病み男子

迷空哀路

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《No.4》

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茂みの中から首根っこを掴んで、道端に放り出した。
「ぎょえ!」
変な声を上げながら道路に倒れこむ。そのまま立ち去ろうとすると、縋るように足を掴まれた。
「ま、待って待って待って……!」
顔のほとんどを隠したフードがずれて、長い髪がバサッと飛び出す。腰ぐらいまでありそうな髪のせいでまだ顔はよく見えないが、そんなことはどうでもいい。
「あのあの、えっと……っその何て言うか、ハハハ……あ、バレてた?」
「警察呼ぶ」
「まっ、待ってくれって! 自分でも分かってんだよ……っす、少しだけ話さないか? へへへ、このまま放置じゃ気になるだろ? な?」
「ここじゃ目立つ……仕方ない」
変な男の首を掴んだまま、玄関先に放り込んだ。
「こっから先は入るな」
「ああっ! 了解だ」
玄関でも嬉しそうに、どこか隠しきれてない期待を漏らしながら、口角を上げていた。

こいつに気がついたのは帰宅途中。駅では分からなかったが、自宅へ近づくに連れて、妙な視線を感じた。いや、視線どころではない。本人が分かっていないのが不思議なぐらい、奴の周りだけ異様な雰囲気を醸し出していた。できることなら関わりたくなかったが避けられず、今こうしてニヤニヤと笑うこいつを見下ろしている。こいつの口角は下がらないのだろうか、引きつったようにも見えるけど。
「いつからだ」
「あーそうだな、見つけたのは一週間前で、ここまで来たのは今日が初め……あ、いや二日前とか? あれー……?」
曖昧な返答で信じる価値もないのかもしれないが、これが本当だとしたら一週間前ぐらいから見られていたことになる。気がついたのが今日ということは俺が相当鈍感なのか、あえてこいつは見つかる為にわざと下手な尾行をしたのか。だとしたらもうこいつの罠にハマっている可能性が。
奴を観察しても、今まで出会ったどのタイプにも当てはまらなかった。ホームレスにしては清潔感がある。が、どこかに所属できるような常識は持ち合わせていないだろう。単なる無職というのもイマイチぴんとこない。なんていうか、これが人に対する分け方で合ってるのかは分からないが……最近捨てられたペットが一番しっくり来る気がした。ダンボールに捨てられて、飼い主を追って似た人のところについてきてしまったような。
年齢も不明だ。若そうには見えるけど、意外と上かもしれない。
指で頰を突きながら、色んな場所へ視線を彷徨わせていた。
「……あの、だなぁー。ストーカーってのじゃないんだ。ましてや金奪おーとか、全然そんなんじゃなくてさぁ」
「ずっと張ってたのか?」
「だからそうじゃねえって……ただそうだな本能……つーか」
「……はぁ」
変な奴と会話しようと試みるのは、こんなに疲れるものなのか。とにかく何が目的なのか分からなくて気味が悪い。
「あ……み、見つけちまったんだ。だから夢中で追っかけてたって言うか」
「何を見つけたんだ? 金持ってるようには見えないだろ」
「だから金目当てじゃねぇって! そんなんどうにでもなるんだ……俺が見つけたのは……俺のご主人様だ」
「……はっ」
思わず絶句して失笑が漏れると、顔を赤くしながら頭をかいた。と、思った瞬間……突然目を開いて自分の唇を舌で舐め上げた。髪を搔きあげて、まるで獲物を仕留めるような視線を向けてくる。
「俺をあんたの奴隷にしてほしい」
更に頭がこんがらがる言葉だった。もう通じないなと面倒になり、どうでもよくなって部屋に戻る。疲れているのに余計なことで頭を働かせたくない。
「あ、おい……は、入ってもいいのか?」
「勝手にしろ。不審な動きをとったらすぐに通報だ」
この男を入れても大丈夫か迷ったが、危害を加えそうには見えなかった。今思えば何でこんな風に思ったのか分からないが……疲れてたんだな。

「……何だよ奴隷って。俺がそんな趣味持ってるように見えるか?」
「覚醒によっては」
ちんまりと正座しながら床に座った。その様子はまさに、待てをされている犬だ。
「まぁSMとかはちょっと違うっつーか……あー見つけちまったんだよ。こいつだっていうの。びびっと打たれた感じ? いや撃たれた? とにかく俺のこと何でも好き勝手こき使っていいから……むしろ本望だけど。側に置いてほしいんだよ」
「無理だ。そんな素性の知れない奴を置く人間がいると思うか?」
「その通りだけどさ……一回見つけちまったらダメなんだ。もうお前しかいないんだよ……とりあえずちょっとだけでもここにいちゃダメか?」
「ああ、お前やっぱり詐欺師か。愛人みたいなことをして、あわよくば金持って逃げようって気だろ」
「……何でもする。お前に命令されたことなら、何でも」
そいつの顔から笑いが消えた。射抜くような視線がこちらに向く。こいつは危険だと、普通じゃないと本能が訴えていた。人間というよりは獣に近い。
「お前何歳だ?」
「ごめん……名前も年も覚えてない」
「……はぁ」
「あっ! で、でもどことも繋がりがないわけだから何してもバレないし、これからどこかで迷惑かけることもないと思う!」
「立て」
「あ……ああっ!」
命令されたことが嬉しかったのか、更に口元をにんまりさせながら立ち上がった。若干猫背なのか真っ直ぐではなかったけど。うずうずした様子でポケットに手を突っ込みながら、こちらを見ている。
「服、脱いで」
「えっ……」
驚いて一瞬真顔になった後、静かにパーカーのジッパーを外した。その様子を緊張しながら静かに見守る。何か武器を……服の下にナイフでも隠し持っていたら、本当に野生動物みたいなこいつには勝てないだろう。赤く染まった部屋を想像して、少し寒くなった。
あっちもあっちで落ち着かないのか、微かに指先を震えさせながらまた一枚床に落とした。時折目を閉じて眉間にシワを寄せる。次には真顔、それを繰り返して目の前には裸体が晒された。
「……っ」
目線はこちらから少しズラして、部屋の端の方を見ていた。
「顔、見せて」
これには少し戸惑った素振りを見せた後、長い前髪をかきあげた。それを頭の上で固定しながらこちらを見つめる。
「もういいよ。服着て」
「えっ……」
さっきまでの態度を取り戻したのか残念そうな声が上がったが、無視して立ちあがる。こちらの用は済んだ。さすがにこの状況で突然襲いかかってはこないだろう。
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