上 下
40 / 60
観劇

クライヴの怒号

しおりを挟む
 落ち着きを取り戻したリラは、ドレスに着替えると急いで劇場へと向かった。

「リラ様。こちらですわ。」

 劇場に到着したリラに小さく手を振るのは、アビーとクリスティーヌだった。
 傍には、ロイドとレナルドの姿もあり、リラが最後の到着だった。

「皆様、お待たせして申し訳ございません。」

 リラは慌てて駆け寄り、非礼を詫びた。

「いえ、お昼はとてもお顔色が悪くしていらっしゃったので、心配しておりました。ご体調は大丈夫でしょうか。」

 昼間のリラはレベッカの言動が終始気になり気が伏せており、アビーとクリスティーヌから度々心配されていたのだ。

「大丈夫です。ご心配おかけしました。」

 リラは笑顔で答えた。
 昼間よりも余程顔色の良いリラに、ふたりはほっと胸を撫で下ろした。

「さあ。リラ嬢もいらっしゃったことですし、まだ開演まで時間がございます。個室の待合室を予約しております。そちらで少しお話ししましょう。」

 レナルドが手を挙げると、劇場の従業員は五人に駆け寄りサロンに案内した。

 待合室に到着すると、そこには成人の宴で目にしたなデザートビュッフェのように壁際にデザートがびっしり並べられていた。

 待合室自体も一等客用に誂えた特別豪勢な作りなのだろうが、三人はそれ以上に見目美しい数々のデザートに一瞬にして魅了された。

 三人は予想外の光景に驚き、ロイドとレナルドの顔を見入った。

「ロイド様からのサプライズです。どうぞ、好きなものをいただいてください。」

 レナルドはにっこり笑ってそういうのだった。
 それを聞くと三人は大喜びで、目を輝かせた。

「ロイド様。レナルド様。ありがとうございます。まさか、こんな素敵なサプライズがあるなんて。」

 リラは、にっこり笑ってロイドに礼を言った。
 アビーとクリスティーヌも口々にお礼を言うと、三人は楽しそうにデザートを見渡し選び始めた。

 そんなリラの笑顔にロイドはドキドキしながら、ロイドは然りげなくリラの隣に立った。

「そ、その良かったら私にも選んでくれないだろうか…。」

 ロイドは今までリラにこのように甘えるお願いをしたことがなかった。

 ロイドはどこか、リラに甘えてはならないそう思っていたのかもしれない。
 聡明で気丈なリラには、頼りになり甘えっさせられる男こそが似合いだ。
 ロイドは、自然とそう思え、そうなるべく気丈に振る舞っていた。

 しかし、本心ではクライヴのように素直に自分の欲望を口にしたくて仕方がなかった。

 今日はこれほど入念にリラのために準備をしたのだ。
 今日ばかりは、多少甘えたとてリラも快く答えてくれるだろう。
 そう願うように、恥じらい照れながらも口にしたのだった。

「はい、もちろんです!ロイド様は、どちらをお召しになりたいですか。」

「えっと。リラのお勧めをお願いしたい。」

 ロイドの決意とは裏腹にリラは笑顔でロイドに応じた。
 ロイドの顔が自然と綻んだ。

(どうすれば、リラに近づけるだろう…。)

 そんなことを考えながら、リラの後ろ姿を眺めていると、不意に結い上げた髪の合間に、うっすらとした紅痣が目に入った。

(こ、これは…。)

 ロイドは、直様、これが何の痣なのか気付き怯みそうになったが、決意を持って拳を強く握りしめた。

(クライヴとふたりが恋仲なのは分かっている、その上でリラを手にいれると決めたのだ…。)

 リラとクライヴの仲に嫉妬するなど今更であった。
 それを百も二百も承知で、今からリラの彼女の気を惹こうと思案しているのである。
 ここで冷静さを欠いては、せっかく今日のために準備した計画が水の泡であった。

