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執務室のふたり
クライヴとの晩餐
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数時間後。
リラはクライヴの手伝いに夢中になっていて気づかなかったが、窓の外はすっかり暗くなり陽はとっくに沈んでいた。
「おふたりとも、お食事の準備が整いました。」
デイビッドと共に年老いた侍女を連れてきた。
「リラ嬢、少しよろしいでしょうか。」
デイビッドが声をかけるのでリラは疑いもせず立ち上がり、侍女の後に続くように執務室を後にした。
(一体何処へ行くのだろう…。)
リラはそう思いながら侍女についていくと案内された衣装部屋だった。
そこには、これまたリラが見たこともないほど豪奢なドレスが準備してあった。
ラベンダー色を基調としたサテンの生地は、光の加減によっては青みがかったりピンク色に見え、そのままでもとても美しいのに、上半身には見事な刺繍にクリスタルガラスが幾つも縫い合わせてあった。
「お嬢様、こちらのドレスをお召いただけますか。」
「こ、こんな美しいドレス私が…。」
「はい、殿下が、今朝方いくつかのドレスから楽しそうにこちらを選んでおりましたよ。」
侍女は穏やかな笑みを浮かべてリラにそう告げた。
「何着ものドレスの中からですか?」
リラは呆気に取られた。
昨日もクライヴからドレスを贈られたが、何着もあるとは予想だにしなかった。
一体何着あるのか訊くのも恐ろしい。
「ささ、早くしないとお料理が冷めてしまいますよ。」
呆気に取られるリラを他所に、侍女は楽しそうに支度を進めた。
「私、殿下が幼い頃から長くお仕えさせていただいているのですが、本当に殿下には浮いた話がひとつもなくて心配しておりましたの。けれど、丁度一年ほど前に、突然、ドレスを何着か仕立てると言われたときには本当に驚きました。どなたに贈るのか、いつもドキドキしておりましたの。やっと、そのお相手に逢えるなんて嬉しくて嬉しくて…。しかも、こんなに聡明で可愛らしく、それでいて上品なお嬢様なんて。」
侍女は涙を浮かべながら、嬉しそうに語っていた。
おそらく、侍女の中では公式ではないものの、婚約の口約束はしたものとなっているのだろう。
だが、実際はリラにまだ踏ん切りがついておらず、承諾はしていなかった。
なんだか騙しているような気がして、リラは頭が痛くなりそうだった。
(それにしても、一年前からドレスの準備か…。)
一年ほど前からドレスを仕立てるということは、それより少し前くらいにクライヴと何処かで出逢ったのだろうか。
その時期にクライヴはアベリア皇都に滞在していたのだろうか。
リラは昨年の今頃はアベリア学園の二年生をまもなく終えようとしている時期だ。
このくらいの時期は、学校行事も課外活動も行われておらず、基本的には学園とタウンハウスの往復だった。
リラが首を捻っていると、成人の宴用のドレスを仕立てに行ったことを思い出した。
二年生の冬季休暇前にアビーたちと成人の宴のドレスの話題になり、リラがまだドレスを仕立てていないと話したら、アビーとクリスティーヌは大慌てでリラを最速したのをよく覚えていた。
大抵は夏の終わりぐらいから注文をしているやら、人気のドレスショップではすでに予約を打ち切っているやらで、最悪の場合は間に合わなくなると大袈裟に言っていた。
リラは慌てて調べてみると確かに人気の高いところから予約は打ち切っており、なんとか懇意にしていたドレスショップに滑り込めたのだった。
リラが思い当たる目新しい出来事と言えばそれくらいだった。
(まさか、そのドレスショップで遭遇…?)
