上 下
8 / 73

08.会うことが叶わないまま亡くなった母

しおりを挟む
『暗黒の森』へ行くことは今だに恐ろしいが、それでも今まで味わったことのない愛を与えられる日々は激しいながらも人生で一番満ち足りている気がしていた。

この王国は、大きくはないのでその果てである『暗黒の森』すらも無理なく3日もあれば到着できる。

だからこそ、今までの人生の大半、悲しい思い出ばかりでも過ごした時間が長いこの場所でしっかりと最後の時間を過ごしたいと考えていたが、その願いはどうやら叶わないらしい。

その日は、朝から王宮へ呼び出された。

今まで生きてきた中で、王宮に呼び出されることなど『成人の儀』までほとんどなかった。そのため、急な2回目の呼び出しに妙な胸騒ぎがしていた。

レフが目覚めた時から不在で不安な気持ちの中で、服装や髪型を整えにやってきた使用人が相変わらず機械のように正確に仕事をこなしていく。そして、僕に真っ白い服を纏わせた。

この国で白い儀礼用の服を着る行事はたったふたつしかない。

ひとつは結婚式で、もうひとつは誰かの葬儀の時だけだ。今回はどう考えても前者ではないだろう。現在の王族の中に結婚式を挙げる人間などいないのだから。

だとすれば、残る可能性は葬儀だけだ。そこまで考えて、朝からレフの姿が見えないことが不穏な影を落としていた。

(レフは辺境伯の嫡男。そのレフが呼ばれるような王族の死と考えたら……)

連れていかれた王宮の中の聖堂の真ん中に、ひとつの棺が置かれていた。

その棺の中には真っ白なドレスを纏ったロケットの中でしか見たことのない女性が青ざめた顔で横たわっていた。棺の中には生前好きだったのか白い百合が引き詰められていた。

間違いなく僕の母上である正妃の亡骸だった。

「あっ……あっ……」

一度も会うことのないまま亡くなってしまったという事実に呼吸がおかしくなる。体中が痙攣するように震えてしまうのに目はその棺の中を凝視することをやめることができず、その場に腰が抜けたようにしゃがみ込んでしまう。

「ルティア殿下……」

背後から、声を掛けられたが振り返ることも立ち上がることもままならない。

「お可哀そうに。肩をお貸しいたします」

僕に手を差し伸べたのは、レフとよく似ているが壮年の男性だった。そこで彼が辺境伯であると気付く。

「辺境伯??」

「ええ。いつも息子がお世話になっております」

座り込んでいた体は、辺境伯により無事に立ち上がることができた。

「すまない」

「構いません。正妃様は、ルティア殿下の母君でございます。悲しむのは当たり前ですので」

レフとよく似てはいるが、辺境伯が僕を見つめる瞳にはあの熱はなく、むしろ国王陛下がヴィンターを見つめている時に見せるようなあたたかいものがあった。

「母上……ははうぇ……」

何かが決壊したように涙がこぼれ落ちた。いつの間にか、その亡骸にすがりつくようにして咽び泣いていた。泣くこと自体無駄だと学んでいたのでこんなに人前で泣いたのは、はじめてだった。

泣き止まない僕の背を辺境伯は幼子をあやすようにポンポンと叩いた。それはレフのようなセクシュアルな仕草ではなく子を慰める父のそれで、余計に涙が止まらなくなっていた。

「ルティア殿下!!」

ひとしきり泣いた頃に、突然頭の上から声が響いた。よく聞きなれたその声、顔を上げなくても誰だかわかった。

「……レフ」

「レフ、殿下はこの通り心痛で立っているのも辛い状態だ。一旦控室に連れていってあげなさい」

そう言うと、心地よい父親のような腕の中から、ここ数日で完全に慣れてしまったレフの腕の中に閉じ込められる。

「言われなくてもそうするつもりでした」

どこかぶっきらぼうに答えたレフは、僕を軽々と抱き上げた。大切に抱えられているがその瞳にはよく知っている危険な光が宿っていた。

「……」

「行きましょう、ルティア殿下」

そのまま、聖堂の中に設けられている控室の中に入る。テーブルと椅子があるだけの質素な部屋に着くなり、レフは部屋の鍵をカチリと閉めた。

「レふっ……!!」

そして、そのまま抱きしめられて強引に唇を奪われた。そのまま、舌を噛み切られるのではないかと思うような勢いで激しく舌を食まれた。

逃げようとする舌はことごとく追い詰められて捕まり、顎からはどちらのものともしれぬ唾液がこぼれ落ちていく。

その逞しい胸を必死に叩いて抵抗するが全ては無意味で結局レフが満足して唇を離すまで貪りつくされた。

「レフ、なんでこんなことをした??」

あまりのことにキッと睨みつけると、レフはバツが悪そうに口ごもりながら言った。

「父上に嫉妬したのです。殿下の悲しみも喜びも全部俺が引き受けたいと思ったのに、あんな風に殿下が父上の腕の中で感情を露わにしていたのが許せなくて……」

そう言いながら、僕の体を抱き寄せるレフに思わず大きなため息が漏れた。

「全く、そんなことくらいで嫉妬されては身が持たない」

「申し訳ありません、ルディア殿下……」

シュンとした姿は、一時期飼っていた犬を彷彿としてあまり責めることはできなかった。しばらくはお互い黙っていたが、急にレフがはっきりとした口調で告げた。

「……ルティア殿下。正妃様がお亡くなりになった以上、殿下はここから早急に出る必要があります」
しおりを挟む
感想 45

あなたにおすすめの小説

執着攻めと平凡受けの短編集

松本いさ
BL
執着攻めが平凡受けに執着し溺愛する、似たり寄ったりな話ばかり。 疲れたときに、さくっと読める安心安全のハッピーエンド設計です。 基本的に一話完結で、しばらくは毎週金曜の夜または土曜の朝に更新を予定しています(全20作)

