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5.ある公爵令息の永遠
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私は取り返しのつかないことをしてしまった。
そう思った時には手遅れだった。
ヨハンナとの婚約を破棄した。私はアザレアに恋をしてしまいヨハンナが邪魔になったから。
遠い昔、私がヨハンナと婚約してまもない幼い日、美しく笑う清楚な彼女を私は確かに愛おしく思っていた。
「パーシヴァル様だけをお慕いしております」
向けられた素直な愛も私は嬉しかった。
だから私もヨハンナに微笑みを返した。
ヨハンナは賢くいつも控えめだった。いまや前時代的である常に後ろに控えているような完璧な令嬢。
それでも何かと私に愛を告げては頬を赤らめる姿が愛おしくずっと大切にするつもりだった、あの時までは。
「パーシヴァル様、貴方を虐げるお義母様から貴方をお救いいたします」
美しくいつものように笑うヨハンナに胸が高鳴るのを感じた。
私の家は複雑だった。父は前妻である私の母を亡くしてすぐに義母と再婚した。
義母とは母の存命中も愛人関係だったそうだ。
だから再婚した際にそのお腹に子供がいた。
腹違いの弟、アレン。
嫡男は私だったが家族は私を愛してはいなかったし、義母は私を消そうと頻繁に嫌がらせをした。
何故そんなことを言うのか分からなかったが幼い私は愛おしいヨハンナに微笑み、
「ヨハンナが守ってくれるなら僕も君を守るよ」
と指切りをした。幼い約束だった。
叶うなど思わないような約束のはずだったがまもなく義母が服毒自殺をしてこの世を去った。
なんでも私を殺害しようとしていたがその途中で罪の呵責に耐えられず毒殺用のそれを飲んで死んだ。
義母の葬儀の際、あまりのことに言葉が出ない私に、悲しげにヨハンナが言った。
「可哀想なお義母様。ご自身の罪に耐えきれず自殺されるなんて」
しかし、私は嫌なことに気付いた。ヨハンナは悲しげにしていたが、悲しげに見えるだけで口元は笑みをたたえていたのだ。いつものあの笑みを。
「なんて恐ろしい」
それから私はあんなに愛していたヨハンナを恐れるようになり、距離をとった。
勿論何の証拠もない。しかし、とにかく怖くて怖くて仕方なくなった。
それは得体の知れないものへの恐怖。思えば私はこの時逃げずにヨハンナと向き合うべきだった。もう後の祭りだが。
そんな気持ちのまま学園に通い始めてアザレアに出会った。
アザレアはヨハンナと違い明るくて素直で分かりやすい人だった。だから恋をした。
アザレアは他の男とも親しくしていたが自分が勝てれば良いと気にしなかった。
嫌なことを忘れたくてのめり込んだ恋は予想より激しく燃えていた。
だからあの日アザレアに選ばれて嬉しくて、ヨハンナとの婚約は破棄した。
あの高揚感がなければそんなことは恐ろしくて出来なかった。
しかし、婚約破棄を公衆の面前でしたのがよくなかったのだ。私はヨハンナにふたりだけで告げる勇気がなかったのだがそれが悪夢を招くなんて。
ヨハンナがフラフラと立ち去った後、
アザレアの行為を数々の令嬢が攻めだしたのだ。
その上、ついにはアザレアがヨハンナに対して嫌がらせをしたと訴えたのだ。
そんなわけ無い。アザレアは自分からはヨハンナに近づいてすらいないはずだった。
けれど数々の物証に証言が上がり、アザレアは結果的に修道院送りとなったのだ。
