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17〈呼び出し2〉

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波浦side《4》

手が後頭部に触れている。そっと、優しく温かく……。片手は背中に回されている。その部分はやたらと熱い。
しかし、それよりもぴたりとくっついている胸から伝わる鼓動、耳元で微かに聞こえる吐息。首元に埋めた顔をどこに動かせばいいのか。
緊張と困惑で硬直していた体が彼の体温によって溶けて、力が抜けそうになる。このまま預けてしまえばいいのか、思考が流れていく。この暖かさに全てを委ねてしまいたい。
そう……僕は彼に、三上くんに椅子の上で抱っこされていた。彼の太ももに跨る形で、胸と胸をぴったりくっつけて。何がどうしてこうなったのか分からないままこの場所にいる。いきなり世界が変わってしまったようだ。

ゴロゴロとベッドの上でゲームをしていたら、三上くんから着信があった。勢い余って正座して、一度声を出してからボタンを押す。けれど結局弱々しい返事しかできなかった。
「今、家にいる?」
「えっええ? あ! う、うんいるよ。あ、三上くんは何してるの? 外? 」
「……今から迎えに行く。三十分になったら外に出てて。泊まりになるかもしれないから、親がいたらそう言っておいて」
「えっ……あの! 三上く、ん……」
電話は切れていた。回らない頭と、とにかく準備しなきゃと動く体がアンバランスだ。この場合、体の方が優秀なんだろう。ベッドから飛び降りて、髪を整えながら着替えて、目に入ったものを鞄に放り込み、顔を洗った。ついでに歯も磨いた。
「……どうしようっ」
友達の家にお泊りなんてしたことがない。三上くんの家なのかは分からないけど、彼とどこかで一晩過ごすんだ。こんなこと前例が無いけど、母は何て言うだろうか。
支度を終えてそろりと階段を降りた。テレビの音が聞こえるリビングの前をウロウロと歩き回る。意を決して扉を開けた。
「あ、あのさ……」
「ん? どうしたのそんな格好して」
「……っ、と友達の家に今から行ってもいい? 車で迎えに来てくれるらしくて……。あの、と泊まるかもしれなくて。よく、分かんないけど……」
三秒ぐらいぽかんとした顔で見ていた時間さえも長く感じた。早く干渉されない年になりたいなと、内容の入ってこないテレビに視線を逸らす。
「今からって……。本当に泊まり? どこか行ったりしないでしょうね。最近そういうニュースがあったでしょ、駅の方なんか結構物騒じゃない。あんなとこに行ったりしたら……」
「い、行かないよ! 別に、普通に家で過ごすだけ。あっ! えっとクラスメイトなんだけど、凄く勉強もできるし家もお金持ちらしいし、学年でもトップとか取っちゃう人なんだよ! だからそういうのとか全然大丈夫だし……」
「そんな子と連んでるの?」
「えっ、あぁ……うん。凄く優しいから僕とも友達になってくれて……あっ! 今何分?」
時計は二四分を指していた。もしかしたらもう来ているかもしれない。
「あっ! 今、ここまで来てくれるっていうから……見てみたら?」
「やだちょっと! もうお風呂も入っちゃったのに」
そんなの知らないよと頭で言い返して玄関に向かう。震える手で靴紐を結び直して扉を開けた。ひんやりと外気が頬に触れる。思っていたよりもシンとした世界はいつもの風景だ。
「……っ」
こんな服で良かったかな。お風呂入ってからの方が良かったんじゃ……っていうか三上くんどうしたんだろう。
落ち着かないまま家の周りをうろちょろしていたら、車のライトが見えた。細い路地を進んで僕の方へと近づいてくる。そういえば何で家を知っているんだ? 言ったことあったっけ? 
そんな疑問は、黒光りする車から彼が出てきた時点で吹き飛んでしまった。
「ごめん。夜遅くに」
「……あっ、いや。大丈夫……暇だったし」
これが私服なんだろうか。しっかりしたシャツにジャケットを羽織っているので、あまりプライベートな感じには見えない。だけど彼にとっては普段着なんだろう。三上くんの顔はどこか浮かばない。疲れているように見える。
「今から出かけても平気?」
「うん。へ、平気だよ。じゃあ行こ……」
間に合うなと願ったけど、後ろでドアは開いてしまった。ガチャリと開いた中から、甲高い声を出した母が恥ずかしそうに会釈をする。さっさと引っ込めと思った僕と違って、三上くんは爽やかな微笑を浮かべた。
「お母様ですか、すみません夜分遅くに」
「いえいえ正人にこんなお友達がいたなんて聞いてなかったものですから。あらぁ……ええと、あの方は親御さん?」
「いえ、あれは祖父です。母と父は二人とも仕事をしているので」
「そうなの……あっそうだ。正人を泊めてくれるって? でもご迷惑にならないかしら」
「はい。家ではいつも一人になってしまうので、居てくれるだけでも心強くて……」
さらさらと形のいい唇から流れ出す言葉に、母の表情は明るく変わっていく。そんな彼に見惚れていたら、いつの間にかペコペコとしている母を横目に、車の中へ連れていかれていた。

走り出してすぐ、左手に暖かい感触が触れた。三上くんの右手が繋がれている。強くはないけど簡単には解けないぐらいの力で。思わず顔を見たけれど、それは窓の外に向けられていた。ガラス越しに見たのが分かったのか、こちらに振り向いてくれる。
「どうしたの?」
「あ、あの……これ」
「嫌?」
首を横に振ると、小さく微笑んでからまた視線を外に戻した。その一連の流れが映画のようで、また頬に熱が集まる。運転手の人の顔は暗くてよく見えないけど、見ないフリをしてくれているのかもしれない。
どうして僕は三上くんと手を繋いでいるんだろう? 三上くんの家の車に乗っているんだろう? ……彼女も、中野さんもこうしてここに乗ったことがあったりして。
そんなこと関係無いのに、暖かい左手が調子に乗らせる。僕はもしかして彼の特別な人になれたのだろうか。
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