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56:唐突な出会い

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(間違いない、彼はファハド王子……けれど私は彼を全く知らない)

前回の時間軸で、彼と私は出会ったことなどない。しかし、夢でだけ会っているという、全く未知数な人物だ。

ただ、今は彼が怪我をして急遽我が家に運び込まれている。正直、隣国関連は割と鬼門でありリアムも居ない状態ではあまり関わりたくはないが……。

(今、家の主人である家族が居ない以上は一応、私が何もしないわけにはいかないわね)

父も母も、そして兄(仮)である玄関マットも居ないのだから、私がどうにかするしかない。

私は、ひとり仕方なく人がごった返している下へ降りた。そして、血まみれで荒い息をしているその人、ファハド王子に気遣うように腰を折り、その赤く染まった傷口に持っていたハンカチをあてた。

傷口は深いようで、白かったハンカチはみるみる赤く染まってしまった。

「酷い怪我をされているわ、執事、至急賓客用のお部屋にこの方を運んで。そして、お医者様もお呼びしなさい」

「はい、お嬢様」

私の指示に従うようにテキパキと執事は動く。ファハド王子は先ほどから荒い息を繰り返している。馬車が脱輪したという話だったが私はそれは嘘だと確信していた。

何故なら、どうみても彼は何者かに切りかかられたような怪我をしていたのだ。明らかに刃物で切り付けられたのだろう。

(この人も、誰かに殺されそうになったのかしら)

前の時間軸で処刑されたのもあり、私はどこかで今目の前で何者かに殺されかけた彼に対して同族に対するような感情を抱いていた。それもあってとても彼を気の毒に思い始めていた。

ファハド王子の傷口が少しでも塞がるように願い手をかざす。治療魔法などは私には使えない。

医療魔法は高度で技術が必要なものだから。けれど、少しでも傷が良くなるように願えば化膿くらいはしないようにできるかもしれない。

(どうか、少しでも痛みがなくなりますように)

そう願った時、確かに光が彼を包み何故か傷口が塞がっていく。

あまりの出来事に驚く私を静かに開いた瞳が捉えて小さく何かを呟いたが、そのまま彼は意識を手放してしまった。

(今のは??)

周りもあまりのことに沈黙していたが、すぐに彼は貴賓室に運ばれた。

その騒乱の最中、どこからか刺すような視線を感じた。

焦って顔をあげるとそこには黒いローブを目深に被っている女が立っていた。その瞳は燃える様な憎しみをたたえていた。

我が家にそのような使用人は居ないので、間違いなくファハド王子の従者のひとりだろう。だとして、何故女は私を刺すような、つまり睨むように見ているのかが分からない。

「お嬢様!?お体は大丈夫ですか??」

突然話しかけられたことで、私は焦って顔をあげた。メイが走ってきたのだ。一瞬目を逸らしたが、急いで再び女の方へ顔を向けたがすでにそこには誰もいなかった。それが余計に不気味で胸騒ぎがしたが、とりあえずメイと話をしようと思った。

先ほどは家族に報告に行ったと思っていたけど妙な気がした。家族は全員今は居ないのに彼女は誰に報告へ急いでいったのだろうか。それに、水を取りに行ったシェリーの姿も見えない。

「ええ。メイ、貴方どこに今まで居たの??私が目覚めた瞬間、普段なら側にいてくれる貴方が居なくてさみしかったわ」

そうわざとらしくいうと、メイはいつものような優しい笑みを少し困ったように浮かべた。彼女はとても人の良いメイドだが、実際は皇族の影である。エマと同じ組織に所属している存在である以上は、どんなにこの5年で慣れ親しんでも疑いを持つ時は持たないといけない。

「シェリーから聞いておりませんか??私は、旦那様や奥様へ報せを送ってもらうために家令の元へいっておりました」

矛盾のない内容だった。

「そう、ありがとう。そういえば、シェリーに会わなかったかしら??水を取りに行ったのだけれど……」

「さぁ、見ていないですね。もしかしたら事故の件でシェリーも駆り出されたのかもしれませんが、お嬢様のお世話を放り出すなんていけませんね。私が代わりに取りにいきますね」

「お願いするわ」

正直物凄く喉が渇いていたので、とてもありがたかった。私の答えを聞くなりメイは走って行った。

(……どうするのが正しいのかしら。流されるままに行動してしまったけれど……)

何故、ファハド王子はあんな怪我をしていたのか、そして、私は何故彼を治せたのかが、気になってしまう。これはシナリオの影響なのだろうか、それとも……。そんなことを考えていた時、フッと脳内にある映像が浮かんだ。

『あの日、君に救われてから俺は君だけを愛している』

黒髪に褐色の肌をした逞しく美しい青年、ファハド王子が私をまるで愛おしげに見つめている。私の胸は高鳴っていた。そして彼はさらに続ける。

『だから、古の番なんてものに囚われて、浮気ものに付き合わされている君を見ていられない。ベアトリーチェ、どうか君を俺に守らせてほしい』

真っすぐ見つめてくる瞳が、あまりにも美しくて私はただただ目を奪われた。この人の愛を受け入れても良いのかもしれない、そう思ったが同時に何故かリアム殿のことが浮かんだ。

『ずっと一緒にいようね』

幸せそうに笑う彼の顔が、脳裏に浮かんで、何故か涙が零れてしまう。

『泣かないで、君を泣かせたくはない。俺は、君に……』

「お嬢様、お水をお持ちいたしました。ここに立ったままでは飲みにくいのでお部屋に戻りましょうか」

ファハド王子の幻影は消えて、代わりに微笑むメイがいた。

(今のは、一体……)

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