しかし、それだけでは終わらなかった。アザレアは修道院で出会った修道女に嫌がらせをし、実は学園での恋愛については国が禁じている悪魔の呪法魅了を使用したとの調査報告まであがり、ついには教皇様の逆鱗に触れてこの国でもっとも劣悪なバレーユ監獄へ追放されてしまったのだ。
私はふるえた。魅了なんかにかかっていない。実際に今もアザレアを私は愛していた。
だからバレーユ監獄へ彼女に会いに行こうとした、が。
「パーシヴァル公爵令息お久しぶりでございます」
そう美しく笑う女。それは紛れもない元婚約者のヨハンナだった。
「なぜ君がここに……」
あの日、恐ろしいとおもう前のように穏やかに微笑んでいた。しかし、私はその笑顔が恐ろしかった。全てを見透かしている気がしたから。
「パーシヴァル様、私は貴方を愛し続けております。だから貴方に最後の助言をいたします。アザレアのことはお忘れください」
「出来ないと言ったら?」
永遠のような沈黙、そしてまるで幼児をあやすような甘い声色でヨハンナは歌うように告げた。
「やはり、魅了は解けないようですね。仕方ありません。では貴方に今度は予言をいたします。貴方が、アザレアにお会いしたなら、貴方は貴方を失うでしょう。そうして貴方が貴方であることをなくす代わりに永遠の愛を手に入れます」
難解な言葉だった。
しかし、アザレアに私は会いに行った。
顔を合わせることは出来なかったが彼女は泣き喚き、助けを乞うていた。
私は彼女を救わねばならないと思い、禁を犯した。バレーユ監獄から彼女の脱獄を手引きしようとした。
しかし、それはなぜかすぐに露呈した。
そして、私は法廷で裁かれることになった。
実は以前もアザレアのために法廷に立ったが今回は私が被告だ。
裁判は筒がなく進んだ。私の罪科は犯罪者の逃亡を助けた幇助罪。通常ならそこまで重い罪にはならない。
しかし、問題はその対象がアザレアだったことだった。
アザレアは今や国を混乱させた悪魔信仰者とまでされている。そんな女を逃がそうとした、しかも既に魅了はとけたはずなのに、それを行った悪魔の手先と私は罵られた。
そして、私に出された判決は……
貴族専用の監獄への無期限の幽閉だった。
バレーユ監獄は最悪な凶悪犯罪者の監獄だが、貴族専用の監獄はそれとは扱いが異なる。
専用の召使いもいるある意味公的な軟禁施設である。
一応そこから出れないがだからと言って劣悪な扱いもない静かな場所だと聞いたことがある。
そんな場所に輸送された日、バレーユ監獄でアザレアが死んだと聞いた。
死因は劣悪な環境下でのあらゆる感染症とのことだった。あまりに凄惨な死にショックで膝から崩れ落ちた。
本当に悲しい時は涙さえでないのだと自覚した。
しかし、何故かおかしい。
彼女が死んでから彼女との思い出を思い返そうとするのに何故かぼやけてしまう。
愛しい人、手に入れたかった、破滅しても。
そんな人のはずが何故か空虚に思いが消えてしまった。それが愛の喪失なのか?
彼女を亡くして空っぽになったのかとも思ったが考えれば考えるだけその愛に疑問が湧いてきた。
彼女は複数人と愛を誓いあっていた。最終的には私を選んだことを喜んでいたが、今はそもそも気の多い彼女を何故好きになったか分からない。
狂おしいほど胸を焼いた想いは死にたえたが怒りはない。もう何もかも遅すぎたのだ。
私はヨハンナの言葉を思い出す。
「貴方が、アザレアにお会いしたなら、貴方は貴方を失うでしょう」
まさに私は私を、愛を無くしてしまった。私は最早空っぽに過ぎない。
それから私はぼんやり、ヨハンナの言葉の続きを反芻した。
「そうして貴方が貴方であることをなくす代わりに永遠の愛を手に入れます」
「永遠の愛」とはなんだろうか?
