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閑話:この世界の物語06(側妃視点)

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閉ざされた塔のその部屋は驚くほどものがなかった。

アリアは公爵令嬢だったのについ数日前まで彼女が使っていたはずのその部屋にあったのは僅かな本と粗末な服だけだった。

もしかしたら、彼女の死後に辺境伯が部屋にあったものを持ち出したのかもしれないとも思ったが、それならばあの男は全てのアリアの痕跡を持ち出しただろう。

辺境伯の家系は普段は穏やかな鹿のようでありながら、その裡に狂気を抱えているということを前世の知識で知っているので私は仕事以外では関わらないようにしてきた。

現辺境伯は、初恋のアリアを今だに愛し続けている男だ。それも口にするのも憚られるような危ない男、ならばあの男が内心で大嫌いな彼がアリアの物を私がこれから住む場所に残したりしないだろう。

あるいは、塔で働いている使用人が金目のものを持ち出したということも考えたが、やはり辺境伯がそんなことを許さないことと、どちらにしろ少しでもアリアの痕跡が残っているということ自体がないはずなので彼女の死後立ち入ったものはほぼ居ないと考えるのが妥当だろう。

だとすれば、アリアは長い歳月をこの何もない部屋で過ごしたことになる。

(あのアリアがこの部屋でどうして満足できたの??)

そう考えた時、急に落ち着かなくなるのが分かった。何かとても引っかかる。

私は、誰も居なくなった部屋の中でその痕跡を少しずつ探した。すると思いもよらない物を見つけ出す羽目になった。それは夥しい量の日記だった。

(アリアが書いたものね……)

日記の最初のページを開いた。

その日付はここにアリアを追いやった日のものだった。

『〇年〇月〇日

けれど、私には関係ない。』

そうまるで自分を他人のように綴る文面に、アリアはここに着た際にとうとう壊れてしまったのかと思ったが、読み進めていくうちに私はどんどん血の気を失っていった。

要約すれば、アリアはこの塔へ連れて来られた日に自殺を図ったらしい。しかし、アリアの器はこの世界で必要だったため神が、別世界からアリアの中に魂を宿した。

つまり、私が異世界転生した者なら、ついこの間自殺する日までここに居たアリアは憑依者だったらしい。

ただ、アリアはこの世界に関する知識を私より持ち合わせていなかった。正確に言うとりゅうおとの乙女ゲームとしての知識はほとんどもっていない人だったらしいということが日記の内容からすぐにわかった。

けれど、その代わり彼女は例のBL同人誌の方の知識は豊富に持っていた。

そして、自身の息子であるルティアが彼女にとって最推しキャラだったことも日記から見てとれた。そのため定期的に、

「私の息子が最推しとか、最初スタート地点が鬼畜だと思ったけど神は私を見捨てていなかったらしい。私の可愛いルティアたん萌え」

などと書いてあって少し引いたが、憑依前の人生でもほとんど引きこもりだった彼女は幽閉生活を割とエンジョイしていたことがわかった。

(これだけエンジョイしていたんだったら私へのカルマは溜まっていなかったのよね??)

そう思いなおそうとしたが、だとしたら何故彼女が自ら命を絶ったのか、それが分からなかった。

しかし、それは日記の最後にしっかりと書かれていた。

『この世界の物語を読んでいたから私は知っている。このままではルティアが『』を殺すことになってします。それは阻止しないといけない。そのためには私が死ぬ必要がある。私自身は死ぬことはそこまで怖いことではない。この間、私の夢枕に立ったこの世界の神も私は死んだら元の世界へ戻れると言っていたのだから。

私が死ねば番を失った王が壊れて『狂った竜王』になるのでルティアが彼を殺さないですむ。けれど、その事実をどうやら私はルティアには伝えられないらしい。抑止力のせいでそれを文字に書き記すことができなかった。

出来れば私は伝えたかった。『狂った竜王』の正体は……』

その文章を読み終わった時、突然塔が激しく揺れたのが分かった。

そして、灰色がかった重い雲に覆われた空がまるで陶器が割れる時のようにひび割れていくのが見えた。あまりのことに体が震えたが、それがこの世界が終ろうとしているからだと気付いてしまった。

次第に大きくなる光が世界を包み込むのがわかる、私はアリアの中の憑依者のように死んで元の世界へ帰るのだろうか、そう考えた時、とても冷たい声が頭に響いた。

『お前はカルマをこの世界で溜め過ぎた。だからもう元の世界へ帰ることはできない』

それでも、またこの世界で同じように生まれ変わるなら今度はうまくやればいいと考えたがそれをとても残酷な一言がかき消す。

『お前はもうこの器に生まれ変わることはない。この世界でカルマを背負いながらただ力なき者として記憶を無くして生きるが良い』

いやだ

そう叫んだつもりが全てが眩い光に包まれていく。その光の中で私はただただ体が落ちていく感覚と共に全ての記憶が自然と消えていった。
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