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最終章 卒業と旅立ち

新郎(♂)と新婦(♂)のご入場

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 先ほどまで行われていた卒業式が……。一瞬にして、結婚式会場へと変わってしまった。
 ステージの上では、自称牧師のロバートがニコニコ笑って立っている。
 右手に聖書を持って……。
 ドМの変態おじさんに、持たせていいものだろうか?

 このチャペル? らしき会場。
 どうやら宗像先生と生徒たちが、作ってくれたようだ。
 ロバート牧師の背後には、十字架が飾られている。ダンボール製の。

 
「あの……宗像先生、これって一体?」
 未だに状況が掴めないので、司会席に立っている先生へ質問してみる。
「見りゃわかるだろ? 結婚式を始めるんだよ」
「結婚式って、誰がそんなこと頼んだんですか? 俺は望んでませんよっ!」
「あぁん? 人がせっかく用意してやったのに、文句を言うのか? お前は。一ツ橋高校の教師や生徒たちみんなで、頑張ったんだ! 感謝しろ、バカヤロー!」
「そ、それは……」

 ふと振り返ってみると、クラスメイトたちが寂しそうな顔でこちらを見つめていた。
 先生の言う通り、かもしれないな。

「あとな、ロバートは牧師をやるために、わざわざアメリカから来たんだぞ? 彼にも礼を言え!」
 知らんがな、それに彼は本当に聖職者なのか?
 俺の代わりに、ロバート牧師が英語で先生をなだめる。

「That’s okay. No worries! I just want your body」(大丈夫、気にしないで。僕は君の身体が欲しいだけさ)
 なんだ、宗像先生が恋しくて来日しただけか。
「あぁ? 日本語使えったろ? まあいいや。ホテルは予約しているから、そこで話を聞いてやる」
「Yes!」
 話は噛み合っていないが、ロバート的にはやる気マンマンのようだ。
 アホらし……。

  ※

「じゃあ、そろそろ花嫁……じゃなかった花婿? あ~! もう、めんどくさい! とりあえず、入場だっ!」

 先生の投げやりな紹介と共に、会場の灯りが全て消えてしまう。
 真っ白だった空間が、一気に暗闇に染まった。
 何も見えないと困っていたところを、一筋の光りが差し込む。

 目の前のバージンロードから会場の入口まで、一直線に照らしている。
 その先に見えるのは、二人の人影。

 ひとりは黒いモーニングコートを着た……女性?
 金色のポニーテールが輝いている。それにコートを着ても、膨れ上がる巨乳。
 あれはもしかして、ヴィッキーちゃんか!?

 ということは、隣りに立っているあの子は……ミハイル!

 ヴィッキーちゃんとは対照的な色、白で統一している。
 顔はベールで隠されているから、分からないが。
 あの華奢な体格は、彼で間違いないだろう。

 ウェディングドレス……ではなく、パンツと言うべきか。
 一般的なドレスとは違い、ひらひらしたフリルやスカートなどは一切、排除されている。
 その代わり、肌の露出が激しい。
 ノースリーブにショートパンツ、所々に花柄レースの刺繍が入っている。
 持ち前の白く美しい両脚を揃えて、ブーケを手に持つ。
 
 
 どこからともなく、音楽が流れてきた。

『ボニョ~ ボニョ~ ボンボンな子♪ 真四角なおとこのこ~♪』

 あまりに、場にそぐわない曲だったので、その場でずっこけてしまった。

 しかし、俺とは対照的に、入場してきた二人は至って冷静だ。
 すました顔をして、ゆっくりとこちらへ向かってくる。
 バージンロードを歩くその姿は、正しくこの世に舞い降りた天使。

