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第一章 因縁の世界へ転生

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 雪見と書かれた表札の家の前に立つ。どうやらわたしの自宅らしいその家は帰り道に何度か見かけたような、ありふれた一軒家だった。学生証に記載されている住所からなんとかたどり着いたものの、なかなか玄関の扉が開ける勇気が出ない。

 わたしには雪見茉衣の両親の記憶がない。前世でも実両親とは良好な関係を築けなかっため、どのように接するのが正解なのかもよく分かっていなかった。

 この世界の一般常識では家族に敬語は使わないらしい。人と砕けた口調で話した経験が皆無なので上手くできる自信はないがやるしかない。

「ただいま帰り……いえ、ただいま」

 勇気を出して家のなかに入ると、玄関の奥から母親と思わしき女性が迎えてくれた。

「おかえりなさい~。なあに、今日はやけにかしこまってるわね。返ってきたテストの点数が悪かったとか?」

 黒髪なのに怖いと感じないのは、この体の母親だからか彼女が纏う雰囲気故か。なぜか胸がぎゅっと痛む。その感覚に心のなかで首をかしげていると、母親の朗らかな声が頭上から聞こえた。

「あら、黙っちゃうってことはもしかして図星だった?大丈夫よ、お父さんには言わないであげるから」
「ち、ちがうよ。今日はテスト返ってきてない……」

 そう?と八割方信じていない普通の相槌が返ってきたあたり、特に不審に思われてはいないようだ。話し方はこれで大丈夫らしい。わたしは母親に気づかれないようにそっと、安堵の息を吐いた。

※※※
 探索がてら見て回った家のなかで自室と思わしき部屋を発見した。茉衣と書かれたネームプレートが下がっているため間違いないだろう。

 恐る恐る足を踏み入れる。室内は文房具と同じで無駄がないシンプルな部屋だった。良くいえば落ち着いて、悪い言い方をすれば個性が感じられない。

 鞄の中から適当なノートを取り出し、一枚破る。とりあえず今分かっていることを纏めよう。

 ・前世の記憶がそのまま引き継がれている。
 ・ここは日本という国。聖女セイラの髪色、日本から来たという発言とも一致するため間違いないはず。
   ・この体の持ち主が学習したと思われる日本及び世界の一般常識はあるが、人物や思い出の記憶はない。
 ・本物の雪見茉衣の行方は不明。

 ノートの上に散らばった消しカスを軽く払って、わたしは頷いた。今ある情報はこんなものだろう。

「最優先はやっぱり……雪見茉衣の居所を見つけることですね」

 彼女を見つけて入れ替わればわたしは消えるだろう。一度死んだ身だ、後悔はない。彼女もはやく戻りたいだろうし、なるべく早急に解決しなければ。

 小さなベッドに仰向けになる。小さい上に固いベッドに体が軋んだが、精神的には安らげる。

 恐らく彼女はこの体のなかにいる。授業中、声をあげようとしたわたしは何者かに阻まれた。それが彼女だと仮定すると辻褄が合うのだ。

 でもそうなら、どうやって入れ替われば良いのだろう。

 考えているうちに、だんだんと瞼が落ちてくる。今日は怒涛の勢いで衝撃的な出来事が重なったため、疲れているのだろう。

(――体、乗っ取ってしまい申し訳ありません。必ずお返しするので待っていてください)

 視界が徐々に暗くなっていって。わたしの意識はそこで途切れた。


※※※
 誰かが、泣いている。カーテンが締め切られて陽光が差さない部屋で、しゃくり声を押し殺して。朧気だった人影が、次第に輪郭を帯びていく。ベッドに突っ伏して肩を震わせているのは、雪見茉衣その人だった。今と違って夏服を着用しているため、わたしが乗り移るより前だろう。

 これは記憶?実際にあったことなの?

 どうして泣いているのですか。そう問いかけたいけれど、唇を動かしてもはくはくと空気しか漏れ出ない。映像のなかの雪見茉衣はずっと、涙を流していた。


※※※
なかなか王太子が出てこなくて申し訳ございません。そろそろタイトル詐欺だと思われそうでびくびくしているのですが、来週中には登場できるかと思われます。気長にお待ちくださいませ。
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