノがご褒美の最上位なんだ。
あいつは本当に、本気で存在しているのだろうか? 分からなくなってきた。自分のことは信用できないんだ。いや、こんなに疑ってばかりいると、さすがに可哀想かもしれない。そろそろ存在ぐらいは信じてやるか。 

「……あー、この後どうしよ」
俺が見るような店はほとんどない。服も決まったものしか着ないし、ジンがいなくなった今、インテリアに精を出す必要もなくなった。
「正月はかまぼこだけ食べようかなー。あと餅も。それだけでよくやってる方だ」
どこを見てもクリスマスと正月がせめぎ合っている。そこに和な感じの音楽まで流されると、そちらへ気分が寄っていきそうになる。
「……あいつ、年末年始はどうするんだろうな」
一族で豪華なパーティでもやるのだろうか。その様子がありありと目に浮かぶ。
住む世界が違う……。奴は見たことのない、今まで存在を知りすらしなかった謎の生物に、興味を持っただけかもしれない。それを好意だと勘違いしている。なら正してやりたい。
もし俺がお前の前から消えたらどうする。お前もあの日の俺ように、髪を振り回して泣きながら探すのか。ある程度歩いたら諦めるのか。
「俺は……」
どうするのが正解なんだ。いやそんなの分かってる。あの遺伝子を残さないのは勿体ない。こんなぼろ雑巾みたいな男で遊んでいる場合じゃない。
でもたまに見せるあの瞳を見てしまうと、振り切れない。本気だと伝える時と、寂しそうにしている時の……。

いつの間にか、がやがやとうるさいところまで歩いていた。ゲームセンターか。遊ぶ気はないけど、なんとなく見回る。前もこうしてふらっと意味もなく、立ち寄っていたな。
「あ、こいつ……人気キャラだったのか?」
見覚えがあると思ったら、前に取った白いクマがいた。前のは小さいストラップみたいなやつだったのに、今はでっかい丸いクッションになって、どかっと鎮座している。他にもいくつか、こいつのグッズが周りにあった。
「こんなシンプルな顔で儲けやがって……ゆるキャラ好き民族が」
俺だって可愛い癒し絵を描いて人気者になりたい。そんな子供みたいな願望を消しつつ、中を徘徊する。
「……お前、彼女持ちかよ」
白いクマと同じ顔にまつ毛とリボンを足しただけの、雑女の子バージョンもあった。しかもペアぬいぐるみというやつで、二つが顔をくっつけて抱きしめ合っている。
「腹立ってきた……この顔」
思わず近寄ってみると、俺でも取れそうな位置にいる。いや全ての台がそう思わせるようなもんなんだけどさ……何度かやってるから、なんとなく分かる。これ取れるやつだ。
でも取ったところでどうする。こんな人形持ったまま歩くのか。怖いぞ、おっさんがクマ握りしめて歩いてるの。
「……ま、取ってから考えるか」
手は勝手に小銭を突っ込んでいて、音楽が鳴り出した。多分一度では取れない。重そうだから。
「前の人が結構動かしたのかな? もう少しなのに、勿体ない」
斜めにはみ出しているところを狙って、アームを引っ掛ける。こういうのは人形全体を掴もうとしてもダメなのだ。動きそうなところを狙わなきゃ。
「よし、いい位置に入った」
このまま斜めを攻めていけば、いけるはず。
「……うーん」
頭がでかいからか、重くてなかなか移動しない。
結局追加で何枚か入れた後、突然ぽろっと落ちてきた。白くてむにゅむにゅしていて、手触りはいい。顔は幸せそうでちょっとむかつく。
側にあった袋に入れても隠れない。何が入っているのか簡単に分かってしまう。
「……ま、いいか」
ふっと笑って、子供達の間をすり抜ける。このアホ面を見たせいかは知らないけど、なんだか気分が楽になっていた。大きな幸せは手放したけど、それでいいのだと腑に落ちたような感じだ。


俺がどうこうの問題ではない。人の気持ちは変えられないんだ。これからをどう歩もうが、それは相手の自由だ。
クマをもにゅもにゅしていると、何故だかそんな考えが浮かんできた。
「誰を好きになろうが、他人には関係ない……」
こういうことをうじうじ悩まずに、さらりと言えていたら格好良かったのに。そうしたら、まるで彼みたいだ。

午後の穏やかな空が、少しずつ色を変え始めた。これから夜を創り出すための準備だ。
そうなると街は段々と色めき立ってくる。ロマンティックなんて程遠いと思っていたのに、やればできるじゃないか。
「……もう少し待ったら、連絡が来るかな」
帰るのも面倒だったので、駅周辺でのんびりと過ごして回っていた。案外俺の嫉妬してしまいそうな景色はなく、皆が同じように、平和に楽しんでいるように見えた。自分の精神状態のせいでそう見えていただけで、いつも世界はこんなにも平和だったのだろうか。
「店に迎えに行ったら……やめとくか」
想像したら気恥ずかしくなったので止めておいた。あいつに会うと思うと、どこか照れのような、顔が熱くなるような心地がする。
好きかどうか自信を持って答えられないけど、今はすぐにでも会いたくなった。
「……寒くなってきたな」
駅近くの、公園のベンチから立ち上がって歩き出す。あいつにもらったマフラーをぐるぐる巻くと、それはちょっと暑かった。
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