「ロイド様。こちらでよろしいでしょうか。」

 そんなロイドの心情を何も知らないリラは嬉しそうに更に盛ったデザートをロイドに見せた。

「ああ、ありがとう。(愛らしい笑顔だ…。)」

 その屈託のない笑顔にロイドは思わず頬が赤らめながらも、わざとリラの手を触れるように皿を受け取った。

 たった一瞬ではあるがリラの絹のように滑らかな肌が指先に触れ、ロイドは高揚し益々顔が赤らんでいった。

「ロイド様。お顔が赤いですが、大丈夫ですか。熱でもございますか。」

 リラは、突然様子がおかしくなるロイドに驚き慌てて尋ねた。

「いや、寒いと思って少し厚着しただけだ。問題ない。」

 ロイドは熱った顔を隠すように、リラから顔を背けると何事もなかったかのようにそう告た。



 皆がデザートを取り終えると、ソファに並んで腰掛けた。

「んー。とっても美味しいですわ。」

 アビーが一口頬張ると目を閉じて、その味わいを堪能した。
 それを見て、リラもまた頬張ると口の中に優しい甘味が広がった。

 こんな宝石のようなデザートを目にしたことは今まで一度もなかった。
 ロイドとレナルドが手配したことから推測すると皇室御用達の一流パティシエの味だろうか。

 リラは、成人の宴ではクライヴとの騒動があり、デザートを食べ損ねていたので、このサプライズは本当に嬉しかった。

 芝居など観ずとも、これだけで大満足!
 三人にそう思わせるくらいに、幸せな甘味にどっぷり浸り、とても贅沢なサプライズだった。

 ロイドは、リラの笑顔に終始見惚れていた。

「ロイド様。どうなされたのですか。」

「いや、リラ嬢があまりにも美味しそうに食べるので、準備してよかったと本当に思えて…。」

 ロイドは照れながら、そう答えると恥じらいを隠すように自身も菓子を頬張った。



 一頻りデザートを堪能すると、リラの正面に座るクリスティーヌがリラのドレスをまじまじ見ながら話し始めた。

「先ほどから思っていたのですが、リラ様、とても素敵なお召し物ですね。リラ様の美しさが何倍にも引き出されているような…。どちらのブティックでご購入されたのですか。」

「いただきものなのです…。」

 リラは頬を紅めながらそう答えた。

 その言葉にロイドは、このドレスがクライヴからの贈り物であることを察し一瞬眉を顰めると、首を横に振った。

 クリスティーヌの言う通り、ロイドも先ほどから、リラにとてもよく似合っていてかつ上品で美しい、そう思っていた。

 悔しくて堪らないが、ここでそれを気に病んでは、せっかく計画が台無しである。

(私もこれからドレスを贈れば良いだけのことだ。そうだ、明日にでも仕立て人を呼びリラに贈るドレスを相談しよう。)

 リラの優しい笑顔の隣でロイドは穏やかにそう思うことにした。
 そんな和やかな雰囲気の中、従業員から間もなく開演であることを知らせ受けた。



 五人は待合室から出ると、玄関ホールの方に人だかりができているのが見えた。
 更に、聞き覚えのある少し低い声が聞こえてきたのだった。

「ユングフラウ侯爵、これでは話と違うのだが…。」

 その声にリラは嫌な予感がし、瞬時にリラの脳裏にレベッカの言葉が思い出された。

『私、本日、クライヴ様とお見合いですの。』

(そんな筈ない…。)

 焦る気持ちを必死に抑えながら、リラはひとり皆を置いて玄関ホールに駆けて行った。

 人だかりを掻き分け、騒ぎになっている中心を目にするや否や、リラは青緑色の瞳を潤ませ堪らず息を飲んだ。

 なんとそこには、クライヴとデイビッドそれにレベッカ、そしてレベッカの父であるユングフラウ侯爵の姿があったのだった。

(お見合いは、本当でしたの…?)

