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7〈雨〉

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波浦side《2》

『明日、放課後残ってて』
久しぶりに来たメールに気分が上がっていた。しばらく目が合うことすらなかったから、もう飽きられたのかと思った。良かった。ありがとう三上くん。
彼からメールが届くだけで、こうも景色が違って見えるのか。昨日の夜届いた、短い一文を何度も読み返す。視界が開いたような気分だった。じっとりと淀んだ空を見ていても、逆に高まってくる。グラウンドが使えないから体育も楽になりそうだし、良いこと尽くめ。
一日そわそわしながら、周りのジメッとした雰囲気を観察していた。空が暗いからか、いつもより寝ている人が多い。普段うるさい女の子達も、携帯ばかりいじっている。
そんな中、三上くんはなんだか難しい顔をしていた。それはあの日のような、それよりもっと深刻かな。でも話しかけられれば、笑顔で対応しているところはさすがだ。

思ったよりも早く放課後になっていた。さぁこれからが始まりだ! 三上くんと早く話したい。なるべく周りに気づかれないように浮いた気分を隠していると、目の前を三上くんが過った。まぁ後ろの席だから皆ここを通るんだけどね。
「……ごめん。今日用事あるから」
「そっかー。あ、傘は……んー持ってるよね。じゃあまた連絡する」
僕は声を出しそうになってしまった。だってびっくりだ。中野さんにだけほとんど笑みを返さず、彼女の方を見ようともしないで、そのまま通り過ぎてしまった。
僕だったら何かした? と聞いてしまいそうなのに、そこはやっぱり三上くんの彼女だ。何事も無かったように、クラスの一部と挨拶を交わして帰ってしまった。あれ……あ、三上くんも帰っちゃった? と、思ったら短いメッセージがあった。
『学校出て体育館側の道を真っ直ぐ、左に曲がったところにいろ。話しかけるな』
三上くんって意外とサドっ気があるよね。今まで隠してたのかな、それは可愛い。

軽い足取りでその場所まで行くと、三上くんは五十メートルぐらい先にいた。だけどそのまま歩き出してしまう。多分ついていくんだよね?
それから僕の知らない道を歩くこと十分。どこかのマンションの前で腕を組んだ三上くんを発見。メッセージには早く来いと書かれていたので、側に駆け寄った。
「三上くん!」
「……ああ」
とてもテンションが低い。何があったんだろう。彼女と喧嘩かな? でもそれで彼が落ち込むだろうか。
三上くんの光の宿っていない黒い瞳を見つめながら、恐る恐る話しかける。
「あ、あのー。ここは三上くんのお家?」
彼はゆっくり顔を上げてから小さく頭を振った。それじゃあこのマンションは誰の家だ。もう敷地内に入っちゃってるんだけど。
「堂々としてれば住人に見える」
「あっそうだね……うん。そうだ。で……あの、えっと三上くん?」
「……ぃ……が」
聞き返す前にポツリと、どこも見ていない目から言葉が吐かれた。
「先輩が……レナが、好きだって」
「えっと……」
レナは中野さんだ。先輩? 誰だろう。
「先輩って誰……」
「先輩が、先輩……が。レナ……なんで」
相当ご乱心のようだ。掛ける言葉が見つからなくてあわあわしていたら、急に三上くんが顔を上げた。
「あぁ……降ってきたな」
一時は止んだのにまた雨が降り出した。マンションのコンクリートに丸い跡をつけていく。
「先輩……分からせなきゃ……せん……せんぱ……」
前に見た三上くんもびっくりだけど、今回のは本当に壊れてしまったかもしれない。どうにか戻さなきゃと思ったけど、しゃがみこんでしまった彼には何もできない。小石で人の家の壁を傷つけながら、ぶつぶつと何か喋っている。
「先輩ってもしかして図書委員の?」
そーっと水に紙を浮かべるように言葉を紡いでみると、それには反応を示してくれた。
「……そう。佐々木先輩」
「あの背の高い人だよね……」
それ以外に情報が無い。顔さえ分からないぐらいだ。なんとなくのシルエットがぼんやり浮かんだ。
僕は三上くんのことを好いてしまっていることを、あの日で自覚した。今は初恋が始まったばかりの段階で、三上くんの姿を見るだけで夢見心地になるぐらいだ。そのぐらい好きになってしまっていたけど、本命がいるとは知らなかった。
そんな様子は無かったし。まぁちょっとフられた気分っていうのもお門違いかもしれないけど、もう少し夢を見ていたかった。ちょっと苦い気分で横顔を盗み見る。
「で、でもその……それってはっきり言ってたの? 僕はそういうの疎くてよく分かんないけど、三上くんもその人に気持ちを伝えたって訳じゃないんだ、よね?」
ゴリッゴリッと壁に擦り付けていた音が止まった。唐突な静寂に体から妙な汗が浮かんでくる。機嫌を損ねてしまったかもしれない。第一僕が言うことなんて、彼はとっくに分かっているだろう。僕なんかが三上くんに言えることなんて何一つ無いのに。
「波浦」
「……っはい!」
急にかけられた声に飛び上がって答えたけど、顔はまだ壁を見たままだ。
「とりあえず先輩の家から」
「えっ」
何かを閃いたのか、すっと立ち上がった。うっすらと浮かべた笑みは、先輩を思い浮かべているのかな。今までのどの彼にも当てはまらない、ちょっと怖い顔だ。
「家……?」
「俺だとバレるから、お前が行ってみてよ」
「あの、三上くん」
「次の図書委員の日に近くで待機。その後バレないようにつけながら少しずつ連絡送って。あ、バレるより見失う方がマシだから上手くやれよ」
「……はい」
「じゃあ解散」
鞄を背中に回す持ち方は、普段ならしないはずだ。青い折り畳み傘が視界の中で小さくなった頃に、ようやく呼吸をしていることに気づいた。
なんとなく彼のいじっていた小石を拾う。指先でころころしながらもう一度リピートする。

僕に尾行をやれって? そんなのフィクションだから上手くいくんだ。僕がやったらきっと失敗する。
近づきすぎて警戒された挙句、こっちのことが全てバレてしまうかもしれない。それか早い段階で見失う。人混みの中で見つけるのなんて難しいよ。でも駅までならなんとかなるかもしれない。いや、隠れるところがなくて一本道ばっかりだったら? その先には彼の家しかない道にいつの間にか入り込んでて、不審に思われてアウト。三上くんに無理だって言おうか。いや、それもできない。
あー暑い! なんで今日はこんなに蒸してるんだ。小石をポケットにしまって上着を脱いだ。シャツの上を開けると首元は濡れている。少しだけ溜息を吐いて、僕も傘を出した。
憧れに近づけば近づく程、面倒事が増えていく気がする。だったら何も知らずに、遠くから見ているだけの方が良かったのだろうか。
そんな風に思った時点で、もう深みにはまって抜け出せない状況なのかもしれない。
マンションはいつまでも静かだった。
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