21 / 40
第四章 横恋慕する人
【21】
しおりを挟む
エキナカでワインを二本買った時から、純平は少し変だなとは思っていた。
大学から近いターミナル駅で降りると、繁華街を通り抜けたマンションの前で玲子の足が止まった。
「ここの二十一階がうちなの」
「え? あの、ご飯食べに行くんじゃ……」
「私が作るわ。うちならワインも堂々と飲めるでしょ」
さすがに腰が引けた。一人暮らしの女の先輩の家に上がってもいいのか……。
ためらっている純平の手を玲子は強引に引っ張る。暗証番号を押してオートロックを解除するとエレベーターに押し込んだ。
「実家からステーキ用のお肉が届いてるの。水嶋くん、ビーガンじゃないよね」
「ビーガン?」
「ベジタリアンのもっとすごいやつ。肉や魚だけじゃなくて乳製品も食べない人たち。ハチミツもダメなの。革製品も使わないんだって。最近、増えてるらしいよ」
「ああ。俺、牛丼屋行ったら、絶対温玉トッピングですよ。カレーの隠し味はハチミツだし」
「良かった。なんか食べられないものある?」
「え? あの、パクチーがダメなんです。それ以外は何でも大丈夫なんですけど」
「へー、水嶋くんも苦手なもの、あるんだ」
「ありますよ、そりゃ」
「おふくろの味ってやっぱり肉じゃが?」
「うちはゴボウのきんぴらですかね。ちょっとピリッとしたやつなんですけど。おふくろの味って言えばあれかな」
質問攻めにして、冷静になる余裕を与えない。
エレベーターが開くと、最上階はワンフロアに一戸しかなかった。
玲子は部屋の鍵を開けて、素早く招き入れる。
「さ、上がって」
純平はだだっ広いリビングを物珍しそうに見回していた。窓の外は広いルーフバルコニーになっている。その先にはライトアップされた大学の講堂が見えた。「ここ、家賃おいくらなんですか?」
「全部分譲なの、このマンション。ここなら大学も近いし、いいだろってお父さんが気に入っちゃって」
「玲子さん、もしかしてお嬢様、ですか?」
「そんなわけないじゃない、二浪もしといて。一応、パパは社長だけど、九州の中堅肉問屋だし。あ、だからお肉だけは不自由したことないんだ。パパはふた月に一回は東京出張だから、ホテル代わりにもなるってこのマンション買ったの、会社名義でね」
「それ、社長令嬢じゃないですか。十分、お嬢様ですよ」
「お嬢様じゃダメ?」
「え? いや、あの、そういうわけじゃないけど…」
ちょっと着替えてくるから、と言って玲子が姿を消すと、純平はバルコニーに出てみた。夜風が心地いい。俺のアパートと大違いだ、と思わずつぶやいた。
しばらくして戻ってきた玲子は、バスタオルで髪を拭いていた。
身体に張り付いた黒Tシャツは裾が短めで、綺麗な形をしたへそがのぞいている。胸には突起がポチッと浮かび上がっていた。
どうやら下はノーブラらしい。ホットパンツは少し小さいのか、お尻がはみ出そうだ。
「水嶋くんもシャワー浴びてきなよ。汗かいたでしょ」
純平は慌てて視線を逸らした。
「いや、いいですよ、俺は」
上着はこれに掛けて、とハンガーを渡された。
「ネクタイも、もう締めてなくてもいいわよね」
玲子はネクタイを緩めると、首に手を回す。胸と胸が密着した。
やばい、マジでやばいよ、これ……。
尖ったものを感じて、下半身に熱い血が流れ込んでいく。
狼狽する純平を上目遣いで見ながら、玲子はネクタイを手に何事もなかったように話しかけた。
「お肉、炭火で焼いた方が美味しいの。これから準備するね」
「え、ああ、はい」
「だから、シャワー浴びてきなさい、水嶋くん」
バスルームから出ると、ドラム式の洗濯機が回っていた。
脱衣場には、封を切っていないTシャツとトランクスが置いてある。
「あの……俺のワイシャツは」
リビングの方から声が飛んできた。
「ああ、洗っちゃった。パンツと靴下も」
「ええ! あ、お、俺、どうすればいいですか」
「それ、パパのなんだけど良かったら着て」
裸でいるわけにはいかない。言われるがままトランクスに脚を通しながら、純平はすみれのことを考えた。
こんな格好で二人きりなんて、やっぱりまずいよな……。
キッチンでは玲子が分厚い肉の塊を手際良く切り分けていた。
「それ、バルコニーに運んでもらえる」
皿にはアスパラガスやじゃがいも、玉ねぎ、エリンギなど野菜やキノコが並んでいる。
バルコニーには既に長方形のバーベキューグリルがセットされていた。
「うちのパパ、バーベキュー大好きなの。このマンション、最上階のこの部屋だけはOKなんだ。だからパパ、社員さんたちと東京に出てきた時は、ここでパーティーやってるのよ」
肉を運んで来た玲子は、手慣れた手つきでグリルをうちわであおぐ。
パチ、パチ。炭に火が燃え移ると、純平までテンションが上がってきた。
テーブルの上には、駅で買ったチリ産の赤ワインが既に開栓されている。
「水嶋くんはワインでも飲んでてよ」