 こちらへ近づいて来て、気がついたことだが。
 ミハイルの足元は、厚底の白いローファーだ。紳士向けの。

 以前、結婚式の話をした際、俺がミハイルに言ったからなのか?
 ドレスは女が着るもの。男は着ない。
 だから、わざわざ男のミハイルが着られる服を……。


 ひとりでぼーっと考えこんでいたら、いつの間にか、目の前にヴィッキーちゃんが立っていた。
 眉間に皺を寄せて、俺を睨みつける。

「てんめ……なに、さっきからジロジロ見てんだよ」

 とドスの聞いた声で脅す。
 くしくも3年前の春。初めてミハイルに言われたセリフだ……。

 顔だけなら、弟のミハイルと変わらない美人なのに。
 弟より怖い。
 結婚を許してもらえたはずなのに、何故か謝ってしまう。

「す、すみません……」
「この野郎、クソ坊主! お前、結婚の挨拶から顔出さないじゃねーか? あのウイスキーぐらいで、弟をやると思ったのか!?」

 今から結婚式を始めるんじゃないのか?
 花嫁を連れて来た、お父さん代わりでしょ。

 困った俺はミハイルに視線をやるが、本人は無言を貫く。
 たぶん、自身を姉のヴィッキーちゃんが、俺へ託すのを待っているのだろう。

 そんな窮地から助けてくれたのは、意外な人物だった。
 
「あの~ アンナちゃんのお母さんですよね?」

 事情をよく知らない親父が、出しゃばってきた。
 当然、ブチギレるヴィッキーちゃん。

「あぁん!? 誰が母親だっ!? あたいはまだピチピチの独身だ! それにこいつはアンナじゃなくて、ミーシャ!」
 顔を真っ赤にして怒鳴るヴィッキーちゃんを見ても、物怖じせず。
 ヘラヘラと笑いながら、頭を下げる親父。
「すみませぇ~ん。知りませんでして……あ、ところで、先ほどの話なんですが。あの『すみ酒』じゃ足りないですよね? 今日は祝いの席ですので、式が終わったら一杯どうですか?」
 まさかとは思ったが、ヴィッキーちゃんの顔つきが、一気に柔らかくなる。
「えぇ、嫌だな~ 琢人くんのお義父さんたら。その酒ってウイスキーですか?」
「もちろんですよ。さすがに『ザ・メッカラン』の60年ものは無理でしたがね。『山々崎やまやまさき』の50年ものなんていかがでしょう?」
「……」

 しばしの沈黙の後。
 長年親代わりをしてきたヴィッキーちゃんだが、可愛い弟を簡単に手放してしまう。

「ほれ、あげる」

 と俺にミハイルを託してくれた。
 酒さえあれば、どうにかなるんだな。

  ※

 ようやく俺の左腕に、辿り着いたミハイル。
 ベールであまり顔は見えないが、それでもエメラルドグリーンの輝きは隠せないようだ。

 俺にしか聞こえないように、耳元でささやく。

「遅れてごめんね……タクト。このドレス……じゃなかったスーツを作るのに、時間がかかって」
「なっ!? じゃ、じゃあ……しばらく会えなかった理由って?」
「うん☆ ずっとこれを作ってたから。ちゃんと間に合わせたくて☆」
 そういうことだったのか。

「でも、俺は……」
 言いかけたところで、ミハイルが俺の唇を人差し指で塞ぐ。
 今気がついたが、手にウェディンググローブをはめている。
「いいじゃん☆ 今日の結婚式は、オレがみんなに相談したから、準備してくれたんだよ? 甘えよう☆」
「みんなって?」
「ここにいる全員だよ。みんな、オレたちの結婚を祝いたいって、用意してくれたの☆ タクトには黙っていたから、ごめんね」

 俺はもう一度、後ろを振り返ってみた。
 みんな嬉しそうに笑っている。
 ミハイルの言ったことが本当なら、ここまで準備するのに相当な時間と、金を使ったはずだ。
 俺たちのために……。


「お~い! もういいか!? さっさと結婚式、やるぞ。新郎新婦?」

 司会席に目をやると、宗像先生がやる気のない顔をして、式のプログラム表を手で叩いていた。
 
 あんな顔をしているけど、先生も俺のために、牧師まで用意してくれた……。
 卒業式を短縮して、結婚式の方を優先してくれたし。
 やっぱり、俺。この高校を選んで良かった。

 愛するミハイルに、友達想いの級友たち。
 それに生徒を一番に、行動してくれる先生。

 みんなありがとう……。
 目頭が熱くなってきたけど、必死にこらえる。
 泣くなら今じゃない。この結婚式が終わってからが良い。

 覚悟を決めて、司会席にいる宗像先生へ向かって叫ぶ。

「すみません! 準備ならもう出来ました! 結婚式を始めてくださいっ!」

 気がつくと、口角が上がっていた。
 すると宗像先生が、眉間に皺を寄せる。

「なんだ? ニヤニヤと笑って気持ち悪い……さっさと式を終わらせろ。私も新宮のお父さんが用意してくれた『山々崎』を早く飲みたいんだ。みんな打ち上げが待ち遠しいんだよっ!」
「……」

 前言撤回、最低な高校でした。
 僕の学歴で、唯一の汚点になります……。
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