鳴り響く鼓動は千の音

迷空哀路

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2 メールじゃ分からない

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その時から少しおかしくなっていたんだ(お菓子だけに)。毎日お菓子の送り合いがヒートアップして、気づいたら売店にあるものはコンプリートしそうな勢いだった。仕方なくコンビニで良さそうなものを見つけるとアイツに渡し、それでまたアイツがコンビニに売っているものを渡してくる。
キリがないわ! と、いつツッコミしようかタイミングを見計らっていたら、そのチャンスはやけにあっさりと来てしまった。
「……チョコ好きなの?」
下駄箱の後ろから、ぽそりと聞こえた声で振り返る。
「お前は?」
「……うん、まぁ」
「俺も、普通」
「……そう」
「……ん」
「でも、もういらないや」
「……そっか」
「さすがに食べ過ぎたし、お金がそろそろ無い」
「…………そっか」
少しだけ寂しく思ったのはどうしてだろう。日課が無くなってしまったからか。それにお互い様だけど、無駄な金を使わせてしまったことは悪かったと思う。
「これ……」
突然鞄から何か取り出した。それにより、今考えていたことはどこかへすっ飛ぶ。
「……せっかくだから、感想書いた」
ノートには細かく、何をいつ食べたか、それの値段、美味しさのレベルが星マークで付けられていた。これはこれは丁寧な野郎だとつい見ていると、ページに指で触れた。
「そっちも、点数つけてよ」
「え?」
「あと……なんかあったら一言」
ノートを押し付けられたまま、しばらく唖然としていた。そして一つ分かったことがある。こいつが浮いている理由が物凄く分かった。きっとこいつに慣れ始めている自分も浮いているんだろう。だけどこいつほどは変わり者じゃねえよ、そう言いたいけど言う相手もいない。
仕方なくノートを開くと、女子みたいに綺麗な字で色々と感想が書かれていた。一番初めのページは、俺が最初に渡したチョコレートについてだ。
「……味、普通。値段安め。種類は他にイチゴ味もある。星……四つ」
妥当なのかこれは? 人の渡したものを普通とはなんだと思ったけど、確かに普通以外の何者でもないチョコレートだ。ちなみにイチゴの方も普通だ。
他のページを見ると結構評価は辛口で、星五つは滅多にない。だったら星四つはそんなに悪くないのかもしれない。
大衆向けの味、他と一線を越すにはもう少し工夫が必要。なぜこれでOKを出したのか分からない。などの厳しいコメントもあって、なんだか可哀想になったので、俺は少し甘めにつけることにした。でも優しめにして、ああこいつ安物でも満足できるバカ舌だと舐められるのも面白くない。あっちとのバランスを考えて星をつける。
特に気に入っていたものには一言コメントを書き、帰りに声をかけると、驚いた顔で振り返った。話しかけられたことが意外だったのか、思っていたよりも渡すのが早かったか。
そんな奴の、いつもとは違う表情を見れたことに、ちょっと勝ったような気分になった。

次の日、お菓子の代わりに渡されたものは紙だった。昨日のノートではない。小さく折られたメモ帳にはアドレスと電話番号が書かれている。恐らくこいつのものなんだろう。
渡した後はいつも以上に素早く去って、それから一度も目が合うことはなかった。帰りもスタスタといつもの倍は早い速度で歩いていったから、相当気にしているのかと思うと少し笑ってしまった。
メールの中での奴は、いつもと比べるとよく喋った。ただ返信が遅い。遅いだけかと思っていると、それなりにちゃんとした文で帰ってくるので、時間をかけて文章を考えてくれているらしい。
例えば◯◯ってどうかな? と送ると、ネット上で調べてきたのか、わざわざ画像付きで送ってきたりする。あのノートといい本当にマメな奴だ。
そんなやりとりが数日続いたので、メールじゃなくてもそろそろ話せるんじゃないかと思い、あいつを誘うことにした。しかし声をかけると、想像以上に喋らなかった。こっちもコミュニケーションが得意というわけではないが、メールで話した内容ぐらいは話してくれてもいいだろうと思う。
戸惑いながらも、何てことのない話題を吹っかけてみた。それにはただ、うんとかそんな一言で返してくる。これならメールする前の方が話していたぐらいだ。
あっちも気にしていたのか、休み時間が終わった頃に一言だけポツリと「メールの方が、いいでしょ」と呟いた。
「別に。どっちもそれぞれ、いいところがあるんじゃねーの」
「……そういうことじゃない」
「何だよ。どうせ言うなら聞こえるように言えよ」
「っ……だから……やっぱいい」
「何だよ。あんまりメールにばっかに頼ってると困ることもある……あっ!」
なんとなく見ていた草が突然動き出した。にゃーんと姿を現したそれは。
「……猫だ」
「びっくりした。こんなところに来るのか」
「別に来たっておかしくないでしょ」
つい横目で追っていた。声には出してないが、多少は驚いていたようだ。
「……なに?」
「ほら、メールじゃその顔見られなかっただろ」
「……っ!」
うるさいと吐き捨てると、ずんずんと歩いていってしまった。こいつは早歩きが得意らしい。まぁ本気で怒ったり、逃げたいってわけでもないようだ。ほんの少しずつ、速度が落ちてる。
さっきの、口を開いてぽかんとした後、少し嬉しそうに見つめるその顔は、しばらく頭の中に残っていた。
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