そんな時、私に奇妙な小包が届いた。
「恋破れた哀れな貴方へ
永遠の愛を受け入れたいのなら、この小瓶の薬を毎食2滴飲みなさい」
美しい紫の瓶はヨハンナの瞳に似ていた。
私はヨハンナをどう思っていたのだろう。
最初、私はヨハンナを好ましく思っていたし、彼女は初恋の人だった。
けれど義母の自殺から私は彼女が怖くなり逃げた。彼女のせいではなかったかもしれないのに。
それでも彼女はその後も私を愛し続けていたらしい。
修道院に自分から入るときもそれは私への想いに殉ずるためだと聞いた。
流石にそれは信じ難いが私は最早過去の栄光に縋るだけの哀れで空っぽな亡霊だ。
だから、死んでも良いとその薬を飲み始めた。
薬は無味無臭であったが水に溶かすとアメジスト色、瓶と同じ色にかわった。
その美しい色を見ているとだんだん私の中に奇妙な感覚が浮かんだ。
私は、ヨハンナを愛していた
という気持ちだ。
その気持ちがじわじわと膨らみ、狂おしさに胸をかきむしる日々は私に確かに死んだ心を呼び戻していった。
ついには妙な夢を見た。
私とヨハンナが婚約者のままの夢だ。
お互いに尊重し合い、ついには結婚までして可愛いふたりの子供を授かる夢。
幸せであまりにも幸せでそのまま目覚めたくなかった。
目を覚ますとそこはひとりぼっちの部屋。
窓は全て鉄柵で覆われたひどい部屋。
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
私は体を掻きむしる。血が出て皮膚の一部が指の間に挟まるが知ったことじゃない。
私は怖くて怖くて仕方なかった。
あの優しく甘い愛の味が偽物だという現実が、それを壊したのが自身であることが。
そうして、次第に胸を焼く気持ちに気付く。
私はヨハンナを………愛している、いやヨハンナだけを愛し続けていると。
その狂おしい日々の中、その瞬間が訪れた。
「パーシヴァル様」
私の目の前に、その人は立っていた、美しく変わらぬ笑みをたたえている私の愛する人。
「本当にヨハンナなのか?」
「はい。貴方を迎えに来ました」
そうして彼女は私に手を差し伸べた。美しい美しいこの世の宝物とも言えるような真っ白い肌。
愛おしい狂おしい。
その手を掴めば彼女はあの日のように優しく綺麗に微笑んだ。
それだけで、私には何もいらないと思えた。
それから、私はヨハンナが女性でありながら初の教皇となったことを知った。
これから私の住処は祈りの塔と呼ばれる象牙のように白い教皇の持ち物である建物の最上階の貴賓室となるとヨハンナは告げた。
それからただヨハンナの胸に私は頭を預けてまるで幼子のように泣いていた。
「離れたくない」
「あらあら、パーシヴァル様は甘えたですね」
塔へ向かう馬車の中でヨハンナはまるで聖母のように美しく微笑んだ。
それから、これから私が住む祈りの塔について楽しそうに話してくれた。
「そこはふたりだけの愛の巣ですのよ」
「……愛の巣」
なぜかひどく安心した。やっと家に帰れた迷子みたいなそんな安堵感に胸を撫で下ろした。
それからヨハンナの胸に抱かれて安心した私はそのまま眠ってしまったらしい。
次に目覚めた時、そこはとても美しい部屋だった。
真っ白な、しかし全てのものが均一かつ整っているまさに理想の部屋。
目覚めた私にヨハンナは優しく甘く囁く。
「パーシヴァル様、私は貴方だけを愛しています」
「私も君だけを永遠に愛し続けるよ」
自然に答えていた。まるで何を答えれば良いかわかったみたいに。
するとヨハンナは大好きな綺麗な笑顔で答えてくれた。
「ありがとうございます、私、幸せです」
