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14.偏執狂の原点(視点:ウィリアム)
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初めて君に出会った日、僕は恋と絶望を知った。
初めてベラトリクスに出会ったのは、ほとんど失われて等しかった父を含む家族との晩餐の日だった。
我が家は冷めきっていた。父は母を愛していなかった。しかし、だからと言ってないがしろにしていたわけではない。あるのは義務だった。
それでも母がもしも自由な人であるならば、父のように愛人を持ったりできたかもしれない。「真実の愛」を外に求めることができたかもしれない。
けれど、母が愛を求め続けたのは振り返ることがない父だった。だから愛妾として家にやってきた哀れな人が母の憎しみを一身に受けることは今思うと当たり前だったのだろう。
ただ、その当時の僕はまだ幼かった。だから、愛妾のことを僕は怖いと思うだけだった。
憎しみの感情などは持ち合わせていなかった。ただ、別宅に来てからというもの母は僕をほったらかしにして家を空けるようになった。
使用人に母の事を聞いても皆が口々に、
「ウィリアム様はお気になさらず」と言って、その後幼い僕の気を反らすように何かをさせたり、またはこの頃にちょうど同じ年頃ということで、僕はよく王宮でソレイユの相手をさせられるようになった。
父曰く、「将来仕える相手」であるソレイユは、明るく快活な少年で、暗い屋敷で育った陰鬱な僕にはとても新鮮な出会いだった。
ふたりでよく勉強をしたし、遊んだりもした。それは得難い経験だと後でわかるがその時はただ家の諸々から逃げるようになるべく王宮へ連れて行ってもらっていた。
その日々は今思えば1番穏やかで幸せだったのかもしれない。
しかし、その日々は突然終わりを告げた。
愛妾が死んだのだ。
子どもを産む直前で死んだと母は言っていたが、僕はそれが母の仕業だとすぐにわかった。
それから母はおかしくなっていったから。僕の顔を見ては父の名を呟くようになり、酷い時は僕に抱き着いて涙を流しながら懺悔をしていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。殺そうとした訳ではないの。ごめんなさい」
そうして泣きつかれて終わりにいつも彼女は奇妙なことを言っていた。
「彼女は殺したわ。でも子供は殺していない。そうよ、私の親友の家に匿っている。私が憎いのはあの女だけ。あの女……」
意味は分からなかったし、父もいない。誰にもそれが何なのか聞くことはできなかったが幼心にとても怖かったのを覚えている。
父は父で、愛妾が死んで以来、そのお腹の子供の行き先を探していた。狂ったように。
一度、愛妾の子供を探して母の元を訪れた父を見たことがあったがその姿は常軌を逸していた。普段の父は無表情で無感情な男であったのにその時の父の目は瞳孔が完全に開いていた。
「どこに、どこに娘はいったんだ。お前なら知っているだろう。お前なら……」
母を揺さぶりならがこの世のものなどとうに見限ったその瞳。幼いながらにもうこの人は世界を見ることなど永遠にないと感じた。しかし、僕にとってそれはどうでも良いことだった。父は元から僕の世界になど居なかったから。
それからの8年間、僕は自身の家族を完全に捨てた。王宮で過ごす時間を増やして多くの時間をソレイユの側で過ごした。ソレイユは兄であり、王太子である第一王子とは年が離れていた。それもありあまり年の近い人間と触れ合う機会がなかった。だからこそ年が近く、王族の血に近いオリオン公爵家の僕が側仕えに選ばれたのだろう。
たまに家に帰るのは大半母からの呼び出しだったが、それはとても憂鬱なものだった。
最早ほとんど狂っていた母は僕を父と見間違うようになっていた。実の母が僕を見る眼差しは父へ向けるそれで気持ち悪いと感じていた。