どうやら俺は悪役令息らしい🤔

osero
BL
俺は第2王子のことが好きで、嫉妬から編入生をいじめている悪役令息らしい。 でもぶっちゃけ俺、第2王子のこと知らないんだよなー

社畜だけど異世界では推し騎士の伴侶になってます⁈

めがねあざらし
BL
気がつくと、そこはゲーム『クレセント・ナイツ』の世界だった。 しかも俺は、推しキャラ・レイ=エヴァンスの“伴侶”になっていて……⁈ 記憶喪失の俺に課されたのは、彼と共に“世界を救う鍵”として戦う使命。 しかし、レイとの誓いに隠された真実や、迫りくる敵の陰謀が俺たちを追い詰める――。 異世界で見つけた愛〜推し騎士との奇跡の絆! 推しとの距離が近すぎる、命懸けの異世界ラブファンタジー、ここに開幕!

変なαとΩに両脇を包囲されたβが、色々奪われながら頑張る話

ベポ田
BL
ヒトの性別が、雄と雌、さらにα、β、Ωの三種類のバース性に分類される世界。総人口の僅か5%しか存在しないαとΩは、フェロモンの分泌器官・受容体の発達度合いで、さらにI型、II型、Ⅲ型に分類される。 βである主人公・九条博人の通う私立帝高校高校は、αやΩ、さらにI型、II型が多く所属する伝統ある名門校だった。 そんな魔境のなかで、変なI型αとII型Ωに理不尽に執着されては、色々な物を奪われ、手に入れながら頑張る不憫なβの話。 イベントにて頒布予定の合同誌サンプルです。 3部構成のうち、1部まで公開予定です。 イラストは、漫画・イラスト担当のいぽいぽさんが描いたものです。 最新はTwitterに掲載しています。

主人公のライバルポジにいるようなので、主人公のカッコ可愛さを特等席で愛でたいと思います。

小鷹けい
BL
以前、なろうサイトさまに途中まであげて、結局書きかけのまま放置していたものになります(アカウントごと削除済み)タイトルさえもうろ覚え。 そのうち続きを書くぞ、の意気込みついでに数話分投稿させていただきます。 先輩×後輩 攻略キャラ×当て馬キャラ 総受けではありません。 嫌われ→からの溺愛。こちらも面倒くさい拗らせ攻めです。 ある日、目が覚めたら大好きだったBLゲームの当て馬キャラになっていた。死んだ覚えはないが、そのキャラクターとして生きてきた期間の記憶もある。 だけど、ここでひとつ問題が……。『おれ』の推し、『僕』が今まで嫌がらせし続けてきた、このゲームの主人公キャラなんだよね……。 え、イジめなきゃダメなの??死ぬほど嫌なんだけど。絶対嫌でしょ……。 でも、主人公が攻略キャラとBLしてるところはなんとしても見たい!!ひっそりと。なんなら近くで見たい!! ……って、なったライバルポジとして生きることになった『おれ(僕)』が、主人公と仲良くしつつ、攻略キャラを巻き込んでひっそり推し活する……みたいな話です。 本来なら当て馬キャラとして冷たくあしらわれ、手酷くフラれるはずの『ハルカ先輩』から、バグなのかなんなのか徐々に距離を詰めてこられて戸惑いまくる当て馬の話。 こちらは、ゆるゆる不定期更新になります。

転生したけど赤ちゃんの頃から運命に囲われてて鬱陶しい

翡翠飾
BL
普通に高校生として学校に通っていたはずだが、気が付いたら雨の中道端で動けなくなっていた。寒くて死にかけていたら、通りかかった馬車から降りてきた12歳くらいの美少年に拾われ、何やら大きい屋敷に連れていかれる。 それから温かいご飯食べさせてもらったり、お風呂に入れてもらったり、柔らかいベッドで寝かせてもらったり、撫でてもらったり、ボールとかもらったり、それを投げてもらったり───ん? 「え、俺何か、犬になってない?」 豹獣人の番大好き大公子(12)×ポメラニアン獣人転生者(1)の話。 ※どんどん年齢は上がっていきます。 ※設定が多く感じたのでオメガバースを無くしました。

4人の兄に溺愛されてます

まつも☆きらら
BL
中学1年生の梨夢は5人兄弟の末っ子。4人の兄にとにかく溺愛されている。兄たちが大好きな梨夢だが、心配性な兄たちは時に過保護になりすぎて。

頭の上に現れた数字が平凡な俺で抜いた数って冗談ですよね?

いぶぷろふぇ
BL
 ある日突然頭の上に謎の数字が見えるようになったごくごく普通の高校生、佐藤栄司。何やら規則性があるらしい数字だが、その意味は分からないまま。  ところが、数字が頭上にある事にも慣れたある日、クラス替えによって隣の席になった学年一のイケメン白田慶は数字に何やら心当たりがあるようで……?   頭上の数字を発端に、普通のはずの高校生がヤンデレ達の愛に巻き込まれていく!? 「白田君!? っていうか、和真も!? 慎吾まで!? ちょ、やめて! そんな目で見つめてこないで!」 美形ヤンデレ攻め×平凡受け ※この作品は以前ぷらいべったーに載せた作品を改題・改稿したものです ※物語は高校生から始まりますが、主人公が成人する後半まで性描写はありません

処理中です...