ヨハンナの澄んだ声を聞いて私は全て、失くしたものを取り戻したのだとわかった。
美しい象牙の塔の窓から真っ赤な夕日が差し込んでいる。きっとこれは永遠に続く夕暮れ時だと思う。
そして、私はヨハンナに今までにないくらいに無邪気に微笑んだ。
そう思った時には手遅れだった。
ヨハンナとの婚約を破棄した。私はアザレアに恋をしてしまいヨハンナが邪魔になったから。
遠い昔、私がヨハンナと婚約してまもない幼い日、美しく笑う清楚な彼女を私は確かに愛おしく思っていた。
「パーシヴァル様だけをお慕いしております」
向けられた素直な愛も私は嬉しかった。
だから私もヨハンナに微笑みを返した。
ヨハンナは賢くいつも控えめだった。いまや前時代的である常に後ろに控えているような完璧な令嬢。
それでも何かと私に愛を告げては頬を赤らめる姿が愛おしくずっと大切にするつもりだった、あの時までは。
「パーシヴァル様、貴方を虐げるお義母様から貴方をお救いいたします」
美しくいつものように笑うヨハンナに胸が高鳴るのを感じた。
私の家は複雑だった。父は前妻である私の母を亡くしてすぐに義母と再婚した。
義母とは母の存命中も愛人関係だったそうだ。
だから再婚した際にそのお腹に子供がいた。
腹違いの弟、アレン。
嫡男は私だったが家族は私を愛してはいなかったし、義母は私を消そうと頻繁に嫌がらせをした。
何故そんなことを言うのか分からなかったが幼い私は愛おしいヨハンナに微笑み、
「ヨハンナが守ってくれるなら僕も君を守るよ」
と指切りをした。幼い約束だった。
叶うなど思わないような約束のはずだったがまもなく義母が服毒自殺をしてこの世を去った。
なんでも私を殺害しようとしていたがその途中で罪の呵責に耐えられず毒殺用のそれを飲んで死んだ。
義母の葬儀の際、あまりのことに言葉が出ない私に、悲しげにヨハンナが言った。
「可哀想なお義母様。ご自身の罪に耐えきれず自殺されるなんて」
しかし、私は嫌なことに気付いた。ヨハンナは悲しげにしていたが、悲しげに見えるだけで口元は笑みをたたえていたのだ。いつものあの笑みを。
「なんて恐ろしい」
それから私はあんなに愛していたヨハンナを恐れるようになり、距離をとった。
勿論何の証拠もない。しかし、とにかく怖くて怖くて仕方なくなった。
それは得体の知れないものへの恐怖。思えば私はこの時逃げずにヨハンナと向き合うべきだった。もう後の祭りだが。
そんな気持ちのまま学園に通い始めてアザレアに出会った。
アザレアはヨハンナと違い明るくて素直で分かりやすい人だった。だから恋をした。
アザレアは他の男とも親しくしていたが自分が勝てれば良いと気にしなかった。
嫌なことを忘れたくてのめり込んだ恋は予想より激しく燃えていた。
だからあの日アザレアに選ばれて嬉しくて、ヨハンナとの婚約は破棄した。
あの高揚感がなければそんなことは恐ろしくて出来なかった。
しかし、婚約破棄を公衆の面前でしたのがよくなかったのだ。私はヨハンナにふたりだけで告げる勇気がなかったのだがそれが悪夢を招くなんて。
ヨハンナがフラフラと立ち去った後、
アザレアの行為を数々の令嬢が攻めだしたのだ。
その上、ついにはアザレアがヨハンナに対して嫌がらせをしたと訴えたのだ。
そんなわけ無い。アザレアは自分からはヨハンナに近づいてすらいないはずだった。
けれど数々の物証に証言が上がり、アザレアは結果的に修道院送りとなったのだ。