そんな状況を父は見て見ぬふりをした。多分父からすれば家門を守るために最愛の愛妾を殺した母を殺さずにいるだけ恩情をかけているつもりだったのだろう。そうして永遠に訪れない最愛の人に苦しみ狂っていく母の話を聞くことで復讐をしていたのかもしれない。関係ない僕を巻き込んで……
その日、僕は母に呼び出された。いつものように僕を父と見間違えていた母はついに一線を超えた。
あまりの出来事に記憶は曖昧だ。まだ10歳だった僕は母に抵抗することもできなかった。
ただ、ただ気持ちが悪い嫌悪感と心が死ぬのが分かった。
そんな僕を見て母はけたたましく笑う。笑う。
「あなたを手に入れた」と父を見る目で、
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
その日以降ほぼ母からの呼び出しは無視するようになり、この話を誰かにすることもできなかった。もしも話したら自分が醜い化け物であることがバレてしまう気がしたから。
忌まわしい事件から僕は完全に変わっていった。人前で笑うことがなくなった。あんな感情は悪だと思うようになった。それから2年が経ってほぼ王宮で過ごしていた僕に家からの知らせが久々に届いた。いつもなら無視をしていたが、その日は何故かそれに応じた。予感がしたのだ。
内容は僕の妹が見つかったので顔合わせをしたいという父からの連絡で簡単なものだった。
僕個人としてはほとんど興味のない内容だったが、僕の妹というものが気になった。母の話では生きているようだったが、多分それは養子またはそれに類する形で貴族の元にいるのだと思っている。それに対して、父は何故か孤児院をまわっていた。だから見つかるはず等ないと思っていたのだ。
案の定、僕が家に着いた時、昔から仕えている使用人が父が赤の他人を娘として連れてきたと苦々しく話しているのが聞こえた。そして、僕はまだ見ぬその子に同情した。
僕もそうだが、力のない幼い子供が親や身近な大人に虐げられる。そこから逃げることもできず残酷な仕打ちを受ける。その惨たらしさを知っていたから、しかも彼女には僕の王宮のように外への逃げ場がないことも分かっていた。だから、せめて救いの手を差し伸べようと会う前から考えていた。
初めてベラトリクスに出会ったのは、ほとんど失われて等しかった父を含む家族との晩餐の日だった。
我が家は冷めきっていた。父は母を愛していなかった。しかし、だからと言ってないがしろにしていたわけではない。あるのは義務だった。
それでも母がもしも自由な人であるならば、父のように愛人を持ったりできたかもしれない。「真実の愛」を外に求めることができたかもしれない。
けれど、母が愛を求め続けたのは振り返ることがない父だった。だから愛妾として家にやってきた哀れな人が母の憎しみを一身に受けることは今思うと当たり前だったのだろう。
ただ、その当時の僕はまだ幼かった。だから、愛妾のことを僕は怖いと思うだけだった。
憎しみの感情などは持ち合わせていなかった。ただ、別宅に来てからというもの母は僕をほったらかしにして家を空けるようになった。
使用人に母の事を聞いても皆が口々に、
「ウィリアム様はお気になさらず」と言って、その後幼い僕の気を反らすように何かをさせたり、またはこの頃にちょうど同じ年頃ということで、僕はよく王宮でソレイユの相手をさせられるようになった。
父曰く、「将来仕える相手」であるソレイユは、明るく快活な少年で、暗い屋敷で育った陰鬱な僕にはとても新鮮な出会いだった。
ふたりでよく勉強をしたし、遊んだりもした。それは得難い経験だと後でわかるがその時はただ家の諸々から逃げるようになるべく王宮へ連れて行ってもらっていた。
その日々は今思えば1番穏やかで幸せだったのかもしれない。
しかし、その日々は突然終わりを告げた。
愛妾が死んだのだ。
子どもを産む直前で死んだと母は言っていたが、僕はそれが母の仕業だとすぐにわかった。
それから母はおかしくなっていったから。僕の顔を見ては父の名を呟くようになり、酷い時は僕に抱き着いて涙を流しながら懺悔をしていた。