リラは苦笑いした。
もちろん、そんな筈がないのは重々承知であった。
(それなら街中で偶然見かけたのかしら。)
もちろん、そんな筈もないのであるが、万が一、お忍びでふらりと出掛けたとしても、あの美貌の持ち主だ。
すぐに人だかりができ、女性の黄色い悲鳴が絶えないだろう。
そうなってしまえば、リラだってさすがに気づくだろう。
リラは、そんな妄想を膨らませるも意味がないことは知っていた。
クライヴほどの身分のものが、皇都に滞在しているなら、少なからず新聞に記事が載るだろう。
リラは毎日新聞に目を通しているが、そんな記事は見たこともなかった。
それに学園でもそれなりに話題になってもおかしくない。
それなら、冬季休暇中に領地で逢ったのだろうか。
何か目新しい出来事はあっただろうか。
またもや、リラは首を捻るが全く思い当たることはでてこなかった。
冬季休暇は基本的にオフシーズンで、経理やオンシーズンに向けての戦略の相談がほとんどだ。
近隣の領地からの観光客などほとんどなかった。
それに、リラの領土であるアリエス領はクライヴが興味があるようなワイン工場もなく、もちろん葡萄農園もない。
それに、あんな美貌の皇子が領内を一度歩けば噂になっていそうなものだが、今まで一度もそんな話聞いたことがなかった。
気になるのは、ルーカスとの接点だ。
どこかのワイン通からクライヴを紹介されたのだろうか。
そんな皇族とも親しいような身分の高い取引先がいただろうか。
悩み抜いた先にリラは嫌な予感がした。
(まさか、誰かと勘違いされている…。)
リラは一瞬にして血の気が引いた。
急に胸が締め付けられ不安で押し潰されそうになった。
しかし、それなら合点がいくのだ。
リラの妄想は止まらなかった。
正直にクライヴに何処で逢ったのか聞けば良いのだろうが、今更どう切り出していいかわからなかった。
リラが、そんなことを考えているのも梅雨知らず、侍女はドレスを着付け終わり、化粧を施していった。
「できましたわ。まあ、綺麗。どんなお姫様にも引けはとりませんわ。早く、殿下にお見せしたいわ。殿下が、あんなに、表情が柔らかくなったのもリラ様と出逢われてからですわ。本当にありがとうございます。感謝してもしきれませんわ。これからも、殿下をよろしくお願いしますね。」
またもや、侍女は涙ぐみながらリラに語りかけた。
リラは鏡に映る自分の姿が、これまた言葉を失うほどに美しかった。
それなのに、何処か表情が暗く、素直に喜べない、先ほどの言葉が引っかかるのだ。
(私に出逢ってから、変わった?)
リラはクライヴとは初対面だ。
それは本人も言っていたし、間違いないだろう。
それなのに、この侍女はリラとクライヴが以前から交流があるような口ぶりだ。
(本当に、私なのだろうか…。)
リラの妄想は確信に変わるように、重く不安がのしかかった。
リラは食堂の前につくと、クライヴは扉の前で待っていた。
クライヴはリラの姿を見ると満足そうな笑みを浮かべ、手を取り当たり前のように口付けをした。
「とても綺麗だね。春の妖精かと見間違えるほどだよ。」
リラは先ほどの不安もあり、何処か素直に喜べない表情を隠すようにぎこちなく微笑んだ。
「少し顔が曇っているようだが、お気に召さなかったかな。」
クライヴはそれを察したのか、リラの顔を覗き込んだ。
「いえ、昨日に引き続き私には勿体無いくらいに素敵なドレスを贈っていただき、なんだか申し訳なくて…。」
リラは誤魔化すようにそう答えた。
「そうか。気に入ってくれたなた良かった。このドレスを着たリラと食事がしたかっただけだ。気に病むことはない。」
そういうとクライヴはリラをエスコートして席に案内した。
晩餐中は、クライヴが普段皇族として、どのような公務を行なっているのか、ワインの他にどこのような事業を個人的に行なっているのか、などの話をした。