肉の焼ける香ばしいいい匂いが漂ってきた。
アルミホイルに包まれたじゃがいもと玉ねぎは、十字に切り込みが入っていて、バターがたっぷり溶けていた。オリーブオイルに塩コショウを振ったアスパラガス、斜め切りにしたエリンギはそのまま網の上で踊っている。
「はい、焼けたわよ。このお肉はミディアムレアが一番美味しいんだから」
こんな分厚いステーキ見たことないよ。純平は思わずつぶやきそうになった。
「ウルグアイ産の熟成ビーフ。ウルグアイって国土の八十八%が草原なんだって。だから牛も牧草をたっぷり食べて育つの。運動もいっぱいして、それで赤身が多くてヘルシーな肉になるんだってパパが言ってた。まあ、とにかく、食べてみてよ」
玲子はごく自然に純平の隣に座った。
「じゃ、乾杯!」
「え、ああ、はい、乾杯」
ご飯食べるだけなんだから、いいんだよ……。純平はワインをグッと飲み干すと、割り切ったようにステーキにかぶりついた。
大学から近いターミナル駅で降りると、繁華街を通り抜けたマンションの前で玲子の足が止まった。
「ここの二十一階がうちなの」
「え? あの、ご飯食べに行くんじゃ……」
「私が作るわ。うちならワインも堂々と飲めるでしょ」
さすがに腰が引けた。一人暮らしの女の先輩の家に上がってもいいのか……。
ためらっている純平の手を玲子は強引に引っ張る。暗証番号を押してオートロックを解除するとエレベーターに押し込んだ。
「実家からステーキ用のお肉が届いてるの。水嶋くん、ビーガンじゃないよね」
「ビーガン?」
「ベジタリアンのもっとすごいやつ。肉や魚だけじゃなくて乳製品も食べない人たち。ハチミツもダメなの。革製品も使わないんだって。最近、増えてるらしいよ」
「ああ。俺、牛丼屋行ったら、絶対温玉トッピングですよ。カレーの隠し味はハチミツだし」
「良かった。なんか食べられないものある?」
「え? あの、パクチーがダメなんです。それ以外は何でも大丈夫なんですけど」
「へー、水嶋くんも苦手なもの、あるんだ」
「ありますよ、そりゃ」
「おふくろの味ってやっぱり肉じゃが?」
「うちはゴボウのきんぴらですかね。ちょっとピリッとしたやつなんですけど。おふくろの味って言えばあれかな」
質問攻めにして、冷静になる余裕を与えない。
エレベーターが開くと、最上階はワンフロアに一戸しかなかった。
玲子は部屋の鍵を開けて、素早く招き入れる。
「さ、上がって」
純平はだだっ広いリビングを物珍しそうに見回していた。窓の外は広いルーフバルコニーになっている。その先にはライトアップされた大学の講堂が見えた。「ここ、家賃おいくらなんですか?」
「全部分譲なの、このマンション。ここなら大学も近いし、いいだろってお父さんが気に入っちゃって」
「玲子さん、もしかしてお嬢様、ですか?」
「そんなわけないじゃない、二浪もしといて。一応、パパは社長だけど、九州の中堅肉問屋だし。あ、だからお肉だけは不自由したことないんだ。パパはふた月に一回は東京出張だから、ホテル代わりにもなるってこのマンション買ったの、会社名義でね」
「それ、社長令嬢じゃないですか。十分、お嬢様ですよ」
「お嬢様じゃダメ?」
「え? いや、あの、そういうわけじゃないけど…」
ちょっと着替えてくるから、と言って玲子が姿を消すと、純平はバルコニーに出てみた。夜風が心地いい。俺のアパートと大違いだ、と思わずつぶやいた。
しばらくして戻ってきた玲子は、バスタオルで髪を拭いていた。
身体に張り付いた黒Tシャツは裾が短めで、綺麗な形をしたへそがのぞいている。胸には突起がポチッと浮かび上がっていた。
どうやら下はノーブラらしい。ホットパンツは少し小さいのか、お尻がはみ出そうだ。
「水嶋くんもシャワー浴びてきなよ。汗かいたでしょ」
純平は慌てて視線を逸らした。
「いや、いいですよ、俺は」
上着はこれに掛けて、とハンガーを渡された。
「ネクタイも、もう締めてなくてもいいわよね」
玲子はネクタイを緩めると、首に手を回す。胸と胸が密着した。
やばい、マジでやばいよ、これ……。
尖ったものを感じて、下半身に熱い血が流れ込んでいく。
狼狽する純平を上目遣いで見ながら、玲子はネクタイを手に何事もなかったように話しかけた。
「お肉、炭火で焼いた方が美味しいの。これから準備するね」
「え、ああ、はい」
「だから、シャワー浴びてきなさい、水嶋くん」
バスルームから出ると、ドラム式の洗濯機が回っていた。
脱衣場には、封を切っていないTシャツとトランクスが置いてある。
「あの……俺のワイシャツは」
リビングの方から声が飛んできた。
「ああ、洗っちゃった。パンツと靴下も」
「ええ! あ、お、俺、どうすればいいですか」
「それ、パパのなんだけど良かったら着て」
裸でいるわけにはいかない。言われるがままトランクスに脚を通しながら、純平はすみれのことを考えた。
こんな格好で二人きりなんて、やっぱりまずいよな……。
