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最終章 卒業と旅立ち
誓いのキス
しおりを挟むまずはロバート牧師が、俺たちふたりに対して、愛の誓いを確かめる。
俺は練習もしてないので、一発勝負だ。
かなり緊張する……。
「琢人くん。あなたはここにいる、ミハイルくんを……」
よく映画とかで聞いたことのあるセリフ。
俺の人生でこんなこと、絶対に起きないだろうと思っていた。
ちょっと、感動していたら……。
「攻める時も、受けの時も……また痔になっても、マンネリ化しても」
思わず、その場でずっこけるところだったが。
ミハイルが腕を組んでいるので、転ばずにすんだ。
「パートナーとして愛し、敬い、慈しむことを誓いますか?」
即答でYESと言いたいところだが、一部のセリフを受け入れたくない。
でも、ここはロバート牧師の言う通りにしよう。
「は、はい……誓います」
その答え方に、ロバートが苛立つ。
眉間に皺を寄せ、再度誓いを確認する。
「タクトくん? 絶っ対に誓いマスね!?」
めっちゃ怒ってる、ドMのくせして。
「誓います! 永遠にっ!」
するとロバートは嬉しそうに微笑む。
「オーケー」
次はミハイルの番。
俺の時とは違い、ちゃんとした誓いの言葉だった。
『病める時も、健やかな時も……』という、おなじみのやつだ。
当然、ミハイルもYESと即答し、無事に誓いが成立したのであった。
というか、なぜ俺だけ、あんな誓いを立てられたの?
※
結婚式のプログラムを知らされていない俺は、次にどんなことを行うか。知るわけもなく……。
きょろきょろと辺りを見回していると、隣りに立つミハイルが俺の袖をくいっと掴む。
「大丈夫だよ☆ オレに合わせて」
「ああ……」
そんな俺を見て呆れたのか、宗像先生が深いため息をついたあと、こう言った。
「では、リングガールの入場です」
きっとプログラムを順次、説明するから安心しろということなのだろうが……。
リングガールってなんだ?
今から際どい水着姿のお姉ちゃんが、入場するのか。とアホな妄想をしていたら。
会場奥の入口に、ひとりの少女が立っていた。
先ほどミハイルが歩いていた、ヴァージンロードの上を。
小学生ぐらいの女の子だ。
白いドレスを着て、頭に花冠をかけている。
手には網かご。
徐々にこちらへ近づいてくると、その子に違和感を感じる。
それは顔つきだ……。
遠目で見れば、女の子だが。よく見れば、しっかり成人した女性。
いや、もう30歳を迎えたのに、独身のかわいそうなアラサー。
俺の元担当編集。白金 日葵だ。
「はい。お二人の結婚指輪を、届けに来ましたよ」
と網かごを差し出す白金。
自ら望んでやっているようには見えない。
その証拠に、舌打ちをつく。
「チッ……なんで、私がこんなことをしないといけないんだか」
顔を歪めて、神聖なヴァージンロードへ唾を吐き捨てる。
これには俺もブチギレそうだったが、みんなやミハイルの前だ。
怒りをこらえて、白金に礼を言う。
「悪いな、白金。ありがとう」
そう言って、カゴを受け取る。
「フンッ! 私より先に結婚なんてしやがって、クソウンコ作家のくせに!」
ダメだ。祝いの席でキレてはいかん。堪えろ。
「は、はは……まさか白金まで、結婚式に参加してくれるとはな」
「別に私は参加したくなかったのですけどね。DOセンセイじゃなかった。“アンナ”センセイのお父さんが『山々崎』を飲ませてくれるって聞いたもんで」
お前も結局、酒かよ……。
どうなってんの? 初代、伝説のヤンキーたちは。
※
白金が持ってきた網かごには、2つのプラチナリングが入っていた。
黙って受け取ったけど、この結婚指輪は誰が用意したんだ?
俺はミハイルに告白する時、渡したのは婚約指輪であって、結婚指輪じゃない。
ロバートに「どうゾ、お互いの指に差し込んで下サイ」に促されたが……。
こちらが用意したものじゃないから、怪しんでしまう。
後で多額のお金を、請求されるのではないかと。
俺が指輪を睨んで固まっていると、ミハイルがそれを見て、クスクス笑う。
「フフフッ、早く指輪を入れてよ☆」
と細い指を差し出す。
「え……でも、これ。誰が買ったんだ? 俺は買ってないのに……」
「タクトって結構、心配性だよね。こんな時ぐらい信じてよ☆」
「?」
「オレが買った……ていうか、作ったの☆ 二人分ね☆」
「つ、作っただと!? ミハイルはそんなチートスキルを、持ち合わせていたのかっ!?」
あれだろ?