 一瞬そう思えたが、よくよく見るとどうやら揉めているようだった。

「俺は観劇などに呼ばれたつもりはない。」

「殿下がせっかく、アベリア国にいらっしゃったのに、観光もせずに視察だの会議だのばかりとお伺いしましたので、たまにはご観光でもと思いまして。」

「必要ないと書状にも記した筈だ。」

 クライヴは声を荒げるとまではいかないが、迷惑そうな顔を浮かべ心なしか侯爵を睨みつけていた。

「そう、おっしゃらずに。それに、せっかくここまでお越しいただきましたので、私の可愛らしい娘とご鑑賞はいかがでしょうか。」

 そういうと、侯爵の隣にいるレベッカは、にっこりと作り笑顔を浮かべ、優雅にスカートの端を摘み上げ、クライヴに一礼をするのだった。

「クライヴ様。私、この日を楽しみにしておりましたの。ささ、お席はお二階ですわ。」

 レベッカは容赦なくクライヴの腕を掴もうとするも、クライヴは機敏にそれをかわすのだった。

 どうやら、この親子は全くクライヴの話に耳を貸す気もないらしい。
 傍目から見ても些か強引であるように見え、クライヴが不憫に思えたことだろう。

 けれど、この親子が、アベリア国では有力貴族であることは周知の事実であるため、従業員も迂闊に手を出すことはできなかった。

「すまないが、俺は帰らせてもらう。」

 そうクライヴが踵をかえそうとしたときに、人だかりの中に顔を蒼くするリラの姿に気づいた。

「リラ…。」

 クライヴは咄嗟にリラに駆け寄ろうとした隙に、レベッカにがっしりと腕を掴まれたのだった。

(え…。)

 リラの表情は益々蒼くなっていった。
しおりを挟む
感想 3

あなたにおすすめの小説

生意気従者とマグナム令嬢

ミドリ
恋愛
突然空から降ってきた黒竜に焼かれたムーンシュタイナー領。領主の娘マーリカ(16)が覚えたての水魔法を使い鎮火させたところ、黒竜に反応し魔力が暴走。領地は魔魚が泳ぎまくる湖へと変貌してしまった。 ただでさえ貧乏な領。このままでは年末に国に納税できず、領地を没収されてしまうかもしれない。領地や領民を愛すマーリカは、大量発生している魔魚を使った金策を考えることにする。 マーリカの研究につき合わされることになったのは、冷たい印象を与える銀髪の美青年で超優秀な謎の従者、キラだ。キラは口と態度は悪いが、マーリカは全面の信頼を寄せている。やがて二人は強力な魔弾【マグナム】を作り出すと、重要な資金源になっていく。 以前からマーリカを狙っている隣領の口ひげ令息がちょっかいを出してくるが、基本ムーンシュタイナー卿と従者のキラに妨害されていた。そこに隣国からきたサイファという褐色の肌の青年も加わり、領地は復興の道へ。 過去の出来事や各国の思惑が徐々に明らかになるにつれ、黒竜墜落の原因が次第に明らかになっていく。 領地復興と共に育まれる愛の行方や如何に。 ※自転車操業で書きます。頑張って毎日上げていますので、何卒宜しくお願いします。 ※なろう・カクヨムに遅れて転載中です。

お姉様のお下がりはもう結構です。

ぽんぽこ@書籍発売中!!
恋愛
侯爵令嬢であるシャーロットには、双子の姉がいた。 慎ましやかなシャーロットとは違い、姉のアンジェリカは気に入ったモノは手に入れないと気が済まない強欲な性格の持ち主。気に入った男は家に囲い込み、毎日のように遊び呆けていた。 「王子と婚約したし、飼っていた男たちはもう要らないわ。だからシャーロットに譲ってあげる」 ある日シャーロットは、姉が屋敷で囲っていた四人の男たちを預かることになってしまう。 幼い頃から姉のお下がりをばかり受け取っていたシャーロットも、今回ばかりは怒りをあらわにする。 「お姉様、これはあんまりです!」 「これからわたくしは殿下の妻になるのよ? お古相手に構ってなんかいられないわよ」 ただでさえ今の侯爵家は経営難で家計は火の車。当主である父は姉を溺愛していて話を聞かず、シャーロットの味方になってくれる人間はいない。 しかも譲られた男たちの中にはシャーロットが一目惚れした人物もいて……。 「お前には従うが、心まで許すつもりはない」 しかしその人物であるリオンは家族を人質に取られ、侯爵家の一員であるシャーロットに激しい嫌悪感を示す。 だが姉とは正反対に真面目な彼女の生き方を見て、リオンの態度は次第に軟化していき……? 表紙:ノーコピーライトガール様より

