俺の恋人はタルパ様

迷空哀路

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23〔パイシチュー〕

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顔をあちこちに向けて洋食屋を探している姿を見ると、笑いが止まらない。
「貴方の希望を叶えてあげようとしてるのに」
「だから平気だって言ったろ。もう着くよ」
「え?」
ここだと指差して、お馴染みの看板を見上げる。
「いや、ここってフライドチキンのお店でしょ。というかチェーン店じゃないですか」
「まぁまぁ。騙されたと思って」
テーブルに二つ並ぶ、シチューの上にパイを乗っけた食い物を、訝しげに見つめていた。
「お前は知らんだろうが、毎年定番なのよ。ほらスプーンでパイを突くと、シチューが現れる。正直味よりも、このわくわく感に惹かれる」
「へぇー……チキン屋さんなのに、こんなのがあるなんて。でもこれだけじゃ足りないのでは」
「食ったら他の店行ってもいいぞ。これはな、なんというか俺の中で一番クリスマスらしいもんなんだ。小さい頃からの刷り込みだけど。本当はこれをクリスマスの翌日に食べるつもりだった。……クリスマスが終わっても、暖かいのは続いてるじゃん? って言いたくて」
豪華な食事を用意した次の日に、優しいぽかぽかしたものを食べてまったりしたかった。なんかクリスマス期間の朝って神聖な空気感があるし、よく知らないけど。厳かに過ごしてみるのもいいじゃんってノリで。
二人でもこもこの柔らかい部屋着に身を包んで、だらだらする予定まで決めていたんだ。 

「今日で良かったんですか」
「なんかそういう気分になった。まぁどうせクリスマスパーティーはしないし、次の日とかないんだよな」
さくさくと二人でパイを崩して、暖かいシチューを食べる。
期間限定の人気メニューだからか、周りを同じものを頼んでいる。彼らもこれを食べることで季節を感じているのかと思うと、ちょっと愉快だった。
「ケーキはキャンセルすると悪いかなー。うまそうだったしな……あれだけ引き取って、食えなかったら冷凍して……あー結局何をどこまで用意したんだっけ。酒も一人で消費するには時間かかりそうだ」
一人で愚痴を零していたつもりだったのに、突然顔が近くに寄った。
「じゃあ僕とパーティーしましょうよ! 当日は……というか最近は忙しいんですけど。普段来ないようなお客さんも増えますしね。空気に当てられてなのか、駆け足で入ってくる人も結構いるんですよ。うーん、だから……前か後になっちゃうんですけど」
「いいのか? お前と過ごしたい奴は沢山いそうだけど。それこそセレブなパーティーにお呼ばれしてそう」
「……やっぱり当日行きます。何時になってもやりましょう! 絶対行きますっ」
「な、なんだよいきなり……いいよ、無理すんな。時間あるなら休め」
「貴方を一人にしたくありません」
横との仕切りがあって良かった。突然テーブルの上で、両手で包むように手を握ってくる。
「パーティーって大体二十四日の夜ですよね。じゃあそこから二十五日も、必ず時間を作ります。だから僕と過ごしてください」
「俺はいいけど……元々そのつもりで休み取っちゃってるし。でも時間作るってどれぐらいだ」
「あ、次の日も必要なんでしたね。じゃあ二十六もシチューご用意します」
「いいよ、それはもう。たまに食うから特別なんだ。それに俺はイベントに浮かれる日本人だから、正直十二月なら……なんなら空気が寒くなってきた頃から、ずっとクリスマス気分なんだよ。日付にこだわる意味ないって」
「ダメです。そう言いつつも、当日寂しそうな貴方が今から予想できます」
「……そうか? というか今思ったけど、俺パーティーの予定しか立ててなかったな。当然当日は休んで、ゆっくり過ごすぞって思ってたけど……何も決めてないや。寝る未来しか見えない。こんなんだったら、休みにしなくてよかったな」
「ちょっと! 貴方がクリスマスへの憧れを失ったら意味がないじゃないですか。大丈夫です、なんとかクリスマスらしくしてみせます。ああ、こんな言い方、この国でしか通用しませんよ。本来の意味を知っているんですか? まぁいいです、僕も信者というわけではない。楽しんで金儲けができるなら充分です。それはそれとして、貴方が一日休みだとすると……」
黙って考え始めてしまった。もう何度目かの独り身クリスマスだから、こちらとしては慣れているんだけど、そうは言いつつ心のどこかで期待してる自分がいる。だってそういうロマンティックチャンス(が溢れる日)なんて、滅多にないからな。

「……終わったら部屋に迎えに行って……そこで」
「おい、俺の家来るつもりか」
「え? ダメなんですか」
「いやお前その、それ……あのー、ほらぁ」
「……?」
「普通独身男の家ってのはなぁ、人を招くようにはできてねぇんだよ。特に俺の部屋は……トラウマになってもしらんぞ」
「そ、そんなにおぞましいものが! ……入れないほど劣悪な環境に住んでいるんですか? だめですよ、掃除はちゃんとしないと」
「ゴミ系の部屋じゃねーよ。まぁ趣味系というか……」
あっと気づいた顔をして鞄を探った。例のノートがそこから顔を出していたので、慌てて押し込む。
「なんで持ってんだよ。つーか出そうとすんな、こんなとこで」
「え、くれたんじゃないんですか」
「なんであげなきゃいけないんだよ! いらないだろそんなの」
「えー欲しいですよ。だってこれ、言い換えれば貴方の願望ノートだし。ふふ、好きなことやしてほしいことを、これだけ事細かにまとめてあると助かります」
一体何に対して、どう助かるというんだ。 

「で、確かこれに書いてありましたよね。お人形があるんでしたっけ。気にしませんよ、それぐらい」
「お、お人形なんて可愛いもんじゃ……」
「まぁまぁ。とりあえずできるかどうかは、部屋の状況を見て考えます。もし入れたくなければ、パーティーの為のグッズを僕の家に持っていっちゃいましょう。で、僕の部屋に泊まってください。二十五日は時間が空いたら帰ってきます。スタッフも多いですし、大丈夫なはずです」
「繁忙期に無理するなって。俺は適当にだらだらやってるからよぉ。……正直一回でもパーティーに付き合ってくれんなら、それで満足なんだけど」
「……ダメです。もう決めちゃいました。これは貴方の為でもあり、僕の為でもあります。ね? 大丈夫だから、付き合ってくださいよ」
指を絡めて、顔を寄せてきた。周りにあまり聞こえないように耳元で話すから、吐息がかかってくすぐったい。
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