異世界に飛ばされた主人公が、鉱山で希少な鉱石を掘り出し。
コツコツと貯めたスキルポイントを使い、鍛冶スキルに全振りする。スローライフ的な……。
とひとりで、次回作の主人公は金髪ハーフの美少年が、異世界でエルフより可愛くなるストーリーを考えていたら。
ミハイルが俺のおでこを、人差し指でデコピンする。
「いでっ!」
「考えすぎだってば。福岡に工房があってね、そこの先生に教えてもらいながら、作ったんだよ☆ ちょっと歪んじゃったけどね」
「そういうことか……」
「お店で買った方がキレイだけど。作ったら少し安くなるし、何より世界で2つだけのリングだもん☆ タクトが可愛い婚約指輪をくれたから、結婚指輪はオレが作りたかったんだ☆」
「……」
その言葉を聞いて、今までの自分を呪った。
ミハイルがこの数ヶ月、会えないと言っていた理由は、全て今日のため。
俺が結婚式を断ったから、ひとりで宗像先生や友達に相談して、式を用意し。
指輪まで自分で作ってくれた……。
なら、ミハイルの気持ちにしっかりと応えるべきだ。
それからの俺は、素早かった。
指輪交換をさっさとすませ、司会の宗像先生や牧師であるロバートの言葉も無視して、ミハイルにこう囁く。
「ベールを上げたいから、腰を屈めてくれ」
「う、うん……」
その場でミハイルが、ゆっくりと腰を屈めるのを確認すると。
俺は彼の頭にかかったベールを、両手で上げていく。
ベールを上げると、ミハイルが瞼を閉じて待っていた。
俺が「もういいぞ」と言うと、ゆっくり瞼を開き、腰を伸ばす。
厚底のローファーを履いているとはいえ、俺たちには身長差がある。
どうしても、彼の方が上目遣いになってしまう。
2つのエメラルドグリーンを輝かせて、微笑むミハイル。
薄紅色の唇は、どこか艶がかっているような気がした。
ひょっとして何かリップを塗っているのか?
「お待たせ、タクト☆」
「ミハイル……」
とても長い時間。すれ違っていたような気がする。
やっとこいつの顔を、見ることが出来た。
それだけで、心が満たされていく。
もう……ダメだ。我慢できん。
「それでは、誓いのキスを……」
とロバートが最後までセリフを言う前に、俺はミハイルを抱きしめていた。
もうお互いが離れないように、強くきつく。
「た、タクト?」
「愛している……ミハイル」
「オレもだよ。でも、このままじゃ、誓いのキスが出来な……」
ミハイルの小さな唇を、力づくで奪う。
こんな強引なキスをするはずじゃなかったのに。
久しぶりに見た彼が可愛すぎて、理性が吹っ飛んでしまった。
彼が逃げられないように、右手で頭を抑え、腰に左手を回す。
「んんっ……」
誰かは分からないが、悲鳴のような歓声が上がる。
そりゃ、そうだろう。
俺は誓いどころか、かなりディープなキスを堪能しているのだから。
ミハイルの舌先を探すことで、頭はいっぱい。
もちろん、彼が拒むことはないが。少し恥ずかしがっているように感じる。
腰に回していた手の位置も、次第に下りていく。
彼が一生懸命作ったウェディングスーツ。
触れたことで、ようやく気がついた。
この生地はきっとフェイクレザーだろう。つるつるのスベスベ。
撫で回すのに最適。いや、揉みしだくのが良い!
~10分後~
「んちゅ……じゅばじゅば……ぶちゅっ、ちゅ~!」
誓いのキスにしては、あまりに長い接吻だった。
おまけにミハイルの小尻を、撫で回しては揉みまくる……を繰り返していた。
しかし、それを黙って見ている大人たちではない。
誰かが固い筒で、俺の頭を引っぱたく。
「長いっ! さっさとやめんかっ! 初夜なら後にしろ、バカモン!」
後頭部をさすりながら、ミハイルから離れると。
顔を真っ赤にした宗像先生が、結婚式のプログラムを丸めて立っていた。
「すみません……つい」
「つい、じゃない! お前、このあと式をどうすんだ!?」
宗像先生が指差す方向に目をやると、ミハイルがまた『トリップ』していた。
「うへへへ☆ タコさんのタクトだぁ~ だから、オレのお尻も触ってきたんだぁ。くすぐったいよぉ~」
「……」
ミハイルが正気を取り戻すのに、30分を要した。
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