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

お腹の子と一緒に逃げたところ、結局お腹の子の父親に捕まりました。

下菊みこと
恋愛
逃げたけど逃げ切れなかったお話。 またはチャラ男だと思ってたらヤンデレだったお話。 あるいは今度こそ幸せ家族になるお話。 ご都合主義の多分ハッピーエンド? 小説家になろう様でも投稿しています。

この度、皆さんの予想通り婚約者候補から外れることになりました。ですが、すぐに結婚することになりました。

鶯埜 餡
恋愛
 ある事件のせいでいろいろ言われながらも国王夫妻の働きかけで王太子の婚約者候補となったシャルロッテ。  しかし当の王太子ルドウィックはアリアナという男爵令嬢にべったり。噂好きな貴族たちはシャルロッテに婚約者候補から外れるのではないかと言っていたが

身代わりの公爵家の花嫁は翌日から溺愛される。~初日を挽回し、溺愛させてくれ!~

湯川仁美
恋愛
姉の身代わりに公爵夫人になった。 「貴様と寝食を共にする気はない!俺に呼ばれるまでは、俺の前に姿を見せるな。声を聞かせるな」 夫と初対面の日、家族から男癖の悪い醜悪女と流され。 公爵である夫とから啖呵を切られたが。 翌日には誤解だと気づいた公爵は花嫁に好意を持ち、挽回活動を開始。 地獄の番人こと閻魔大王(善悪を判断する審判)と異名をもつ公爵は、影でプレゼントを贈り。話しかけるが、謝れない。 「愛しの妻。大切な妻。可愛い妻」とは言えない。 一度、言った言葉を撤回するのは難しい。 そして妻は普通の令嬢とは違い、媚びず、ビクビク怯えもせず普通に接してくれる。 徐々に距離を詰めていきましょう。 全力で真摯に接し、謝罪を行い、ラブラブに到着するコメディ。 第二章から口説きまくり。 第四章で完結です。 第五章に番外編を追加しました。

冷徹王子は、朝活メイドに恋をする

希月花火
恋愛
伯爵家の四女として生まれたイリーナは、メイドとして王宮で平凡な暮らしをしている。 ある日の早朝、イリーナは鼻歌まじりに日課の掃除をこなしていたところ、偶然にも第二王子であるエリクと出会い、短いながらも穏やかな時間を過ごす。 その日の出来事をきっかけに、何故かエリクから興味を持たれたイリーナは、早朝に王子との密会をするようになる。 当初のイリーナは噂から冷徹で厳格なエリート気質な王子という印象をエリクに持っていたが……共に過ごしていくうちに、イリーナのエリクに対する印象は、国や民を良くすることに全力を注ぐ心優しい勤勉な王子という風に変わっていく。 その一方で、エリクは冷徹な王子という仮面を忘れさせるメイドに、少しずつ心を惹かれていった。 「おはようございます。エリク殿下」 「おはよう、イリーナ。今日も綺麗だな」 「そうですね。早朝の王宮は趣きがあって、毎日見ても飽きないです」 「あぁ……そうだな」 そして、二人は、王宮で起こる様々な出来事を経て、徐々に身分の差を超えた愛を育んでいく。 これは、平凡なメイドと冷徹王子が、夜明けの中で穏やかな幸せを積み重ねていく––朝活の日々を描いた物語だ。

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

処理中です...