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10《それから》

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過去の純、過去の俺は救われただろうか。そんなものは自分の気持ちの持ちようで、匙加減とかそんなのでどうにでもなってしまうんだろう。
積み上げてきた小さな物は一つの強い感情で消えてしまう程だった。砂のお城が波にさらわれてしまったような。でも、それは悪いものではなかった。強く引っ張られても心地良くて、どこか安心できる波。それに乗ってどこまで行けるだろう。
純が連れていってくれる場所。俺が連れていく風景。きっと、どれも綺麗だろう。純がいればどこでも構わないけど。

「……好き、愛してる」
よく聞く、陳腐な言葉だった。自分でもそんな台詞を見るたび辟易していた。真っ直ぐ前を見つめると、澄み切った瞳が同じようにこっちを見ている。純の事だけ考えると、素直に言えた。暖かく、初めて意味の持った言葉になった。大きな誓いでもしたかのように、感情が大きく動いた。苦しいほど泣いているのに、それも心地良くて不思議だった。

頭の中はこれまでの純のことで形成されていた。俺だって純が自分だけに見せてくれる笑顔が大好きで、いつも励まされてきたんだ。純、純……。
俺は純が言うほどみんなに好かれていた訳ではない。代表になるなら仕方ないことだなと諦めていたけど。純がそんな奴らから話しかけられているのを偶然見かけたことがある。気まずいけど純がなんて言うのか気になって、角に曲がって息を潜めていた。あいつは調子乗ってるとか、お前は家来か何かだと思われてるとか、そんなことを言われていた。
純はあっけらかんとした様子で、春樹はそんなことを思うような人じゃないよと返した。調子になんか乗ってないし、以外と不器用なところもあるし……それに僕は春樹の家来でも何でも構わない。
出てしまいそうになる声を必死で抑えた。その後に変なやつとか、もう無視しようとか、そんな捨て台詞を吐かれた純は彼らが去ってから数秒後に大きなため息を吐いた。無理して言ったんじゃないかと思ったけど、その顔は笑っていた。ああ純は自分と違って、本当に強いんだとその横顔を見つめていた。
一番の悩みを誰にも言えず、一番言いたい、言えない相手には気づかれず……でもそれは自分で選んだことだったからどこにもぶつけられなかった。それでも純はいつも自分を見ていてくれた気がする。見えないフリをしていたけど、心はいつも純を探していた。助けて、見てて、純。もっと会いたい、話したい、触れたい……純。
たまに会うと、まるでそんなこと全部分かっているかのような顔で純は振り返る。その瞬間我慢していたことなんか吹っ飛んでしまった。純の感情と自分の感情はやはり同じだったのだろうか。この部屋がまさか純の部屋だった可能性もあるのかな、そんな事を思うと笑ってしまった。

何か変わると思ったけど、びっくりするほど変わらなかった。大きさも顔つきも変わっているのに、寝顔は昔と同じに見える。
純が怖い夢を見たって言った日に、頼まれて急にお泊まりすることになった。同じベッドでドキドキしていたのに肝心の本人はすぐ寝ちゃって、ちょっと恨めしい目で寝顔を見ていた。段々眠くなってきたのに、どうにも意識は保ったままだった。純の体温が熱かったり、外の音が気になったり、純の寝息を聞いていたり。結局いつの間にか寝てたのか、起きてたのかは忘れてしまった。
その時と同じ寝顔に見える。髪に触れても起きる気配はなく寂しくなったけど、今はそう感じない。それは繋がれている手のおかげだろうか。それもあるけど一番はホッとしているからだろう。とりあえずは終わったから。最悪のシナリオももちろん考えていた。純が逃げずにここにいてくれることに感謝しなくてはいけない。
だって、多分純も同じ事を考えているから。ふと純が笑った気がした。
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