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15:渡る世間は鬼ばかりだった

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「マイ・プリンセス、昨日はいきなりアレク様が来て大変だったね」

相変わらず無駄にキラキラしながら気遣うような言葉を掛けられる。しかし、これはまだ私の側にメイが居るからだろう。

リアムの執務室の部屋の時計がカチカチと大きな音を立てている。この世界の時計は力強く時間を刻むもの、つまり静音設計では当然ないものが支流のようだ。

「ええ、お兄様。とても怖ったですわ」

そう答えた瞬間、時計の音が止まり、側に居るメイもまるで彫像のように動かなくなっている。時間をリアムが止めたのだ。

「マイ・クイーン。色々分かったことがあるので報告させてほしい」

「ええ。色々聞きたいことがあるから、ちょうど良いわ」

私はリアムが準備していた椅子にドカりと座る。今は止まった時の中にいるので淑女らしさなどかなぐり捨てている。

鬱陶しく首筋にまとわりついた髪を払い、リアムをまっすぐに見つめると、彼は手元に準備していた資料をめくりながら、口火を切った。

「まず、この家に潜り込んでいた影ならびに、敵について。敵については主にカスティアリャ子爵家の紹介によってきた者達だと判明したので、そちらから紹介された者については全て解雇した」

「……なるほど、やはりカスティアリャ子爵家が関係しているのね」

その言葉にリアムは難しい顔をしながら答えた。

「ああ、しかしそれだけではないのも分かっている。今後同じ手の者が入り込まないようにする必要がある。それについて出来れば皇族の影を利用したい。ただ、今現在我が家にいた影は全てエマーソンほどではないけれど嫌悪剤の効果で君に対して嫌がらせや虚偽の報告までしていたことが明らかになっている」

「嫌がらせ??」

その言葉に、私は過去の時間軸を思い出す。

確かにが、私には多かった。

例えばアレルギーのある蜂蜜入りのものがおやつに混入していたり、私の大切な小物が無くなったり、何もないところで転んで怪我をしたり……。

うん、割と気にするレベルのことも混ざっていたが前の時間軸のぽやぽやした貴族令嬢であった私は、それらを偶然だと決めつけていた。

実にバカだとも思うが、あの時の私はこの世界に自分に悪意を持って接するものが身近にいるという想像をしていなかった。某名作のように渡る世間は鬼ばかりであったのに。

それに気づかないのは、ある意味ではとても幸せだった。

しかし、今ならそれら全てが悪意で行われたとすぐさま分かってしまった。

アレルギーのある食品を故意に食べさせられて殺されかけ、大切なものを窃盗され、嫌がらせの魔法で転ばされていた。そしてそれは敵方ではなく、嫌悪剤により動いていた影が自主的に行っていたらしい。

だとすれば、最早、敵も影も両方がついこの間まで私に仇をなす鬼だったのだ。あまりのことに思わず歪んだ笑みが浮かんだ。

(この世界は、私にとってはじめから鬼ばかりの地獄だったのね。両親と以外は全て……)

「……君にも心当たりあるだろう。それらを行ったのが影だった。しかし驚いたよ。調べたら約半数の使用人がそれにあたるようだ。本当にふざけているし許せない。彼等については色々隠し立てしようとしたかもしれないけど今回の血の契約でアレク様にもそれは伝わって彼らは表向きは自主的に、実際は強制的に我が家を辞めている」

その言葉に、家の使用人の人数が極端に減っていた原因を知る。目を閉じれば消えた使用人の何人かの顔が浮かぶが、彼らが私に見えない悪意をぶつけていた人たち。

あるものは笑顔で、あるものは無表情に、あるものは明かに怯えながら全員が私に酷いことをした。

だから彼らはこの家から消された。けれど事実を知っても不安はなくならず、そして気持ちも晴れない。

「なぜ神様はこんな仕打ちをしたのかな」

「私の方が知りたいわ、それに貴方ならこの世界の神様を知っているんじゃないの。その神様が私を地獄に叩き落としているのよ」

晴れない心と激しい怒り。その矛先をどこへ向ければいいのかわからない。ただ少なくともこの世界の神様が私を平和な日本からこの地獄へ連れて来たのだから憎むことは仕方ないだろう。

「違う」

私の憎しみを見透かしたように。今まで聞いたことのないような低い声でリアムが否定する。

その響きに驚くが私はこの神への憎しみをそう簡単に改めるつもりはない。むしろこんな世界をやり直すくらいなら元の世界に返してほしい、社畜OLをしていたあの大きな喜びはないけれど大きな絶望もない普通の人生へ。

そんな、心の慟哭は当然聞こえないだろうリアムは、すぐにまた似非キラキラスマイルを浮かべた。

「神様は君を幸せにしたいし、この世界は君を不幸になんてしないはずなんだ。だってはすでに物語の外にいるのだから。それなのに何故この世界が歪んでしまったのか、何がマイ・クイーンを脅かし続けているのか。私、気になります」

「……ふざけているの??」

ドスの聞いた声がでてしまった。しかし、それに対してリアムが嬉しそうに笑う。

「マイ・クイーン。もし僕を殴って癒されるならいくらでも殴ってくれ。そうすれば君も癒されて、僕も幸せのまさにウィンウィンの……」

「貴方が幸せになるならしない。お預けした方が苦しめられるならその方が幾分か心が晴れるわ」

「放置プレイか、なるほど。ああ、マイ・クイーンはどこまでも僕を楽しませてくれる」

はぁはぁと興奮していくリアムから視線を逸らして、足を組んだ。実にお行儀は悪いが威圧感はあるはずだ。その状態で私はリアムに告げる。

「もし、本当にご褒美が欲しいなら、この世界で私が一番やりたいことに手を貸してほしい」

「分かりました、マイ・クイーン。全ては君が望むままに」

そう言って恭しくリアムは私の手の甲に口づけをした。実に気障で苛々したので足を踏んであげると、甘い呻きが上がる。痛みは彼へのご褒美にしかならないが色々動いてはくれているのである程度は問題ないだろう。


「私を地獄に突き落とした『予言の書』と、離宮に今も居るだろうルキヤンについて調べたいわ」
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