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05.百獣の女王がぴかぴかになっている裏側で起きた話(エミリー目線)
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「まさか、逆らうなんて……、今後の対応について確認するためにもあのお方に早く報告しなければ」
今まで従順だったフアナが急に反抗して私を専属メイドから外すなどとのたまった。それだけなら、私はその訴えを跳ねのけるだけだったが……。
「あのまるで血に飢えた獣のような眼差しは何??深窓の令嬢でしかない何もできないフアナとは思えなかった……あの威圧感には全く隙がなかった」
フアナの威圧を思い出して身震いしながらも私はこっそりと静まり返っている公爵家を出て、あの方のいらっしゃる秘密の場所へ向かっていた。
私は、貴族だったが貧しい子爵家に生まれた。何代か前の当主が騎士で活躍し褒章として爵位を貰ったのが我が家の起こりだった。
それもあって、王家の血を引く生粋のお嬢様のフアナとは違って私は、幼い頃から通常の貴族の令嬢が習うことがないような剣術や武術を習ってきた。
元々は女騎士として身を立てようと思ったけれど、数年前に女性の騎士登用が廃止されてしまいその影響で侍女になるよりほかなくなってしまった。
夢を奪われた私を拾ってくださったのはレディー・オストラ様だった。ちなみにこの名前は偽名で私はこの主が仮面をつけた状態でしかお会いしたことはない。ただ、仮面をしていてもレディー・オストラ様が高貴な血筋の貴族の夫人であることはひと目でわかった。
就職先に困った私が結婚相手を探すべく参加した訳アリの貴族が素顔を隠して参加する秘密の仮面パーティー。その主催者でありもっとも高い地位であるとされた女性。
そして、今まで武術一辺倒で侍女のスキルをほぼ持たない私に講師を無償で送り育ててくれた上、王家の侍女として召し上げるための準備をしてくださったまさに恩人がレディー・オストラ様だった。
だから今回の件も、誰より先にこのことを伝えるために盛り場の明るさと喧噪を抜けて彼女と話すことができる場所、王都のはずれの森の中に佇むオストラの館へと向かった。
オストラの館と何故呼ばれているのかは分からないが、少なくともこの館は現在この王国のどの貴族も所有していない物件であり、誰のものでもない館とされている。
私は、真っ暗でひと気のない館に着くなり、扉を躊躇なく5回たたいた。すると中から2回叩き返されたので続けて、もう6回叩き返せば扉がひとりでに開くのでそのまま中へ進む。
扉を開けた者がいるはずなのに相変わらず暗くて埃っぽい、ひと気のない玄関ホールを抜けて迷わず一番奥の元貴賓室だったらしい部屋を開けば、その人はいつものように優雅に貴賓室にある年代物のソファに半身を横たえる形で座っていた。
このオストラの館で行う仮面パーティーの主催者である女性というところからレディー・オストラと呼ばれている彼女は口にくわえた着せるからゆらゆらと揺らめく煙を吐き出しながら緩慢な動きで私の方を向いた。
「あら、お久しぶりねミス・ブルーコ」
と私のコードネームを当たり前のように呼んだ。彼女からでなければブルーコなんてコードネームでは呼ばれたくないけれど、彼女の鈴のように綺麗な声でならそう呼ばれても嫌ではない。
「お久しぶりでございます、レディー・オストラ様」
恭しく礼をして跪けば、彼女の美しい絹の手袋に包まれた手が私の顎を優しく持ち上げた。彼女の所作のひとつひとつに見惚れながらも本題を見誤ってはいけない。
「ここに来たということは、何か公爵家であったということかしら」
「はい、フアナが……」
「駄目よ、例え仮でも主は敬称をつけなくては。習慣にしなければボロが出てしまうのだから」
「申し訳ありません」