しかし、それだけでは終わらなかった。アザレアは修道院で出会った修道女に嫌がらせをし、実は学園での恋愛については国が禁じている悪魔の呪法魅了を使用したとの調査報告まであがり、ついには教皇様の逆鱗に触れてこの国でもっとも劣悪なバレーユ監獄へ追放されてしまったのだ。
私はふるえた。魅了なんかにかかっていない。実際に今もアザレアを私は愛していた。
だからバレーユ監獄へ彼女に会いに行こうとした、が。
「パーシヴァル公爵令息お久しぶりでございます」
そう美しく笑う女。それは紛れもない元婚約者のヨハンナだった。
「なぜ君がここに……」
あの日、恐ろしいとおもう前のように穏やかに微笑んでいた。しかし、私はその笑顔が恐ろしかった。全てを見透かしている気がしたから。
「パーシヴァル様、私は貴方を愛し続けております。だから貴方に最後の助言をいたします。アザレアのことはお忘れください」
「出来ないと言ったら?」
永遠のような沈黙、そしてまるで幼児をあやすような甘い声色でヨハンナは歌うように告げた。
「やはり、魅了は解けないようですね。仕方ありません。では貴方に今度は予言をいたします。貴方が、アザレアにお会いしたなら、貴方は貴方を失うでしょう。そうして貴方が貴方であることをなくす代わりに永遠の愛を手に入れます」
難解な言葉だった。
しかし、アザレアに私は会いに行った。
顔を合わせることは出来なかったが彼女は泣き喚き、助けを乞うていた。
私は彼女を救わねばならないと思い、禁を犯した。バレーユ監獄から彼女の脱獄を手引きしようとした。
しかし、それはなぜかすぐに露呈した。
そして、私は法廷で裁かれることになった。
実は以前もアザレアのために法廷に立ったが今回は私が被告だ。
裁判は筒がなく進んだ。私の罪科は犯罪者の逃亡を助けた幇助罪。通常ならそこまで重い罪にはならない。
しかし、問題はその対象がアザレアだったことだった。
アザレアは今や国を混乱させた悪魔信仰者とまでされている。そんな女を逃がそうとした、しかも既に魅了はとけたはずなのに、それを行った悪魔の手先と私は罵られた。
そして、私に出された判決は……
貴族専用の監獄への無期限の幽閉だった。
バレーユ監獄は最悪な凶悪犯罪者の監獄だが、貴族専用の監獄はそれとは扱いが異なる。
専用の召使いもいるある意味公的な軟禁施設である。
一応そこから出れないがだからと言って劣悪な扱いもない静かな場所だと聞いたことがある。
そんな場所に輸送された日、バレーユ監獄でアザレアが死んだと聞いた。
死因は劣悪な環境下でのあらゆる感染症とのことだった。あまりに凄惨な死にショックで膝から崩れ落ちた。
本当に悲しい時は涙さえでないのだと自覚した。
しかし、何故かおかしい。
彼女が死んでから彼女との思い出を思い返そうとするのに何故かぼやけてしまう。
愛しい人、手に入れたかった、破滅しても。
そんな人のはずが何故か空虚に思いが消えてしまった。それが愛の喪失なのか?
彼女を亡くして空っぽになったのかとも思ったが考えれば考えるだけその愛に疑問が湧いてきた。
彼女は複数人と愛を誓いあっていた。最終的には私を選んだことを喜んでいたが、今はそもそも気の多い彼女を何故好きになったか分からない。
狂おしいほど胸を焼いた想いは死にたえたが怒りはない。もう何もかも遅すぎたのだ。
私はヨハンナの言葉を思い出す。
「貴方が、アザレアにお会いしたなら、貴方は貴方を失うでしょう」
まさに私は私を、愛を無くしてしまった。私は最早空っぽに過ぎない。
それから私はぼんやり、ヨハンナの言葉の続きを反芻した。
「そうして貴方が貴方であることをなくす代わりに永遠の愛を手に入れます」
「永遠の愛」とはなんだろうか?
