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第四章『星月の選択』
Act.37:選択の果て
しおりを挟む真白を泣かせてしまった出来事から1時間過ぎた頃、真白も大分落ち着いてくれた。二日連続で泣かせてしまうのは兄として失格だな。
あの後、泣き止んだ真白に自分なりに心から謝ったところ、真白は「お兄が無事で良かった」と、一言だけ言って許してくれた。怒っても仕方がないと思っていたから、何というかどこか拍子抜けだ。
でも泣かせてしまったという事実は消えないので、例え真白が許してくれても、猛反省しないと。
それで今、鏡の前に来ているのだが……そこに映っていたのは銀髪碧眼の少女。ここであれ? となるだろう。そう、金眼ではなく碧眼になっているのだ。
まずこれがラビの言っていた変わったことの一つ。何故こうなったのか? それについては、次の変わった事に繋がる。
鏡のある洗面所からリビングに移動し、そこで見たのはテーブルの上に置かれた書類。
繋がるって言った二つ目の変化というのがこれだ。書類自体は特におかしな所は無いが、その内容が変わっていた。
「如月司……15歳、性別女性……?」
おわかりいただけただろうか?
これは少し前に取得した戸籍謄本なのだが、そこに記載されている内容が変わっていた。まず、生年月日が変わっており年齢は15歳となっている。そして性別も女性となっていた。
驚いたのはわたしと真白の関係が逆転している事。つまり、真白が姉、司が妹となっているのだ。これはいったい何が起きたのだろうか?
ただ誕生年は変わっているものの、誕生日(11月15日)自体は変わってない。他にも両親や住所についても変化はなく、本当に自分の所だけが変わってしまっている。
誕生日が過ぎているので、今は16歳というのが正しいが、それは今は置いておこう。変わったのは他にもまだあり、免許証が消えてしまっている事。
いや、16歳じゃバイクの免許しか取れないから普通自動車免許を持ってたらおかしいんだけども。
とにかく、免許証は消えてしまっていて、どこを探しても見つからないのだ。車自体は庭にそのまま止まっているのだが……まあ、ローン自体は払い終わっているはずだ。
そうなると自動車税の請求先が気になると思うが、去年の自動車税の請求書を見てみると、真白宛となっていた。
健康保険についても、戸籍謄本と同じように生年月日や性別が変わってしまってる。わたしが使っている保険は国民健康保険というもので、まあ、会社に居たときは社会保険だったが、辞めたので国民健康保険に切り替えたのだ。
「他にもこれも変わってるんだ」
そう言って真白が取り出したのはアルバムだった。そのまま、一つのページを開いてわたしへ見せてくる。
そこにあったのは、容姿そっくりな二人の少女が仲良くゲームをしている場面。あれ? これは確か……そうだ、真白とゲームをしていた時の写真だ。
その時、母さんがこっそり写真を撮っていたのを思い出す。でも、写っているのは俺ではなく、真白そっくりな少女。
「……わたし?」
「多分。私、お兄以外とゲームした事ないはずだから」
写真に、戸籍……色んなものに対して、上書きのようなものが行われている。これはやっぱり、願いの木に願ったのが原因なのだろうか? そうなると、わたしの願いは叶った?
懸念事項だった、書類関係がまるで都合の良いようにわたしとしての物に上書きされている。願いの木は人一人のデータというか人生? を変える事が出来るという事なのか。
他の写真を見た感じでは、勝っているのはわたしの方で、悔しそうな顔をする真白が写っている物もある。なるほど、結果は変わってないのか……俺としての司の部分が、わたしとしての司に入れ替わっている感じだ。
……俺をわたしにしてくれ、と願ったのは自分。その願いを願いの木は、叶えたという事なのか?
「司。あなたがあそこで願いをした時、今までにない大規模な魔力反応を願いの木から感知したわ」
「魔力とかは分からないけど、物凄く光ってたのはわたしも見たよ」
ラビと真白がそれぞれ、あの時に自分で感じたことや見たことを教えてくれる。大規模な魔力反応に、物凄く光った木……確かにわたしが願った時、眩い光が放出されたのは覚えてる。だからわたしは目を瞑ったんだけど……そのまま、気を失ってしまった。
「ねえ、司。司は……願いの木に一体何を願ったの?」
そう聞いてくるラビの声は真剣そのもの。そしてすぐ近くに居る真白も、こちらをじっと見てくる。
言うべきなのか? 言うべきなのは確かだが、言ってしまったらラビと真白との関係に亀裂が入ってしまわないだろうか? これは間違いなくわたしが選んだ結果なのだ。
わたしの本当の意思。
ホワイトリリーは勿論、ブルーサファイアや面識のある魔法少女たち、そして支部長という立場に居る茜。ブラックリリーもそうだ。
何時バレるか分からないし、バレたら今までの関係が一瞬で壊れてしまうのではないか? それが怖い。だからこそ、わたしはそう願ったのだ。俺をわたしにして欲しい、と。
いつからそう思い始めたのか……何となくは分かってる。それに、実際わたし自身にも変化があったし、男のままで変化し続けたらどうだろうか?