キッチンでは玲子が分厚い肉の塊を手際良く切り分けていた。
「それ、バルコニーに運んでもらえる」
皿にはアスパラガスやじゃがいも、玉ねぎ、エリンギなど野菜やキノコが並んでいる。
バルコニーには既に長方形のバーベキューグリルがセットされていた。
「うちのパパ、バーベキュー大好きなの。このマンション、最上階のこの部屋だけはOKなんだ。だからパパ、社員さんたちと東京に出てきた時は、ここでパーティーやってるのよ」
肉を運んで来た玲子は、手慣れた手つきでグリルをうちわであおぐ。
パチ、パチ。炭に火が燃え移ると、純平までテンションが上がってきた。
テーブルの上には、駅で買ったチリ産の赤ワインが既に開栓されている。
「水嶋くんはワインでも飲んでてよ」
肉の焼ける香ばしいいい匂いが漂ってきた。
アルミホイルに包まれたじゃがいもと玉ねぎは、十字に切り込みが入っていて、バターがたっぷり溶けていた。オリーブオイルに塩コショウを振ったアスパラガス、斜め切りにしたエリンギはそのまま網の上で踊っている。
「はい、焼けたわよ。このお肉はミディアムレアが一番美味しいんだから」
こんな分厚いステーキ見たことないよ。純平は思わずつぶやきそうになった。
「ウルグアイ産の熟成ビーフ。ウルグアイって国土の八十八%が草原なんだって。だから牛も牧草をたっぷり食べて育つの。運動もいっぱいして、それで赤身が多くてヘルシーな肉になるんだってパパが言ってた。まあ、とにかく、食べてみてよ」
玲子はごく自然に純平の隣に座った。
「じゃ、乾杯!」
「え、ああ、はい、乾杯」
ご飯食べるだけなんだから、いいんだよ……。純平はワインをグッと飲み干すと、割り切ったようにステーキにかぶりついた。
0
お気に入りに追加
68
あなたにおすすめの小説
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
【R18】今夜、私は義父に抱かれる
umi
恋愛
封じられた初恋が、時を経て三人の男女の運命を狂わせる。メリバ好きさんにおくる、禁断のエロスファンタジー。
一章 初夜:幸せな若妻に迫る義父の魔手。夫が留守のある夜、とうとう義父が牙を剥き──。悲劇の始まりの、ある夜のお話。
二章 接吻:悪夢の一夜が明け、義父は嫁を手元に囲った。が、事の最中に戻ったかに思われた娘の幼少時代の記憶は、夜が明けるとまた元通りに封じられていた。若妻の心が夫に戻ってしまったことを知って絶望した義父は、再び力づくで娘を手に入れようと──。
【共通】
*中世欧州風ファンタジー。
*立派なお屋敷に使用人が何人もいるようなおうちです。旦那様、奥様、若旦那様、若奥様、みたいな。国、服装、髪や目の色などは、お好きな設定で読んでください。
*女性向け。女の子至上主義の切ないエロスを目指してます。
*一章、二章とも、途中で無理矢理→溺愛→に豹変します。二章はその後闇落ち展開。思ってたのとちがう(スン)…な場合はそっ閉じでスルーいただけると幸いです。
*ムーンライトノベルズ様にも旧バージョンで投稿しています。
※同タイトルの過去作『今夜、私は義父に抱かれる』を改編しました。2021/12/25
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
ねえ、私の本性を暴いてよ♡ オナニークラブで働く女子大生
花野りら
恋愛
オナニークラブとは、個室で男性客のオナニーを見てあげたり手コキする風俗店のひとつ。
女子大生がエッチなアルバイトをしているという背徳感!
イケナイことをしている羞恥プレイからの過激なセックスシーンは必読♡
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子
ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。
Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。
若妻はえっちに好奇心
はぴろっく
恋愛
結婚してから数年、夫婦円満で仲良く生活している。
しかし、私のお家事情で仕事が忙しい日々が続き、旦那様とはすれ違いの日々を重ねて、私は仕事の疲れからセックスレスになっていた。
ある日、さり気なく旦那様と一緒にお風呂に入った。久しぶりに裸の対面だった。
男と女が、裸で狭く密閉された場所にいるのだから、自然的にせっくすに発展する。
私は久しぶりに頭の中をグラグラする刺激の快感を覚え、えっちの素晴らしさに目覚め、セックスレスから脱却する。
その日のHをきっかけに、私はえっちに好奇心が湧き、次第に普通のえっちから人に言えないえっちに覚醒していく。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる