上 下
40 / 52
第八章 正直になろう

過去の清算

しおりを挟む

 「じゃあ、翔ちゃんは”いつもの”で、いいんだよね?」

 とウインクをする、マスター。
 いつものとは、ナポリタン大盛りと、食後にコーヒーということだ。

「私は、どうしようかなぁ……」

 綾さんはメニュー表を開いて、迷っている。
 それに対して、隣りで座っている航太は腕を組んで、まぶたを閉じていた。
 不機嫌そうだな……。一体、どうしたんだ?

「航太、お前はどうするんだ?」

 俺がそう問いかけると、片方のまぶただけを開く。
 
「おっさんこそ、”いつもの”って何を頼んだの?」
「え? ああ、俺はナポリタンの大盛りさ」
「そ、そう……あの、じゃあオレも同じやつをお願いします」

 なんだ? 俺と同じものを頼みたかったけど、分からなくて怒っていたのか。

 マスターが航太の注文を聞いて、目を丸くする。

「坊や、大丈夫かい? うちの大盛りは大学生向けにしてあるよ?」
「だ、大丈夫だよ! オレだって男だし、中学生だぜ!」
「はははっ! そうかそうか、じゃあたくさん入れてあげようね」
「え……」

 航太の虚勢が裏目に出たな。
 まあ、頑張ってもらうしかないだろう。
 しかし、母親の綾さんは、未だにメニュー表を見て迷っている。

「う~ん。ドリアも良いけど、グラタンも捨てがたいわぁ~ 黒崎さん、どれがおすすめですか?」
「ああ……カレードリアでいいんじゃないですか?」

 正直、綾さんのメニューを考えるのは面倒だった。

「じゃあ、私はそれを一つお願いします。あとは……デザートね」
「……」

 このあと、デザートが決まるまで20分ぐらいかかった。

  ※

「おいしぃ~!」
「あ、本当だ」

 どうやら、美咲親子もこの店が気に入ったようだ。
 腹が減っていた俺は、既に食べ終わって、タバコを楽しんでいる。
 吸いながら、目の前にいる綾さんと航太を眺めていると、変な錯覚を覚えてしまう。

 傍から見れば……俺たち三人は親子に見えるかもしれないなと。

 そんなことをひとりで考えていると、ジーパンのポケットに入れていたスマホのベルが鳴り始める。
 ひょっとして編集部の高砂さんかな? と思って、画面を確かめると……。
 かけてきた相手は、元カノの未来みくるだった。

 焦った俺は、思わず指からタバコを落としてしまう。
 それに気がついた航太が、フォークの動きを止める。

「どうしたの? おっさん」
「あ、いや……ちょっと、仕事先の相手がな」
「ふ~ん、それより落としたタバコ。ちゃんと拾いなよ、火事になるぜ?」
「悪い」

 地面に落としたタバコを拾って、灰皿にこすりつける。
 綾さんに「仕事の電話」だと嘘を言って、店の外へ出る。
 店の駐車場に出たところで、一旦深呼吸をしておく。

「もしもし?」
『あ、翔ちゃん……この前はごめんね』

 久しぶりに聞いた未来の声は、弱々しく聞こえた。

「おお……俺こそ、悪かったな。色々と」
『ううん。翔ちゃんは何も悪くないよ……ところで、また会えないかな?』
「え!?」
『ダメなら、やめるけど……』

 正直、今はあまり会いたくない。
 ついこの前、未来といるところを航太に見られて、あんなことになってしまった。
 でも……彼に見られないところなら良いかな。
 
 例えば、ここからかなり遠い場所。
 繁華街の博多はかた駅とか、天神てんじんぐらい。

「わかった。いいよ、いつ会う?」
『ありがと……。翔ちゃん、悪いんだけど。近所のコンビニまで来てくれる?』
「は?」
『実は、もう”藤の丸ふじのまる”に来てるんだよね』

 未来の言う近所のコンビニとは、俺がいつも酒やつまみを買う時に利用するお店だ。
 しかし、彼女が待ち合わせ場所にしているコンビニは、今いる喫茶店”ライム”の目の前にある。
 お互いに気がついてないだけで、目と鼻の先で通話していた。

  ※

 コンビニの駐車場に立って、スマホを持っている彼女を見つけた俺は、電話でこちらへ来るように促す。
 喫茶店の窓から店内を確認したが、今綾さんと航太は食後のデザートを楽しんでいる。
 ちょうど店からは壁で死角になっているから、ここで話す方が良いと思った。

「ごめん……また急に来て、翔ちゃん」
「まあ、いいさ。ところで今日の用はなんだ?」

 今日の彼女は前回と違い、ひと回り小さく感じる。
 化粧もしてないし、着ている服も色々とコーディネートを間違えているような……。
 なんだか、学生時代の未来を見ているようだ。

「あ、あのね……この前の人。綾さんだっけ? 本当なの?」

 目に涙を浮かべて、必死にこちらを見つめる。

「おい、綾さんは違うって言ったろ? あの人はただのお隣りさんだ」
「じゃあ……なんでさっき、あの人と一緒に仲良く話していたの?」
「な、何を言って……」

 まだ話している途中で、未来が大声を叫んで遮る。
 
「私、見てたもん! マスターと、あの人と翔ちゃんが楽しそうに話しているところを!」

 そう言って、窓から店内を指差す。その方向には、嬉しそうに笑う綾さんと航太が座っていた。

「未来、お前……見ていたのか?」
 
 参ったな……、どうしよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

おもらしの想い出

吉野のりこ
大衆娯楽
高校生にもなって、おもらし、そんな想い出の連続です。

俺がカノジョに寝取られた理由

下城米雪
ライト文芸
その夜、知らない男の上に半裸で跨る幼馴染の姿を見た俺は…… ※完結。予約投稿済。最終話は6月27日公開

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

女の子にされちゃう!?「……男の子やめる?」彼女は優しく撫でた。

広田こお
恋愛
少子解消のため日本は一夫多妻制に。が、若い女性が足りない……。独身男は女性化だ! 待て?僕、結婚相手いないけど、女の子にさせられてしまうの? 「安心して、いい夫なら離婚しないで、あ・げ・る。女の子になるのはイヤでしょ?」 国の決めた結婚相手となんとか結婚して女性化はなんとか免れた。どうなる僕の結婚生活。

甘い誘惑

さつらぎ結雛
恋愛
幼馴染だった3人がある日突然イケナイ関係に… どんどん深まっていく。 こんなにも身近に甘い罠があったなんて あの日まで思いもしなかった。 3人の関係にライバルも続出。 どんどん甘い誘惑の罠にハマっていく胡桃。 一体この罠から抜け出せる事は出来るのか。 ※だいぶ性描写、R18、R15要素入ります。 自己責任でお願い致します。

処理中です...