執務室でデイビッドや他の従者に指示する様子を見ても、晩餐中の会話でも、クライヴが仕事ができるだけでなく博識なのかはすぐに伝わってきた。
婚約の話がなくても、こんな知的な男性と共に仕事をしてみたいとリラの好奇心をくすぐった。
晩餐後は、リラは帰宅することになった。
リラは遠慮したのだが、クライヴが直々に見送るきかず、ふたりは馬車に乗り込んだ。
リラはクライヴの手伝いに夢中になっていて気づかなかったが、窓の外はすっかり暗くなり陽はとっくに沈んでいた。
「おふたりとも、お食事の準備が整いました。」
デイビッドと共に年老いた侍女を連れてきた。
「リラ嬢、少しよろしいでしょうか。」
デイビッドが声をかけるのでリラは疑いもせず立ち上がり、侍女の後に続くように執務室を後にした。
(一体何処へ行くのだろう…。)
リラはそう思いながら侍女についていくと案内された衣装部屋だった。
そこには、これまたリラが見たこともないほど豪奢なドレスが準備してあった。
ラベンダー色を基調としたサテンの生地は、光の加減によっては青みがかったりピンク色に見え、そのままでもとても美しいのに、上半身には見事な刺繍にクリスタルガラスが幾つも縫い合わせてあった。
「お嬢様、こちらのドレスをお召いただけますか。」
「こ、こんな美しいドレス私が…。」
「はい、殿下が、今朝方いくつかのドレスから楽しそうにこちらを選んでおりましたよ。」
侍女は穏やかな笑みを浮かべてリラにそう告げた。
「何着ものドレスの中からですか?」
リラは呆気に取られた。
昨日もクライヴからドレスを贈られたが、何着もあるとは予想だにしなかった。
一体何着あるのか訊くのも恐ろしい。
「ささ、早くしないとお料理が冷めてしまいますよ。」
呆気に取られるリラを他所に、侍女は楽しそうに支度を進めた。
「私、殿下が幼い頃から長くお仕えさせていただいているのですが、本当に殿下には浮いた話がひとつもなくて心配しておりましたの。けれど、丁度一年ほど前に、突然、ドレスを何着か仕立てると言われたときには本当に驚きました。どなたに贈るのか、いつもドキドキしておりましたの。やっと、そのお相手に逢えるなんて嬉しくて嬉しくて…。しかも、こんなに聡明で可愛らしく、それでいて上品なお嬢様なんて。」
侍女は涙を浮かべながら、嬉しそうに語っていた。
おそらく、侍女の中では公式ではないものの、婚約の口約束はしたものとなっているのだろう。
だが、実際はリラにまだ踏ん切りがついておらず、承諾はしていなかった。
なんだか騙しているような気がして、リラは頭が痛くなりそうだった。
(それにしても、一年前からドレスの準備か…。)
一年ほど前からドレスを仕立てるということは、それより少し前くらいにクライヴと何処かで出逢ったのだろうか。
その時期にクライヴはアベリア皇都に滞在していたのだろうか。
リラは昨年の今頃はアベリア学園の二年生をまもなく終えようとしている時期だ。
このくらいの時期は、学校行事も課外活動も行われておらず、基本的には学園とタウンハウスの往復だった。
リラが首を捻っていると、成人の宴用のドレスを仕立てに行ったことを思い出した。
二年生の冬季休暇前にアビーたちと成人の宴のドレスの話題になり、リラがまだドレスを仕立てていないと話したら、アビーとクリスティーヌは大慌てでリラを最速したのをよく覚えていた。
大抵は夏の終わりぐらいから注文をしているやら、人気のドレスショップではすでに予約を打ち切っているやらで、最悪の場合は間に合わなくなると大袈裟に言っていた。
リラは慌てて調べてみると確かに人気の高いところから予約は打ち切っており、なんとか懇意にしていたドレスショップに滑り込めたのだった。
リラが思い当たる目新しい出来事と言えばそれくらいだった。
(まさか、そのドレスショップで遭遇…?)
