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第一章:れんごくの国と約束の娘

18.秘密の部屋と不幸令嬢

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レミリアは渋るルーファスを説得して、宮殿内を案内してもらうことにした。

宮殿内は相変わらず静けさを保っていた。それは時が止まっているからなのかもしれない。ただ、時が止まっているといっても、それは同じ日を繰り返しているというものらしく、全く静止している訳ではないとヨミが説明した。

どうやら、この国はある日からずっと同じ日を繰り返していて、大半の住人はその日に取った行動を半永久的に繰り返す存在であるという。だからレミリアが以前感じた城の人々が異常に静かだったのもそういう影響で映像のようにいるけれど居ないような奇妙な存在なのだろう。

しかし、その時が止まった宮殿内の美しさは想像していたよりも素晴らしかった。レミリアはアトラス王国の王宮にいたので城というものには慣れていると考えていたけれど、月の宮殿はそれとは比べ物にならないくらい細かい装飾が随所の施された美しい場所だった。例えばとても長い回廊があるのだがそこは青の回廊と呼ばれていて、美しいターコイズブルーを基調に繊細な幾何学模様となめらかな曲線で作られたドームやアーチの素晴らしさに思わず目を見張る。

外観は象牙で出来ているような白なのにその内部のこのどこまでも魅力的で繊細なつくりはレミリアに異国へ来たという旅情を感じさせるものだった。

正直、色々考えることがここにきて多いのだが、気晴らしでそれらを忘れるのにはとてももってこいな風景ではあった。

「レミー、その、回廊を見て面白い?」
「すごく素敵で、面白い。ルーは見慣れたものかもしれないけど私にははじめて見るとても素晴らしいものだよ」
「君が喜んでくれるならうれしいけど……」

宮殿はとても広い。アトラス王国の城は高さがあるのだが、どうやら月の宮殿は高さはないが膨大な敷地になっているので内部をまわると永遠にここから出れないような錯覚に襲われるほど広かった。

そうしてレミリアはある区画に入ってから、それに気づいた。その区画からは沈丁花の香りが漂っていたのだ。沈丁花はキンモクセイのようにとてもいい香りがする花だが、その香りはキンモクセイよりさらに広範囲に香りがすると言われている。ある遠い国では千里香とも呼ばれているくらいだとレミリアは知っていた。

「沈丁花の香りがする。どこかに咲いているの?」
「……うん。咲いているよ」
「そうなの、だとしたら見てみたいわ」
「……ごめんねレミー、そのお願いだけは叶えられない」

目を伏せたルーファスは何かをやはり隠しているようだった。レミリアはルーファスが何故かレミリアに言いたくないことが沢山あるということに気づきはじめていた。ただの架空の友人だったはずの彼はこの場所に来てからまるで別人のように動くし、いつの間にかひとりの素敵な男性へと変化していた。

レミリア自身、他の誰よりも彼を好ましく感じていた。だからそうやってどこか突き放されるのがだんだん辛くなってきていた。

「ねぇ、ルーさっきもいったけど私はどんなルーでも受け入れられるつもりだよ」
「それでも、沈丁花は……、あれだけはだめだ」

「あの、よろしいですか」

いつの間にか現れたヨミがニコニコと人好きな笑顔で少し気まずそうに言った。気付かないうちにまた彼は自分たちについていたらしい。

「……だめだ」
「いやいや、殿下でなく姫君にお聞きしたのです」
「何かありますか?」

レミリアが問うと、ヨミは小さな声でそれがとても大変なことでもあるように話はじめた。

「実は、この沈丁花の香りがするのは、ルーファス殿下の部屋からなのです。けれど、殿下も思春期、いやまぁ健全な男性な訳で、ご自身の部屋に大好きなレミリア姫君を招くのは流石に恥ずかしいというか、なんというかというヤツなのです」

そのヨミの言葉にルーファスの顔が真っ赤になる。どうやらこれについては図星らしい。レミリアにはよくわからないのだが、どうもそういう何か隠したいものが男性にはあるらしいことは彼女の婚約者であったクリストファー王子を通して知っていた。

彼も、レミリアにだけは絶対中に入ってほしくない部屋のようなものがあったから。

(そういえば、あの部屋には何があったのかな……)

「わかったわ。そういう部屋が殿方にあることは知っているので。というかルーそれくらい自分で説明してくれたら私は無理に暴いたりしないよ」

「……ごめん、どうしてもそういう部分をレミリアに知られたくなくって……」

はにかんだその横顔は実年齢より幼く見えて思わずレミリアは可愛いなとか抱きしめたいというような感情が沸き立つのを感じた。

「大丈夫、私はルーのことだから」

レミリア自身、人へのいとおしさを感じることなど今までなかったのでこれがどういうものかはっきりと理解はできていない。けれどそれがいとおしいというもだとそう感じた。その言葉にルーファスのアメジストのような美しい瞳が見開かれた。その瞳を覆う白銀の絹糸のような睫毛を含めてどこまでも美しいく完璧に整っている顔が、驚いたようにしているのが新鮮な気がした。

「僕もレミーが大好きだよ。沢山うまく説明できなかったり話せなことがあってごめん。ちゃんと整理がついたらレミーに話すから、どうか僕のことを嫌いにならないでほしい」

「大丈夫だよ。ルーを嫌いになる要素なんてないから」

ルーファスはレミリアを抱きしめた、その体からは先ほどから漂っている沈丁花の香りよりとても強い沈丁花の香りがした。それが何故漂うのか、まだ教えてくれないのだが、いつかその答えを聞くときはそれがどんなに悲しいことでも気持ち悪いことでも恐ろしいことでも全てを受け入れてあげたいとレミリアは決意した。

ルーファスはどんなレミリアでも受け入れてくれると何故かわかっているから、そんなルーファスと同じ気持ちでレミリアは向き合いたいと思った。
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