483 / 490
第五十七章 男の娘と結納
結婚前のすれ違い
しおりを挟む「よぉ~し、ミーシャ! 今から婚約パーティーだ♪ もつ鍋を作ってくれ! いつもの倍以上なっ!」
「うん! オレ、いっぱい作るよ☆ タクトとねーちゃんのために☆」
どうして、こうなったのだろう……。
あれだけ反対されていたが、ウイスキーの一本で鬼のヴィッキーちゃんは結婚を許してしまった。
むしろ「早くミハイルを連れて行け」「二人はどこで住むんだ?」などと。俺たちを急かしてくる始末。
帰るはずだった俺も、ヴィッキーちゃんによって、リビングへと戻され。
婚約成立の宴会が始まるのであった。
まあヴィクトリアからすれば、早く親父が用意した酒を飲みたいのだろう。
ミハイルがかわいそう……ウイスキーに負けたもん。
※
一時間ほど経ったころ、ヴィッキーちゃんはベロベロに酔っぱらっていた。
ミハイルは俺の隣りに座って、鍋をつつく。
「タクト? おかわり、いる?」
「いや……もういいよ」
ヴィクトリアに無理やり、食べさせられたからな。
腹が痛い。
「うぇ~ お前ら、幸せになれよぉ~ 不幸になったらぶっ飛ばすからな……タクト」
どちらにしろ、このお姉さんは俺をぶっ飛ばすつもりなんだろ。
だが弟のミハイルは、嬉しそうに微笑んでいる。
「ふふ、ねーちゃん。うれしそう。ここ最近、元気なかったもん。やっぱりあれかな? タクトが来てくれたからじゃない?」
と上目遣いで話しかけてくる。
「まあ……安心してくれたのかもな」
「そうだね☆ これでタクトと安心して、結婚式をあげられるね☆」
ん? 今ミハイルのやつ、変なことを言っていなかったか?
結婚式を挙げる……冗談だろ。
「あ、タクトさ。今のオレ、どう思う?」
そう言って、自身の短い髪を触る。
「え? 別に良いんじゃないか? ショートも似合っていると思うぞ」
「そ、そう意味じゃないよっ! 長い髪に戻した方がいいかなってこと!」
いきなりなんだ? そりゃポニーテールの頃も好きだったが……。
まあ長い髪の方が、今後も女装しやすいよな。
そういう意味なのか。
「う~む。俺としては正直、どちらでもいいかな。確かにミハイルのイメージって、ポニーテールだったが。ケンカして短く切った時は驚いたけど……今じゃその髪型もカワイイって思うぞ」
俺の答えに、顔を真っ赤にして怒り始めるミハイル。
「ち、違うよっ! そういうことじゃないじゃん! 結婚式を挙げるなら、ウェディングドレスを着るでしょ? なら長くした方が似合うじゃん!?」
「……は?」
ちょっと待てよ。
結婚式、ウェディングドレスだと?
一体、ミハイルのやつ何を言っているんだ。
俺たちは男同士、法的に認められるかは別として。
同性婚なのだから、ウェディングドレスなんて必要ないだろ。
それに……俺は結婚式なんて考えていない。
頭を整理し終えたところで、彼に自身の気持ちを伝える。
「ミハイル、勘違いしているぞ。俺は結婚したいとは言ったが……結婚式を挙げるつもりはないぞ? 告白の時と同じく。二人の中で誓約を立てれば、それでいいんだ」
そう言うと、彼はこの世の終わりのような顔で、俺を見つめる。
「ウソ……? 結婚式しないの?」
「ああ、する必要ないだろ。俺たち二人だけの問題だ」
「じゃあ、タクトは……オレがウェディングドレスを着ているところ、見たくないの?」
「どういうことだ? ドレスってことは、女が着るものだろ? つまりアンナになって、ドレスを着るのか? それなら式を挙げる必要性あるか。別にコスプレでも良いだろ」
「……」
うつむいて、黙りこんでしまうミハイル。
「俺はミハイルと結婚するんだ。男ならウェディングドレスは、着られないんじゃないのか? したことないから、よくわからんが……」
「……カッ」
ぽつりと小さな声で、何かを呟くミハイル。
「は?」
急に顔を上げたと思ったら、顔を真っ赤にして叫ぶ。
「タクトのバカッ! 結婚したいって言ってくれたから、楽しみにしてたのにっ!」
「え……?」
「タクトなら、見たいって言ってくれると思ってたのに。オレがバカだったよ!」
「ちょっと待て……一体どういう意味……」
言いかけている際中で、彼に遮られる。
「もういい! この話は終わりっ!」
「……」
それ以来、ミハイルが結婚式やドレスの話をすることはなかった。
※
いざ結婚が決まり、甘々なカップルの生活が待っていると思ったが。
そんな暇は、全然ない。
毎日新しい生活に、慣れるので精一杯だ。
俺はBL編集部で倉石さんと一緒に、色んな会議や作家さんとの打ち合わせ。
たまに本屋へ顔を出して、BLコーナー担当の女性スタッフに自己紹介したり……。
バイトとは思えないぐらい忙しい毎日。
色んな人間の顔を覚えるのに苦労する。
ヘトヘトになって、帰宅したころ。一ツ橋高校のレポートを作成する。
他にも新しく転生した小説家、『古賀 アンナ』として、BL作品の原稿も仕上げ。
動画で話題になったことで、編集部からインタビューを受け、エッセイを書いたり。
恋人のミハイルとデートすることは、なかなか実現できなかった。
別に結婚式の話で、仲が悪くなったわけじゃない。
彼自身も今後のために、仕事をするようになったから、忙しいのだ。
