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50:悪夢と目覚めと(アレクサンドル視点)

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「僕は……」

あの日、王城でテロまがいの事件が起こった。正妃様が襲われてガルマショフ公爵がそれを庇い、大けがをしてしまい、今も意識不明の状態だ。

僕はその事件が起きた時、それは起こるべくして起こったものだと考えていた。犯人を知っていたわけではない。けれど、僕の母である側妃と祖父であるフルーレティ侯爵はいつだってあのふたりを害する機会を狙っていたのを知っていた。

はじめは、僕はそれが悲しかった。どうしてそこまでして他者を害したいのかわからなかったから。そう、僕はまだ、たったひとりの皇太子である自分しか知らなかった、その立場を当たり前に享受している状態の自分以外を、だからそんなことを考えていたのだ。

しかし、腹違いである正妃様の弟のルキヤンが来て全てが変わってしまった。

ルキヤンはとても不憫な子だ。生まれてすぐその髪と瞳の色から忌子であると神殿から烙印を押されて、離宮へ隔離されていたのだという。

そして、その離宮は例の事件で分かる通り、酷い場所だった。あまりの状況に、ルキヤンの叔父であるガルマショフ公爵は心を痛めて何度も改善の異議を上げていたが、それを母と祖父が蹴っていたというのは後で知った。

祖父である、フルーレティ侯爵家は神殿に対して強い影響力を持っていた。かつて聖人と呼ばれる人間を我が家が輩出していたこと、多くの寄付金を今も納めていることもあり、前神官長は祖父の息のかかった人間だった。

だからこそ、『予言の書』の解釈を捻じ曲げて、ルキヤンを忌子とすることに成功したのだ。そして、それは覆らないはずだったが、ガルマショフ公爵がその解釈の誤りを指摘した結果、ルキヤンは離宮から解放されて忌子というレッテルも剝がされた。

それでも、最初、王城はルキヤンを快く受け入れてはいなかった。ガルマショフ公爵は国の英雄であり、正妃様の弟。ある程度の無理も聞く立場だろうということや、長年、皇太子は僕ひとりだったので王城のものの大半が僕の一族の息のかかった臣下が多かったのもあった。

どこかで、ルキヤンはすぐにでも王城を去るのだと勝手に思っていた。だからこそ、僕は兄として優しくすべきだと考えていた。

しかし、それは叶わなかった。むしろ、ルキヤンはどんどん王城になじんで勢力も伸ばしていった。

よく考えれば当たり前だ。父である竜帝の番である正妃様の息子で、後ろ盾にこの国の軍事を取りまとめているガルマショフ公爵家を持つルキヤンと、長子だが、側妃の息子で、後ろ盾であるフルーレティ侯爵家はあの『予言の書』事件以来、神殿への影響力も減っている僕では、どちらにつくことが良いかなど火を見るより明らかだった。

じわじわと、自身の居場所を奪われていくような居心地の悪さを感じていた時、あの事件が起きた。

ルキヤンが僕の愛するベベにこう言ったのだ。

『ベアトリーチェ嬢、。お会いしたかった』

『あ、あの……』

頭を殴られたような衝撃と何が起きているのか僕には全く分からなかった。しかし、目の前に僕には見せたことのない真っ赤な顔をしたベベがいる事実に、腸が煮えくり返り視界が真っ赤になった。

『ルキヤン、ベベは僕の番だ。君のじゃない』

渡すものか、ベベは僕の最愛だ。その最愛の番を奪う権利などルキヤンは持ち合わせていない。それなのにルキヤンは見たこともない嫌な笑みを浮かべて僕を見た。それは紛れもない宣戦布告だった。

『まさか、兄上。彼女は間違いなく僕の番です』

そんなはずがないのに、番はひとりにひとりだけなのだ。それなのにここで僕らは互いにベベを番と宣言したため、べべとの婚約が一度見直されてしまった。

そもそも、『番』とはお互いが感じるなにかがあるようなのだけれど、ベベは僕にもルキヤンにも今のところその兆候を感じていないという。しかし、そういうこともない訳ではないので一旦ベベが僕の番であるという、揺らぐはずのない確固たる事実が音を立てて崩れてしまった。

そこからが地獄だった。ベベを絶対に手に入れたい僕は、ベベの好きなものを探らせては贈り物もしたし、式典や舞踏会の時はドレスを贈った。

けれど、ドレスはルキヤンとの公平性のため、1回おきに着ることが決まり、どうしてもルキヤンの色でベベが躍るところを見る羽目になった。

赤いドレスを着るベベを、見るたびに嫉妬で狂ってどうにかなりそうだった。そんな時は、以前作ったベベ等身大の彫像に着られることはないと知っていても裏で作っていたベベのドレスを着せて動かぬ彫像とダンスを踊った。

そうして、許されないと分かりながらもその冷たい石に口づけを落とした。

それを繰り返すとなんだか、心が落ち着いたのだ。ベベがまだ完全に自分のものだと信じていた頃に、ルキヤンが来る前に戻れたような気がした。

けれど、実際、ベベは僕よりあきらかにルキヤンを優先しているように見えていた。それが余計に僕の心をじわじわと蝕んで浸食していった。その頃から、僕は奇妙な夢を見るようになった。
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