リラは苦笑いした。
もちろん、そんな筈がないのは重々承知であった。
(それなら街中で偶然見かけたのかしら。)
もちろん、そんな筈もないのであるが、万が一、お忍びでふらりと出掛けたとしても、あの美貌の持ち主だ。
すぐに人だかりができ、女性の黄色い悲鳴が絶えないだろう。
そうなってしまえば、リラだってさすがに気づくだろう。
リラは、そんな妄想を膨らませるも意味がないことは知っていた。
クライヴほどの身分のものが、皇都に滞在しているなら、少なからず新聞に記事が載るだろう。
リラは毎日新聞に目を通しているが、そんな記事は見たこともなかった。
それに学園でもそれなりに話題になってもおかしくない。
それなら、冬季休暇中に領地で逢ったのだろうか。
何か目新しい出来事はあっただろうか。
またもや、リラは首を捻るが全く思い当たることはでてこなかった。
冬季休暇は基本的にオフシーズンで、経理やオンシーズンに向けての戦略の相談がほとんどだ。
近隣の領地からの観光客などほとんどなかった。
それに、リラの領土であるアリエス領はクライヴが興味があるようなワイン工場もなく、もちろん葡萄農園もない。
それに、あんな美貌の皇子が領内を一度歩けば噂になっていそうなものだが、今まで一度もそんな話聞いたことがなかった。
気になるのは、ルーカスとの接点だ。
どこかのワイン通からクライヴを紹介されたのだろうか。
そんな皇族とも親しいような身分の高い取引先がいただろうか。
悩み抜いた先にリラは嫌な予感がした。
(まさか、誰かと勘違いされている…。)
リラは一瞬にして血の気が引いた。
急に胸が締め付けられ不安で押し潰されそうになった。
しかし、それなら合点がいくのだ。
リラの妄想は止まらなかった。
正直にクライヴに何処で逢ったのか聞けば良いのだろうが、今更どう切り出していいかわからなかった。
リラが、そんなことを考えているのも梅雨知らず、侍女はドレスを着付け終わり、化粧を施していった。
「できましたわ。まあ、綺麗。どんなお姫様にも引けはとりませんわ。早く、殿下にお見せしたいわ。殿下が、あんなに、表情が柔らかくなったのもリラ様と出逢われてからですわ。本当にありがとうございます。感謝してもしきれませんわ。これからも、殿下をよろしくお願いしますね。」
またもや、侍女は涙ぐみながらリラに語りかけた。
リラは鏡に映る自分の姿が、これまた言葉を失うほどに美しかった。
それなのに、何処か表情が暗く、素直に喜べない、先ほどの言葉が引っかかるのだ。
(私に出逢ってから、変わった?)
リラはクライヴとは初対面だ。
それは本人も言っていたし、間違いないだろう。
それなのに、この侍女はリラとクライヴが以前から交流があるような口ぶりだ。
(本当に、私なのだろうか…。)
リラの妄想は確信に変わるように、重く不安がのしかかった。
リラは食堂の前につくと、クライヴは扉の前で待っていた。
クライヴはリラの姿を見ると満足そうな笑みを浮かべ、手を取り当たり前のように口付けをした。
「とても綺麗だね。春の妖精かと見間違えるほどだよ。」
リラは先ほどの不安もあり、何処か素直に喜べない表情を隠すようにぎこちなく微笑んだ。
「少し顔が曇っているようだが、お気に召さなかったかな。」
クライヴはそれを察したのか、リラの顔を覗き込んだ。
「いえ、昨日に引き続き私には勿体無いくらいに素敵なドレスを贈っていただき、なんだか申し訳なくて…。」
リラは誤魔化すようにそう答えた。
「そうか。気に入ってくれたなた良かった。このドレスを着たリラと食事がしたかっただけだ。気に病むことはない。」
そういうとクライヴはリラをエスコートして席に案内した。
晩餐中は、クライヴが普段皇族として、どのような公務を行なっているのか、ワインの他にどこのような事業を個人的に行なっているのか、などの話をした。
執務室でデイビッドや他の従者に指示する様子を見ても、晩餐中の会話でも、クライヴが仕事ができるだけでなく博識なのかはすぐに伝わってきた。
婚約の話がなくても、こんな知的な男性と共に仕事をしてみたいとリラの好奇心をくすぐった。
晩餐後は、リラは帰宅することになった。
リラは遠慮したのだが、クライヴが直々に見送るきかず、ふたりは馬車に乗り込んだ。
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