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6《写真》

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「純、おはよ」
相変わらず誰が見ても落ち込んでますって顔で立っていた。ゆっくりこちらに振り向くも、視線はギリギリ合わない。
「とりあえず、家入ろっか」
「……うん」
純の頭の中ではきっと、これから断られて気まずさに段々と距離も開いて、その内連絡も取らなくなる仲に……なんて展開が広がっているかもしれない。そんなこと、あり得ないから大丈夫だよって言ってあげたいけど、まだ焦らす。
「純、そんなに砂糖入れるの?」
正しくはガムシロだが純のアイスコーヒーは恐ろしい甘さになっているはずだ。いつもはゼロか一つ。なんの感情もない目でストローを咥えると、ゴホゴホと咳き込んだ。
「純!」
「ゴメ……ッゴホ……ッ」
「純がそんな調子なら、早く言ってあげたほうがいいかな」
そういうことならと、長く錆び付いた枷を外した。純を見る目が、一人の時と同じになる。もう隠さないよ、純。
「春樹……?」
さすがに気がついたのか、不安げにこちらを向いた。それを無視して手を取る。引っ張って、鍵を開けておいた扉の前に立たせた。
「純、そこ開けてみて」
「春樹……なんか、怖いよ」
まさか開けたらクラッカーが飛び出して、とかそこまで具体的ではないだろうが、確かにいきなり扉を開けてみてなんていうのは怖いのかもしれない。
「大丈夫、なんか飛び出してきたり、驚かせるようなものはないから。純の為に用意したんだ」
にこりと微笑むと、更に困ったように顔を歪めた。
「そこに、答えがあるよ。俺から純に対する」
それで分かったのか、顔を見つめてきた。しっかりと頷いてみせる。そうして、細い指はドアノブを掴んだ。震える手が愛おしい。ああ、始まるんだ。今から……全てが。

「なんで部屋にカーテンが?」
焦らすことが好きな俺は一面にカーテンかけておいた。窓だけでなく壁の部分を見て変だと指摘している。紐を渡して引っ張ってと囁いた。純の指が、愛の印を静かに一枚ずつ……開いていく。
「ああ……っ」
現れる思い出の一部。どれもこれも素晴らしい。純の目に触れて、ようやく完成された。
「純……ふふっ、純……ああ!」
立っていられなくなって壁に縋りついた。興奮からか泣いているらしい。それを拭かずに一枚、壁から剥がした。
「今から7年前の8月13日……純がアイスを分けてくれた。バニラアイスよりソーダが好きだったけど、バニラでもいいかなと思った。あはは、単純だなあ」
「えっ……」
「ね、純! どれが気になる? どれでもいいよ! 剥がして読んでみて。その時の気持ちを大事に……全部に書いてあるから」
もう何枚になるのだろう。小さい頃から純が好きだったから古いものもあるけど、カメラを持っていない、使えない状況も多かったから仕方なく焼き増ししたものもある。
写真だけでなく、思いが抑えられなくて何枚にも渡って書いた純日記もある。そう、今までの素晴らしい日々を全て綴った俺と純の歴史が全てこの部屋にある。毎日毎日純への気持ちをしたためた。じっくり写真を眺めて、好きだと呟いていた。この部屋に純本人が来れば完成する。一度、発泡スチロールを削って等身大の人形を作ってみたけど、あれはやっぱり純の代わりにはならなかったし。
「ねぇ、純。とっくに、とぉぉっくに昔から! 純のことがっ大好きだよ俺……好き、好きだってもう何回言ったか分かんないよ! 好きだよ。純……同じ気持ちなんて……嬉しいなぁ。嘘みたいだ……」
ほらと一枚剥がした。
「このときなんて結構追い詰められてたね。ずっと俺から言ってしまうか悩んでたから。別に純の告白を待たなくたって良かったんだ。でもここまで好きになった以上、俺から伝えた好きは本当の好きなのかって不安になってね。だから……純から言ってくれるのを待ってたんだ。……純も結構、粘ってたね。はは、でもいいんだ。言ってくれたから。俺たちは同じだけ苦しんだ……でももう、終わりだよ。純……やっと、今度は恋人としての始まりだよ」
感動に打ちひしがれて何も言えないのだと思っていたけど、それにしては純の体は動かない。おーいと突いてみると、ネジの切れた玩具のように床に座り込んでしまった。
「七年前……って」
やがて聞こえてきた言葉はそんなものだった。
「何言ってるの、純と出会った日からあるよ。それはほら、ここのメモ。写真は撮れなかったんだ。十年も前に……なるかな」
「……今、用意したんだろ。だって、そんなの……」
信じてないのか、仕方ない。純とのラブメモリーとなる証拠品は写真だけではない。棚からジップロックに入れた物を取り出す。
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