「ごめんなさい、ごめんなさい。殺そうとした訳ではないの。ごめんなさい」
そうして泣きつかれて終わりにいつも彼女は奇妙なことを言っていた。
「彼女は殺したわ。でも子供は殺していない。そうよ、私の親友の家に匿っている。私が憎いのはあの女だけ。あの女……」
意味は分からなかったし、父もいない。誰にもそれが何なのか聞くことはできなかったが幼心にとても怖かったのを覚えている。
父は父で、愛妾が死んで以来、そのお腹の子供の行き先を探していた。狂ったように。
一度、愛妾の子供を探して母の元を訪れた父を見たことがあったがその姿は常軌を逸していた。普段の父は無表情で無感情な男であったのにその時の父の目は瞳孔が完全に開いていた。
「どこに、どこに娘はいったんだ。お前なら知っているだろう。お前なら……」
母を揺さぶりならがこの世のものなどとうに見限ったその瞳。幼いながらにもうこの人は世界を見ることなど永遠にないと感じた。しかし、僕にとってそれはどうでも良いことだった。父は元から僕の世界になど居なかったから。
それからの8年間、僕は自身の家族を完全に捨てた。王宮で過ごす時間を増やして多くの時間をソレイユの側で過ごした。ソレイユは兄であり、王太子である第一王子とは年が離れていた。それもありあまり年の近い人間と触れ合う機会がなかった。だからこそ年が近く、王族の血に近いオリオン公爵家の僕が側仕えに選ばれたのだろう。
たまに家に帰るのは大半母からの呼び出しだったが、それはとても憂鬱なものだった。
最早ほとんど狂っていた母は僕を父と見間違うようになっていた。実の母が僕を見る眼差しは父へ向けるそれで気持ち悪いと感じていた。
そんな状況を父は見て見ぬふりをした。多分父からすれば家門を守るために最愛の愛妾を殺した母を殺さずにいるだけ恩情をかけているつもりだったのだろう。そうして永遠に訪れない最愛の人に苦しみ狂っていく母の話を聞くことで復讐をしていたのかもしれない。関係ない僕を巻き込んで……
その日、僕は母に呼び出された。いつものように僕を父と見間違えていた母はついに一線を超えた。
あまりの出来事に記憶は曖昧だ。まだ10歳だった僕は母に抵抗することもできなかった。
ただ、ただ気持ちが悪い嫌悪感と心が死ぬのが分かった。
そんな僕を見て母はけたたましく笑う。笑う。
「あなたを手に入れた」と父を見る目で、
気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。
その日以降ほぼ母からの呼び出しは無視するようになり、この話を誰かにすることもできなかった。もしも話したら自分が醜い化け物であることがバレてしまう気がしたから。
忌まわしい事件から僕は完全に変わっていった。人前で笑うことがなくなった。あんな感情は悪だと思うようになった。それから2年が経ってほぼ王宮で過ごしていた僕に家からの知らせが久々に届いた。いつもなら無視をしていたが、その日は何故かそれに応じた。予感がしたのだ。
内容は僕の妹が見つかったので顔合わせをしたいという父からの連絡で簡単なものだった。
僕個人としてはほとんど興味のない内容だったが、僕の妹というものが気になった。母の話では生きているようだったが、多分それは養子またはそれに類する形で貴族の元にいるのだと思っている。それに対して、父は何故か孤児院をまわっていた。だから見つかるはず等ないと思っていたのだ。
案の定、僕が家に着いた時、昔から仕えている使用人が父が赤の他人を娘として連れてきたと苦々しく話しているのが聞こえた。そして、僕はまだ見ぬその子に同情した。
僕もそうだが、力のない幼い子供が親や身近な大人に虐げられる。そこから逃げることもできず残酷な仕打ちを受ける。その惨たらしさを知っていたから、しかも彼女には僕の王宮のように外への逃げ場がないことも分かっていた。だから、せめて救いの手を差し伸べようと会う前から考えていた。
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