全てにとって、今のわたしが一番都合が良いのは確かだ。
変身解除でバレたとしても、この姿なら特に何の影響もない。自分に都合の良いように書類関係だって書き換えられている。正直、ここまでとは思わなかったが、願いの木が叶えてくれたのだろう。
そうなると、今の司は別人として見られたって事か。木に意思があるかはわからないが、植物も生きている。意思があってもおかしくはないだろう。それに、地球の木ではなく妖精世界の木だし。
……。
何を悩んでいるんだろう。これはわたし自身が決めた結果だ。それならば、自信を持てば良い。これが……これこそがわたしの意思であるという事。
真白やラビに隠し事はしたくないというのもある。
だから……素直に言おう。
うん、受け入れてくれるかは分からない。もしかすると嫌われるかも知れないし、変な目で見られるかも知れない。だけど、これはわたしの選択。
そうなったとしても辛いのは確かだが、後悔はしていない。
深呼吸をしてから二人を一瞥する。
勇気を出せ。
自分自身の選択だろう?
後悔はしてないんだろう?
それなら何を恐れる必要がある?
わたしは、自分の意思と思い、願いとともに全てを正直に話すのだった。
□□□□□□□□□□
「……なるほどね」
「お兄……」
一通り話し終え、二人を見る。
変な目で見られるかな? 男だったわたしが、女になりたいなんて思うのはおかしいし……。自分で決めた事だから後悔はしてないが、でもやっぱり覚悟しているとは言え、二人に変な目とかで見られるのは辛いかも知れない。
「うん。だからこれはわたしが決めた事……ラビもごめん。折角、戻れるかも知れない手がかりまで見つけてくれたのに」
後悔はしてない。
だけど、ラビはわたしが元に戻れる方法を一生懸命探してくれていた。妖精書庫の本も読み漁ってたみたいだし、それらが全て水の泡になってしまったのはわたしのせい。怒られても文句は言えない。
真白もそうだ。兄としてのわたしを好きになってくれて、今もまだ好きなんだっていうのは鈍いわたしでも分かる。それなのに、この選択を選んだわたし……嫌われたかな?
「薄々何となくは、気付いていたけどね」
「それがお兄の選んだ選択なら……私が何か言うのはおかしいかな」
「真白、ごめん」
「謝らないで、お兄」
真白は静かにわたしに近づいてくる。そして、わたしの頭の上に手を置くと、そのまま優しく撫で始める。
「真白……?」
「物凄く悩んだんでしょ?」
「ん……」
悩んだ……のは確かだ。戦闘中にすら考え事をして、ブラックリリーに助けられる始末。本当に何をしているんだって話だ。
真白はそのまま静かに撫で続ける。恥ずかしいという気持ちもあるけど、ついつい目を細める。撫でられる感覚っていうのはこんな感じなんだなってどうでも良いことを思い始める。
「引かないの?」
「え? 誰が? 私が?」
「ん」
「引くわけ無いよ。前にも言ったよね、私だけはお兄の味方になるって。あの言葉は嘘じゃないんだからね」
「真白……」
本当に良い妹を持ったと思う。
シスコンかと言われるだろうけど、もうそれは認めているので言われても、そうです、としか言えない。引いたり嫌いになられても辛いものはあるけど、仕方ないと割り切るつもりでは居た。
でも、真白は……。
「たくさん悩んで、お兄が決めた事なんだから。姿形が変わってもお兄はお兄。変わらない」
真白はそう優しく言ってくる。
あれ? おかしいな、視界がちょっと歪んでる? 誰か空間魔法でも使ったのかな……。
「ありがとう……」
「ふふ、お兄泣いてるの?」
「え?」
そう言われて気付く。
目から何かが流れているような感じはあったけど、どうやら涙を出していたようだった。さっき、視界が歪んだのはこれのせいか……そっか、わたし泣いてるのか。
今もまだ流れているように感じる。だから手でそれを拭ったりするけど、止まる事はなかった。それと同時に、何かが心の奥から込み上げてくるような……。
「泣いて良いんだよ、お兄」
「……っ」
真白の優しい言葉が突き刺さる。涙を止めようとしても、止まらない。そんな状態で優しい言葉をぶつけられたら……わたしは遂に我慢できなくなり、泣き出す。
自分ではもうどうにもならない状態だ。止めようとしても止まらず、むしろ止めようとすればするほど涙は流れる。涙の堤防が決壊しているかのように、流れる。
そう。
わたしが選んだ選択だ。でも、やっぱりこういうのを言うのはいくら妹とは言え、怖いものがあった。それはラビにも言えるし、むしろもう相棒と思っているラビに変な目で見られるのはかなりきついだろう。
真白だって大事な妹だし、わたしの事を好きで居てくれた。そんな彼女に嫌われたら、どうなるだろう? 間違いなくわたしは立ち直れないかも知れない。
だから本当の事を言うのには実際抵抗があった。
変な目や冷たい目で見られるのもそうだが、この選択によってラビと真白の関係が壊れてしまうのではないだろうか? という不安と恐怖……口からはそんな事が次々と吐き出されていく。
涙と同じで止めようにも止まらない。
「……全く。私がそんな事であなたを嫌いになったりする訳無いでしょ」
ラビはそう言って、その小さい手を使ってわたしの背中を擦る。妹に撫でられ、妹の胸で泣き、ぬいぐるみに背中を擦られる……傍から見たら中々カオスかも知れない。でも、そんな事はどうでも良かった。
ただただ、そう言ってくれるのが嬉しくて。
……ラビも真白も変わらない。悩んでいたのが馬鹿みたいである。
そのまま一通り泣いたのは確かだけど、泣いている間の記憶は曖昧だった。
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