急いで謝罪をする。私はレディー・オストラ様にだけは嫌われる訳にはいかないのだ。
「……続けなさい」
許すとはいわれなかったので不安はあるが私は、公爵家で起こったことを告げた。
「なるほど、つまりミス・ブルーコ。貴方はメイドとしての職務を放棄してフアナ嬢の機嫌を損ねてしまったということね」
「はい……」
「そう、でもそれは仕方ないわ。人には相性というものがあるわ。例えばミス・ブルーコと私ならとても理想的な主従関係を築けていると思わない」
レディー・オストラ様の鋭い爪先が私の首筋を引っかくように動いたのが分かる。そこに恐怖を感じるはずが何故か私には妙な高揚感を抱かせた。
「はい、私はレディー・オストラ様のためならなんでもする所存です」
その言葉に満足したようにレディー・オストラ様の手が離れるとまた煙管をすった彼女の美しい唇から紫煙がゆらゆらと吐き出されるのが分かった。
「ありがとう。明日公爵家では貴方に聞き込みがされて最悪王家に送り返されるかもしれない。けれど、貴方はなるべくフアナ嬢に謝って同情を引くような態度で……」
レディー・オストラ様が私に指示をしようとした時、普段は見たことのない仮面に黒服の男が部屋へやってきてなにかをレディー・オストラ様に耳打する。
「あら……『毒林檎』が奪われたなんて……ミス・ブルーコ。アレはとても大切なものだからしっかりと管理をお願いしていたとおもうのだけど」
レディー・オストラ様の言葉に私の背筋が冷たくなる。フアナの専属侍女になってから彼女の食事にレディー・オストラ様からの指示で入れていた薬。どんな効果のあるものかは知らないけれど、確実に入れるためにキッチンメイドの同僚に餌をちらつかせて入れさせていたそれが何故か公爵家で奪われたということらしい。
「計画変更するわ。ミス・ブルーコ、貴方は必ず『毒林檎』の成分が割れる前にそれを取り返してこれと入れ替えなさい、その命に代えても」
本来なら恐ろしいはずのその言葉が何故か心地よく、そして絶対に命令に従わないといけないと思った私はそのまま公爵家にふらふらとした足取りで戻ったのだった。
今まで従順だったフアナが急に反抗して私を専属メイドから外すなどとのたまった。それだけなら、私はその訴えを跳ねのけるだけだったが……。
「あのまるで血に飢えた獣のような眼差しは何??深窓の令嬢でしかない何もできないフアナとは思えなかった……あの威圧感には全く隙がなかった」
フアナの威圧を思い出して身震いしながらも私はこっそりと静まり返っている公爵家を出て、あの方のいらっしゃる秘密の場所へ向かっていた。
私は、貴族だったが貧しい子爵家に生まれた。何代か前の当主が騎士で活躍し褒章として爵位を貰ったのが我が家の起こりだった。
それもあって、王家の血を引く生粋のお嬢様のフアナとは違って私は、幼い頃から通常の貴族の令嬢が習うことがないような剣術や武術を習ってきた。
元々は女騎士として身を立てようと思ったけれど、数年前に女性の騎士登用が廃止されてしまいその影響で侍女になるよりほかなくなってしまった。
夢を奪われた私を拾ってくださったのはレディー・オストラ様だった。ちなみにこの名前は偽名で私はこの主が仮面をつけた状態でしかお会いしたことはない。ただ、仮面をしていてもレディー・オストラ様が高貴な血筋の貴族の夫人であることはひと目でわかった。
就職先に困った私が結婚相手を探すべく参加した訳アリの貴族が素顔を隠して参加する秘密の仮面パーティー。その主催者でありもっとも高い地位であるとされた女性。
そして、今まで武術一辺倒で侍女のスキルをほぼ持たない私に講師を無償で送り育ててくれた上、王家の侍女として召し上げるための準備をしてくださったまさに恩人がレディー・オストラ様だった。
だから今回の件も、誰より先にこのことを伝えるために盛り場の明るさと喧噪を抜けて彼女と話すことができる場所、王都のはずれの森の中に佇むオストラの館へと向かった。