宗像先生が出資して、オープンしたオーガニック専門のカフェ。
店長は見た目がシャブ中の売人みたいなおじさん。
夜臼 太一先輩だ。
ちなみに一ツ橋高校に在籍してるので、アラフォーだが現役男子高校生。
その夜臼先輩が経営するカフェで、ミハイルは働くことになった。
主に先輩が仕入れてきたオーガニック食品で、スイーツやコーヒーなどを販売している。
身体にも優しく太りにくいと主婦層に、人気のあるショップ。
そんな毎日を送っていると、あっという間に一年が過ぎてしまう。
ミハイルとも会えない日々が続いている。
寂しいが今は未来のため、がむしゃらになって働くべきだと、自分に言い聞かせている。
まあ、唯一会えると言ったら、一ツ橋高校のスクリーングなのだが……。
ここ数ヶ月は、俺の仕事が土日も入っており、遅刻や欠席が多い。
だがある日、編集部で雑務をこなしていると、倉石さんに呼び止められた。
「琢人くん。あなた、そろそろ受験勉強は大丈夫なの?」
あ、ヤベっ……すっかり忘れていた。
「えっと、まだ何もしてないです……」
「はぁ……それじゃ正社員になれないでしょ? 今日はもういいから、学校の先生と相談してきなさい」
「すみません、お疲れ様です」
編集部を出ると、そのまま天神経由で、一ツ橋高校がある赤井駅へと向かう。
今の俺は、高校生と思えない姿をしている。
自分で買った紳士服に革靴。頭はポマードでセットしたビジネスマン……。
まあ倉石さんに言われて、やっているに過ぎないけど。
~40分後~
久しぶりに見た長い坂道、通称心臓破りの地獄ロードは、どこか小さく見えた。
あんなにキツいと嫌がったこの坂道でさえ、懐かしさを感じる。
この一年、駆け足で過ごしてきたからかもしれない。
校舎が見えて来たところで、裏口に入る。
一ツ橋高校の玄関をくぐると、すぐに下駄箱が見えた。
上履きに履き替えて、階段を登った先。右手に小さな扉がある。
ここが一ツ橋高校の事務所だ。
ドアノブを回そうとした瞬間。
反対側で誰かが、扉を開く。
「「あ」」
目の前に立っていたのは、ポニーテールの美少女……ではなく、男のミハイルだ。
ちょっと見ないうちに、髪型が変わっている。
以前より、もっと髪が長く伸びていた。
事務所の入口で、お互い見つめあって、固まること数秒。
最初に話しかけてきたのは、ミハイルからだ。
「そ、その……タクト。久しぶりだね☆ 元気にしてた?」
「おお……元気だったさ。忙しくてな。いつもスクリーング、ひとりで寂しくないか?」
「うん、寂しいけど。我慢できるよ☆ あと、もう少しで卒業だし……」
「そうか。実は今日、ちょっと宗像先生に用があってさ。それで寄ったんだ」
俺がそう言うと、ミハイルはどこか寂しそうな顔をする。
「だと思った」
「悪いな。先生は今、事務所にいるか?」
「うん、いるよ☆ 奥でいつもみたいにコーヒーを飲んでいる。じゃあオレはお邪魔だから……」
そう言うと、彼は俺に背を向ける。
きっと、無理しているんだろう。
この小さな背中をすぐにでも、抱きしめてやりたいたんだが……。
今はダメだ。
でも、その代わりに。
「待てミハイル!」
「え?」
「その……今の髪型、似合っているよ。すごく」
たった一言だというのに、一気に顔色が明るくなり、嬉しそうに微笑む。
「ホント? ふふ、タクトはショートが好きかと思ってたから、不安だったんだ」
俺はその笑顔を見て、決意した。
大学の受験なんてさっさと片づけて、ずっとこいつのそばにいることを。
0
お気に入りに追加
38
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
女装とメス調教をさせられ、担任だった教師の亡くなった奥さんの代わりをさせられる元教え子の男
湊戸アサギリ
BL
また女装メス調教です。見ていただきありがとうございます。
何も知らない息子視点です。今回はエロ無しです。他の作品もよろしくお願いします。
男子中学生から女子校生になった僕
葵
大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。
普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。
強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!
女子に間違えられました、、
夜碧ひな
青春
1:文化祭で女装コンテストに強制的に出場させられた有川 日向。コンテスト終了後、日向を可愛い女子だと間違えた1年先輩の朝日 滉太から告白を受ける。猛アピールをしてくる滉太に仕方なくOKしてしまう日向。
果たして2人の運命とは?
2:そこから数ヶ月。また新たなスタートをきった日向たち。が、そこに新たな人物が!?
そして周りの人物達が引き起こすハチャメチャストーリーとは!
ちょっと不思議なヒューマンラブコメディー。
※この物語はフィクション作品です。個名、団体などは現実世界において一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる