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2《ヒーロー》

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結局良いのか悪いのか、今年は別のクラスだった。一人で窓を見ていると、下には何人かに囲まれた春樹の姿がある。当たり前のようにその人数で移動していて、そこには笑い声が絶えない。
こちらに春樹が来ると、女子も男子もパッと明るくなるようだった。その中で指名されるのは誰も予想できない奴だから、もう呼ばなくていい、構わなくていいと春樹に伝えた。
メールだったから見えないけど、困った顔をさせてしまったんだろう。それでも春樹はこちらに来るから、自分から避けることにした。逃げて、逃げて、大好きな顔を一瞬たりとも見ることはなくなった。本人から見えない場所でそっと見つめた。会いたい。下手くそでも笑ってくれる春樹と話がしたい。側にいたい。そんな気持ちが膨れ上がった。同時に春樹にもう迷惑をかけることはないと安心もしていた。

そんな調子で過ごしていた日のことだ。個室に篭って携帯を弄っていたら、外が騒がしくなった。そのすぐ後に全身に打ち付けるような衝撃。上を見ると、青色のホースがこちらを向いていた。
水をかけられるなんてありがちだけど、実際やられるとかなりダメージが強い。寒いし、制服が張り付いて気持ち悪い。携帯もダメになったかもしれない。
「おい、開けろよ」
バンッバンッと戸が蹴られている。このま無視してもいいが、また水をかけられても面倒だ。鍵をずらすとすぐに戸が開いた。
襟首を掴まれて、そのまま床に倒された。汚い足で背中や顔を踏まれる。こんなことをしても僕には効かない。これを見てしまったら、バレたら春樹が悲しむ。それが許せない。だから、気づかないで。このまま気の済むまで耐えれば……。
「さっさと消えろよ」「小中って一緒なんだって? ここまで追っかけてくるとかきめぇ」「何年迷惑かけ続けるつもりだ」
ぐちゃと割れたのは眼鏡か。替えがないからしばらくコンタクトになる。あれ慣れてないから辛いんだよなぁ。入れるの時間かかるし。
そんなことを冷たい床に顔をつけたまま考えていた時だ。扉が開いた。
お前ら何してるんだ、とか色々な怒鳴り声が聞こえた。あまり面識のない先生が彼らをどこかへ連れていった。その横をすり抜けて駆けてきた小さい影。……ああ、やっぱり春樹は僕のヒーローなんだ。
「純!」
温かい手が背中に回る。泣きそうな顔で名前を呼んだ。
「……春樹」
「ゴメンね。もっと早く気がつければ良かったのに。あ、眼鏡も……割れちゃってる」
春樹のこんな顔を見たくない。悲しそうな声を聞きたくない。大丈夫だからと呪文のように呟いていた。
「あ! ね、ちょっと待ってて。絶対! すぐ戻ってくるから。ね?」
個室に入るように言うと、凄いスピードで走り出してしまった。もっと体温を感じていたかったのがばれたのかもしれない。なんて、まだそんなことを思うのかと乾いた笑いが零れた。
コンコンと音がした後に、俺だよと声がかかった。開けるとカバンと袋を持った春樹が息を切らして立っていた。
「純、体操着は全部揃ってる? 足りなかったら俺の着て」
押し付けられたタオルとジャージを受け取ると、数秒間が空いた。こちらが動けずにいたのが悪いんだけど。
「あ、じゃ、じゃあ着替えてて」
くるりと背を向けると、ドアの前から移動した。そこで意味に気づいてごめんと謝る。
扉を閉めて確認すると、自分の体操着一式は揃ってしまっていた。わざわざ春樹のを着る必要はない。
「ありがとう。これは返すね」
「足りてたみたいだね。はい、これ」
「なんで春樹まで……鞄」
「そのままじゃ気持ち悪いし、帰っちゃお。俺もなんかサボりたい気分だったしさ、あはは」
「ダメだよ……授業まだあるから」
春樹にしては珍しくいいの! と押し切ってしまった。
「大丈夫……」
「純、分かってる? 眼鏡ないんだよ、危ないでしょ。ほら、帰ろ」
汚れた右手に、小さくて温かい手が触れる。離してほしかった。想像の中でも散々に春樹を汚して、現実でもこうなるのか。
僕はそれを振り切れなかった。ダメだ。春樹から離れるなんて、嫌いになるなんてできない。
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