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第五章 身勝手な人

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  キャプテンの内田麻紀を中心にチアダンス部が息の合ったジャンプを成功させると、講堂の大ホールは大歓声に包まれた。入学式を見守る保護者の席からも惜しみない拍手が続いている。
「小野塚先生、練習の成果はどうですか」
「みんないい笑顔。新入生もびっくりしてるんじゃないですか」
 文彦と詩織がヒソヒソと話す姿を、最後列に座る大橋は苦々しく眺めていた。
(公衆の面前でイチャイチャしおって。だから娘もあんななんだぞ、西巻)

 大橋はスーツの内ポケットからスマホを取り出し、もう一度写真を見直した。
 ちょっとブレているのは、驚きのあまりスマホが手につかなかったからだ。
 画面にはすみれが肩を抱かれ、キスされている顔が映っている。
 後ろ姿だから写真では分からないが、通り過ぎた時にドレスの隙間からおっぱいが見えそうで思わず声を出すところだった。

 男の顔を見て、さらにびっくりした。
(ありゃ……クミンのマスターじゃないか。あの二人、付き合っとるのか)
 しかも、すみれは普段は見たことのない、妖艶なファッションで長門にしなだれかかっている。
 慌ててスマホを取り出すと、ちょうどいいタイミングでキスしているところだった。
 夢中で写真に収めたが、何とか顔が分かるのは1枚だけだった。
(だいたい、幾つ離れてると思ってるんだ……)
 自分も詩織に熱を上げていたことは棚に上げて、大橋は毒づいた。

 それにしても、と考えを巡らす。
 路上で大っぴらにいちゃついている姿からは、二人が既に男女の仲であることが滲み出ていた。
 西巻はこのことを知っているのか……。
 文彦に誓約書を書かされ、プライドがズタズタにされたのは昨日の午前中のことだ。
(父親の責任は娘に取ってもらうからな)
 文彦と詩織がまだ楽しげに話しているのを見て、大橋はチッと舌打ちするのだった。

「あー、お腹すいた」
 入学式でのパフォーマンスを終えたチアダンス部の三年生は、打ち上げを兼ねてクミンで遅い昼食を取っていた。
 すみれは麻紀のテーブルに近寄ると、「どう? 入学式、うまくいった?」と聞いてみる。
「大成功だったよね、みんな」
「イェーイ!」
 キャプテンの声に十二人の同期はピースサインで答えると、またカレーにパクつく。箸が転んでもおかしい年頃だ。賑やかな笑い声が店内を包んだ。

「元気良くていいなあ、女子高生は」
 すみれが呟くと、カウンターの中の長門がまぜっ返す。
「すみれちゃんはもっと元気だったけどね」
「私はおしとやかでした」
「そうだっけ?」
 黒のタイトスカートの下は、今日もビーズ球が股間に当たるTバックを履かされている。動くたびにクリトリスが刺激され、脳天がジンと痺れた。
 それでも後輩の前で痴態を晒すわけにはいかない。長門に合わせて軽口を叩くことで、すみれは押し寄せる快感を堪えていた。

「すみれ先輩、ちょっといいですか」
 半分ほどになった食後のアイスコーヒーを手に、麻紀がカウンターに腰を掛けてきた。
「なに? なんかあった?」
 実は昨日――。麻紀はそう切り出すと、盗撮騒動の顛末を打ち明けた。
「西巻先生が任せてくれっておっしゃってたんで、そこから先は分からないんですけど……。すみれ先輩、なんか聞いてますか」
「ううん、なんにも」
「そうですか……」
「でも、許せないね、そんなの。絶対許せない」
「スマホ、英語科研究室から覗いてたんです。だとしたら……」
 そこから先は麻紀も口にしなかった。

 すみれは麻紀の不安を振り払うように、肩をポンポンと叩く。
「とにかく、はっきりしたことが分かるまでは、あんまり騒ぎ立てないで。お父さんがきっと上手く処理するから」
「はい」
 グラスの氷はもう、ほとんど溶けていた。
「麻紀、そろそろ行かないと」
 チームメイトが声を掛けてきた。
「あ、ごめん、ごめん。じゃ、すみれ先輩、また来ます」
 すみれ先輩、失礼しまーす――。
 後輩たちの大きな声が店内に響き渡った。

 麻紀とすみれの会話に耳をそばだてていた長門は、ははーん、と合点がいったように頷いた。だからすみれがいるか気にしてたんだな……。
 入学式は十一時からのはずだったから、まだ店を開ける前のことだ。
 大橋から出前の注文がかかってきた。
「コーヒーを三時過ぎにお願いしたいんだが。うん、今日は三階の第四会議室に頼む。いや、業者との打ち合わせでな」
 いつも用件だけ言うとさっさと電話を切る大橋が、もごもご続けてきたのだ。
「あ、マスター、その……今日はすみれくんは出てくるかね」
「はい、いつも通りですよ」
「そうか。いや、何でもない。じゃあ、お願いするよ」

 その時はなんか妙だな、と思った程度だったが、勘の鋭い長門は麻紀の話で察しがついた。
 あのおっさん、すみれになんかするつもりだな。
 文彦と結婚した亜弓に袖にされた大橋が逆恨みしているという噂は、ゴシップ好きの教職員たちの口から聞いていた。
 だが、もう二十年も前の話だ。今更その話を蒸し返すとも思えない。第一、すみれは何度も大橋のところに出前に行っているが、今まで何のトラブルもなかった。
 とすれば、何か新たな憎しみの種が芽生えたに違いない。
 ま、盗撮してたのがバレて、すみれの親父にこっぴどくお灸を据えられたってとこだろうな……。

「これを使わない手はないか」
 自分では聞こえないように呟いたつもりだったが、すみれの耳には届いてしまったようだ。
「何を使うんですか」
「いや、今度新しいスパイスを試してみようかと思ってさ」
 咄嗟に話を誤魔化すと、長門はニヤリと笑みを浮かべた。
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