そんな時、私に奇妙な小包が届いた。
「恋破れた哀れな貴方へ
永遠の愛を受け入れたいのなら、この小瓶の薬を毎食2滴飲みなさい」
美しい紫の瓶はヨハンナの瞳に似ていた。
私はヨハンナをどう思っていたのだろう。
最初、私はヨハンナを好ましく思っていたし、彼女は初恋の人だった。
けれど義母の自殺から私は彼女が怖くなり逃げた。彼女のせいではなかったかもしれないのに。
それでも彼女はその後も私を愛し続けていたらしい。
修道院に自分から入るときもそれは私への想いに殉ずるためだと聞いた。
流石にそれは信じ難いが私は最早過去の栄光に縋るだけの哀れで空っぽな亡霊だ。
だから、死んでも良いとその薬を飲み始めた。
薬は無味無臭であったが水に溶かすとアメジスト色、瓶と同じ色にかわった。
その美しい色を見ているとだんだん私の中に奇妙な感覚が浮かんだ。
私は、ヨハンナを愛していた
という気持ちだ。
その気持ちがじわじわと膨らみ、狂おしさに胸をかきむしる日々は私に確かに死んだ心を呼び戻していった。
ついには妙な夢を見た。
私とヨハンナが婚約者のままの夢だ。
お互いに尊重し合い、ついには結婚までして可愛いふたりの子供を授かる夢。
幸せであまりにも幸せでそのまま目覚めたくなかった。
目を覚ますとそこはひとりぼっちの部屋。
窓は全て鉄柵で覆われたひどい部屋。
苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい苦しい。
私は体を掻きむしる。血が出て皮膚の一部が指の間に挟まるが知ったことじゃない。
私は怖くて怖くて仕方なかった。
あの優しく甘い愛の味が偽物だという現実が、それを壊したのが自身であることが。
そうして、次第に胸を焼く気持ちに気付く。
私はヨハンナを………愛している、いやヨハンナだけを愛し続けていると。
その狂おしい日々の中、その瞬間が訪れた。
「パーシヴァル様」
私の目の前に、その人は立っていた、美しく変わらぬ笑みをたたえている私の愛する人。
「本当にヨハンナなのか?」
「はい。貴方を迎えに来ました」
そうして彼女は私に手を差し伸べた。美しい美しいこの世の宝物とも言えるような真っ白い肌。
愛おしい狂おしい。
その手を掴めば彼女はあの日のように優しく綺麗に微笑んだ。
それだけで、私には何もいらないと思えた。
それから、私はヨハンナが女性でありながら初の教皇となったことを知った。
これから私の住処は祈りの塔と呼ばれる象牙のように白い教皇の持ち物である建物の最上階の貴賓室となるとヨハンナは告げた。
それからただヨハンナの胸に私は頭を預けてまるで幼子のように泣いていた。
「離れたくない」
「あらあら、パーシヴァル様は甘えたですね」
塔へ向かう馬車の中でヨハンナはまるで聖母のように美しく微笑んだ。
それから、これから私が住む祈りの塔について楽しそうに話してくれた。
「そこはふたりだけの愛の巣ですのよ」
「……愛の巣」
なぜかひどく安心した。やっと家に帰れた迷子みたいなそんな安堵感に胸を撫で下ろした。
それからヨハンナの胸に抱かれて安心した私はそのまま眠ってしまったらしい。
次に目覚めた時、そこはとても美しい部屋だった。
真っ白な、しかし全てのものが均一かつ整っているまさに理想の部屋。
目覚めた私にヨハンナは優しく甘く囁く。
「パーシヴァル様、私は貴方だけを愛しています」
「私も君だけを永遠に愛し続けるよ」
自然に答えていた。まるで何を答えれば良いかわかったみたいに。
するとヨハンナは大好きな綺麗な笑顔で答えてくれた。
「ありがとうございます、私、幸せです」
ヨハンナの澄んだ声を聞いて私は全て、失くしたものを取り戻したのだとわかった。
美しい象牙の塔の窓から真っ赤な夕日が差し込んでいる。きっとこれは永遠に続く夕暮れ時だと思う。
そして、私はヨハンナに今までにないくらいに無邪気に微笑んだ。
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