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第一章:れんごくの国と約束の娘

閑話:ある狂人の独白

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不幸だと知らなければそのままでいられた。けれど僕は幸福を知ってしまった。
暗い闇の中、光が一切ないならそれでよかったのに、君という太陽に出会った。


目を覚ました時、君がいない。君と言う太陽がいない。

君がいることで僕は生きていることを理解できる。君がいなければ僕はただ闇にひとりいるだけだ。

君とはじめた会った幼い日を覚えている。それまでの僕は酷く無感情で「楽しい」と思うことが、いや「楽しい」という感情が一切なかった。けれど、君と初めて出会った日、僕の心にそれは生まれた。とてもとても眩いまばゆい感情。今まで深海の底に居た心に光がはじめて当たったような、尊い感情。今でも手に取るように覚えている。君がどれほど僕にとって眩いまばゆいものだったか。

それからいつも僕の中に君という太陽がいた。君と会えない日も君という太陽が確かに存在することをいつも神に感謝した。

君がいれば、僕は幸せだった。君と話している時、君を見ている時、君が笑いかけた時、この世界の幸運を全て手に入れたと錯覚するくらい幸せだった。

これを万能感と呼ぶのかもしれない。それが自分から湧き出すのではなく、君という太陽によって生み出された幻想であっても君を失う未来などないはずだったから僕はそれを恐ろしいと思うことはなかったし、幸福とは永遠に続くものだと信じていた。

ひとつだけ気がかりだったのは僕の前に自分の太陽を失った親類が不幸のどん底にいるという事実だった。

彼は、最愛の太陽に先立たれた。そして、太陽との間に生まれた愛娘を深く愛しているがそれを決して告げられない。なぜなら、彼は「太陽狂い」になってしまったからだ。

「太陽狂い」は大切な大切な太陽を不慮の事故などで失ったものが陥る地獄。彼は太陽を失くして、愛のない再婚をした。それでも彼は幸せであろうともがいているようだが、それは無理なことだった。

一度太陽を知ったものが元に戻ることはない。あの万能感を手に入れたものが、太陽を再び手に入れたいと思わないわけがない。だから、かの人は最愛の娘と距離を置いた。

なぜなら、彼女も太陽だから。その手を握りしめたら、その体を抱きしめたら、「太陽狂い」は暴走してしまうから。太陽を求める狂人は太陽でしか癒されないが、それは愛娘に向けるような綺麗な感情ではない。剥き出しになる欲望は完全なる情欲と化す。それを彼は理解して彼は不幸に生き延びている。

その話があらわすのは一度でも太陽という美酒を飲んでしまえば二度と元の状態には戻れなくなるという事実だ。それは薬物依存者でもあるように太陽がいないだけで半身をもがれたようになると彼は言っていた。

だから誰よりも太陽は大切な存在だったのだ、それなのに……

僕の大切な太陽が攫われた。

攫われた、その事実で胸がいっぱいになり、そこから確かに彼女がいることで得られていた幸福な感情が失われていく。

君が好きだった、いまだって、いつだって永遠に。

君以外が僕を癒すことも救うこともできないのに、どうして、君はここから去ったんだ。

君に会いたい、ただ会って話がしたい。

そう考えれば考えるほどに自身が何かおかしくなっていると気付いた。そうして気付けば僕はその花の前に居る。
それは彼女が愛したキンモクセイの木の下。

もう散ってしまい香りもなくなったその侘しい木に自身を重ねる。まさに何もない。なにひとつ美しいものは失われた。

君のいない、今日も明日も明後日もただ広がる毎日は煉獄のようだ。その恐ろしさに慄いたがそれでも君は戻らない。

それならば……

「君を奪いに行くまでだ……絶対に君を取り返す、そうして僕は君と幸せになる」

どんなに不可能と言われたもあきらめるつもりはない。必ず取り返す。君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を君と言う太陽を……僕だけの太陽。
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