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2010年作品
第二ボタン
しおりを挟むど、どうして……
今朝、登校してきたあいつの姿を見て、私、途方にくれた。
一年の頃から、ずっと好きだったあいつ。
ずっとずっと私の心に居座り続けたあいつ。
笑顔がまぶしくて、不意にニカッと笑いかけられるだけで、すごくすごく幸せな気分になれた。
そんなあいつとの学園生活も、今日で最後。
今日、卒業式が終わるまでに、私の気持ちを伝えなくちゃ。
そう朝から固く決めてきたのに……
あいつがいつものように教室に入ってきた途端、私の決心なんて、どこかへ飛んで行った。
隣の席に腰を下ろした、あいつの顔を見ることすらできない。
頬があつい。
「よっ、柴崎」
あいつは、いつものように明るく挨拶してくるけど、
「おはよ……」
うつむいたままの私の声、か細くて、すぐに消えていっちゃう。
「ん? どうしたの?」
心配して、自分の席から、前の席に移動して、私の顔を覗き込んでくれた。
すごく優しい、気のいいやつ。これだからこそ、学校中の女子たちに人気がある。
「もうこれで、俺たちもお別れだから、泣きたければ、泣けばいいよ」
どこまでもやさしい声がつむじの上の方から聞こえてくる。
「うん」
ひとつうなずいた瞬間、それが見えた。
ううん、見えないことに気づいた。
あいつの学生服の第二ボタン。
あるべきものが、そこになかった。
ど、どうして……
一体、だれにあげたの?
学生服の第二ボタン。
あいつが教室に入ってきてから、だれかがボタンをもらいに来たわけではない。だから、当然、学校へくる途中で、だれかにあげたのだろう。
私たちと同じ三年生かしら?
それとも、あいつに憧れる下級生?
卒業式の間中、私の頭の中では、ピカピカ光る第二ボタンが跳ね回っていた。
卒業証書を受け取り、自分の席へ戻っていく間も、学生生活最後の校歌を歌っている間も、そのことばかり考えていた。
いつの間にか、私の両脇の女子たち、感極まり、すすり泣いていたけど、私は別の理由で、涙眼になっていた。
式が終わり、卒業生たちが退場した後、私たちは、教室へ一度戻ることになっている。
教室で、最後のホームルーム。
私の隣で号泣していた女子、体育館の外へ出た途端、駆け出し、あいつの隣に立って、なにか話しかけていた。
やがて、あいつから金色の何かをもらって、大事そうに自分のポケットへ納めた。
よく見ると、教室へ戻る廊下のあちこちで、女子たちが、好きだった男子たちからボタンをもらっている。
私も、あいつからもらわなくちゃ……
でも、あいつの大事な第二ボタンは、すでに他のだれかのもの。
私、唇をかんで、うつむいたまま教室へ向かった。
最後のホームルームも終わり、担任が別れの言葉を告げたあと、私たちは整列して、グラウンドへならんだ。
下級生たちや先生たち、保護者たちに見守られながら、校門へ行進していく。いよいよ学校を後にするのだ。
ママが、はりきってカメラのシャッターを何度も切っているのが見える。
拍手に送られながら、校門をでたのだけど、今日だけは、みんな保護者たちと一緒に帰るから、校門の前でたむろして、自分の保護者が出てくるのをまっている。もちろん私も。
そんなとき、誰かが横手からスッと近づいてきた。
あいつだった。
「なぁ、柴崎」
声を聞いた途端、第二ボタンのことが頭の中をよぎった。
私、さっと背を向けて、その場を去ろうとした。
でも、あいつ、私の腕をつかんだ。
「柴崎、ちょっと待てよ」
「放して!」
「なんだよ? 急に。なにか俺、お前にしたか?」
「放して! 放してよ! あんたなんか、あんたなんか……」
頭の中に、ピカピカ光るボタンのイメージが流れていた。
私の知らない誰かに、うれしそうに渡しているあいつの笑顔とともに。
「なんだよ、ったく! これで、最後だっていうのに!」
そういいながら、あいつ、私の目の前まで腕を突き出し、手のひらを開いた。
手のひらの上には……
「……ボタン?」
「ああ、俺の第二ボタン」
「ど、どうして……」
「お前に受け取ってほしくてさ。今日は結構大変だったんだぜ。学校来る途中から、ボタンくれ、ボタンくれって、声かけられてさ。でも、この第二ボタンだけは、お前に受け取ってほしかったから、途中から、外して、ポケットに入れといたんだ」
私、目を大きく開いて、その金色に光るボタンを見つめてるしかできなかった。
「ほら、受け取ってくれよ」
あいつ、そういいながら、私の手をつかんで、ボタンを握らせた。そして、背を向けると、さよならも言わずに去っていった。
さっきまであいつの手の中にあった第二ボタン、生温かくて、すこし湿っている。
私、去っていく背中に叫んだ。
「ありがとう!」
あいつ、振り返りもせず、きざな身振りで、肩越しに手を振った。
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