オストラの館と何故呼ばれているのかは分からないが、少なくともこの館は現在この王国のどの貴族も所有していない物件であり、誰のものでもない館とされている。
私は、真っ暗でひと気のない館に着くなり、扉を躊躇なく5回たたいた。すると中から2回叩き返されたので続けて、もう6回叩き返せば扉がひとりでに開くのでそのまま中へ進む。
扉を開けた者がいるはずなのに相変わらず暗くて埃っぽい、ひと気のない玄関ホールを抜けて迷わず一番奥の元貴賓室だったらしい部屋を開けば、その人はいつものように優雅に貴賓室にある年代物のソファに半身を横たえる形で座っていた。
このオストラの館で行う仮面パーティーの主催者である女性というところからレディー・オストラと呼ばれている彼女は口にくわえた着せるからゆらゆらと揺らめく煙を吐き出しながら緩慢な動きで私の方を向いた。
「あら、お久しぶりねミス・ブルーコ」
と私のコードネームを当たり前のように呼んだ。彼女からでなければブルーコなんてコードネームでは呼ばれたくないけれど、彼女の鈴のように綺麗な声でならそう呼ばれても嫌ではない。
「お久しぶりでございます、レディー・オストラ様」
恭しく礼をして跪けば、彼女の美しい絹の手袋に包まれた手が私の顎を優しく持ち上げた。彼女の所作のひとつひとつに見惚れながらも本題を見誤ってはいけない。
「ここに来たということは、何か公爵家であったということかしら」
「はい、フアナが……」
「駄目よ、例え仮でも主は敬称をつけなくては。習慣にしなければボロが出てしまうのだから」
「申し訳ありません」
急いで謝罪をする。私はレディー・オストラ様にだけは嫌われる訳にはいかないのだ。
「……続けなさい」
許すとはいわれなかったので不安はあるが私は、公爵家で起こったことを告げた。
「なるほど、つまりミス・ブルーコ。貴方はメイドとしての職務を放棄してフアナ嬢の機嫌を損ねてしまったということね」
「はい……」
「そう、でもそれは仕方ないわ。人には相性というものがあるわ。例えばミス・ブルーコと私ならとても理想的な主従関係を築けていると思わない」
レディー・オストラ様の鋭い爪先が私の首筋を引っかくように動いたのが分かる。そこに恐怖を感じるはずが何故か私には妙な高揚感を抱かせた。
「はい、私はレディー・オストラ様のためならなんでもする所存です」
その言葉に満足したようにレディー・オストラ様の手が離れるとまた煙管をすった彼女の美しい唇から紫煙がゆらゆらと吐き出されるのが分かった。
「ありがとう。明日公爵家では貴方に聞き込みがされて最悪王家に送り返されるかもしれない。けれど、貴方はなるべくフアナ嬢に謝って同情を引くような態度で……」
レディー・オストラ様が私に指示をしようとした時、普段は見たことのない仮面に黒服の男が部屋へやってきてなにかをレディー・オストラ様に耳打する。
「あら……『毒林檎』が奪われたなんて……ミス・ブルーコ。アレはとても大切なものだからしっかりと管理をお願いしていたとおもうのだけど」
レディー・オストラ様の言葉に私の背筋が冷たくなる。フアナの専属侍女になってから彼女の食事にレディー・オストラ様からの指示で入れていた薬。どんな効果のあるものかは知らないけれど、確実に入れるためにキッチンメイドの同僚に餌をちらつかせて入れさせていたそれが何故か公爵家で奪われたということらしい。
「計画変更するわ。ミス・ブルーコ、貴方は必ず『毒林檎』の成分が割れる前にそれを取り返してこれと入れ替えなさい、その命に代えても」
本来なら恐ろしいはずのその言葉が何故か心地よく、そして絶対に命令に従わないといけないと思った私はそのまま公爵家にふらふらとした足取りで戻ったのだった。
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