上 下
472 / 490
第五十五章 打ち切り

愛の進学コース

しおりを挟む

「琢人くん、作品名なんだけど。もうこちらで勝手に決めているんだけど。いいかしら?」
「まあ、いいですけど」
「シンプルに『タクトくんとミハイルくん』がいいと思うの♪」

 まんまやないか。
 ていうか、本名が使われるのか……。
 しかし、あの動画で名前はバレてるし、いいか。

「わかりました。大丈夫です」
「ホント? 良かったぁ♪ あとね、ペンネームも改名しようと思うの。さすがにBL作家が、DO・助兵衛じゃ下品だもの」
 名前まで変えられるのか。
 ていうかBLもある意味、下品な部類では?

「じゃあ、どういう名前なら良いんですか?」
「実はそれも前から、考えているのよ~ 今回の作品は二人の日常を、赤裸々に描く本物のBL小説でしょ? だから、古賀 アンナというペンネームがぴったりよっ♪」
 それを聞いて、俺は大量の唾を吹き出す。

「ブフッーーー!」
 まさか……俺に女装させるつもりか?

「偽りでもアンナちゃんは、二人が作り上げた愛の原形でしょ? もったいないと思うの、このまま捨てるには……。琢人くん自身が告白の時、『男のミハイルが良いと』断言してしまったし」
「確かにそうですが……なぜ俺がアンナの名前を継ぐのですか?」
「だってほら、今回はミハイルくんからもしっかり許可を得て、二人のおせっせを描くからさ。つまり共同ペンネームね♪」
「なるほど……俺たちの名前ってことですか」

 それなら、良いかもな。
 アンナという美少女は、今後リアルでも会うことは無いかもしれない。
 俺としても、寂しく感じていたところだ。
 思い出として、彼女の名前を使うってのも一つの手だな。


「ところで、琢人くん。話は変わるのだけど、あなたこの前、交通事故を起こしたんでしょ?」
「ええ、どうしてそれを知っているんですか?」
「ガッネーから、話を聞いたのよ」
「そうですか……それがどうしたんです?」
 俺がそう問いかけると、倉石さんの目つきが鋭くなる。

「琢人くんって、今も新聞配達をやれてるの?」
 ギクッ! 全てを見透かされているような気がした。

「いえ……あの事故が原因で、クビになりました……」
「やっぱりね。じゃあ、尚のことお金が必要でしょ?」
「はい、おっしゃる通りです……」

 その場でうなだれる俺を見て、倉石さんはローテーブルの上に、1枚の書類を置く。

「琢人くんがいくら人気作家でも、すぐにお金は払えないわ。だけどうちで雇うことなら、出来るわよ」
「へ?」
 俺は耳を疑った。

「将来、有望なBL作家をこんなところで潰したくないの。だから、うちの編集部でバイトとして、雇ってあげる」
「マジですか!?」
「ええ、やる事は私のお手伝いぐらいしか無いけど……」

 渡りに船とは、このことだ!
 バイトでもありがたい。

「じゃあ、よろしくお願いいたします! 何でもやらせてください!」

 そう言って契約書に、サインを書こうとしたら、倉石さんに釘を刺される。

「いいの? そこに琢人くんの名前を書けば、片道切符よ?」
「どういう意味ですか?」
「あなたには、将来ここの正社員になってもらいたいの」
「しゃ、社員ですか?」
「ええ……いくら売れている作家でも、不安定な職業でしょ? だから兼業作家でいてほしいの。社員になれば、安定した収入で暮らしていけるじゃない」
「なるほど……」
 倉石さんの説明を聞いて、理解したと思った俺はボールペンに手を取るが……。
 ビシッと平手で叩かれてしまう。

「話はまだ終わってないわよ。社員になるためには、最低限の資格が必要なの。採用基準は簡単、大卒よ。つまり、琢人くんはまだ高校生だけど。卒業後には大学へ進学してもらうわ!」
「え……俺、進学するつもりなんて、無いですよ?」

 いきなり大卒の資格がいると聞いて、持っていたボールペンを手放す。
 冗談じゃない。
 あんなバカ高校でも、辞めようかと迷っていたのに……。

「琢人くん! あなただけの問題じゃないでしょ? 愛するミハイルくんのために、大学ぐらい出なさい。たった4年頑張れば、正社員になれるのだから!」
「でも……」
「じゃあ、可愛いミハイルくんを大学に行かせる? あなたはそれでいいの!?」
 おバカなミハイルじゃ、入試試験で挫折するだろうな。
 仕方ない。覚悟を決めるか……。

「わかりました。高校を無事に卒業したら、大学を目指します! どんなアホ大学でも良いんですよね?」
「ええ、いいわよ~ 大卒じゃないと給料も安いしね♪」

 はぁ……結婚が決まって、浮かれていたけど。
 高校が終わっても、またガッコウか。

  ※

 晴れて俺はBL編集部から、古賀 アンナとしてデビューが決まり。
 また倉石さんにバイトで雇ってもらうことになった。
 当分、金の心配は無いだろう。
 高校を卒業するまでは……。

 各書類に、自身の名前を書いたことで全て契約が成立した。

「嬉しいわぁ~ 琢人くんがうちの編集部に来てくれてぇ~♪」
「ははは……よろしくお願いいたします」
「そんなに固くならないでよ~ もう人気者でしょ? アンナ先生は♪」
「……」
 これから、そう呼ばれると思うと辛いな。

 応接室から出ると、倉石さんが編集部にいた女性陣を集める。

「みんな~! 聞いてぇ、琢人くん……いや古賀 アンナ先生が、今日からうちで連載することになったから、仲良くしてねぇ!」

「「「は~い♪」」」

 誰も俺が、アンナという名前に違和感を持つことなく、受け入れてくれる。
 むしろ、男としては見てくれない。

 たくさんの女性に囲まれて。

「アンナちゃんは、ここのデスク使って」
「お菓子とか好き?」
「こっそりでいいから、ミハイルくんのキス。味を教えて欲しいな♪」

 などと、完全に女子会のノリになっている。

  ※

 とりあえず、今日は特に仕事がないので。
 また改めてプロットや設定を、書いて来て欲しいと倉石さんに頼まれた。
 それとは別に、BL編集部が刊行している雑誌でエッセイを書いて欲しいと頼まれた。
 例の動画騒ぎで、腐女子の人たちが興味津々らしい。主に俺の恋愛観など。

 忙しくなりそうだ……。

 帰り際、倉石さんに声をかけられる。

「あ、待って。琢人くん!」
「へ?」

 振り返ると、大きな紙袋が目に入った。
 どこかで見たことがあるような……。

「これ、持って帰って」
「なんです、それ?」
「ガッネーから頼まれてね。預かっていたのよ」
「白金から?」
「私も中身は知らないわ。でも琢人くんには大事なものだって……。ちょっと前に『私に何かあったら』って深刻な顔して持ってきたのよ。きっと“気にヤン”の連載に不安を感じていたんじゃないかしら?」

 まさかっ!? これは赤坂 ひなたの家に宿泊した時、パパさんから頂いた300万円。
 白金のやつ……俺がアンナの正体を告白した時から、ちゃんと後のことを考えていたのか。
 だから、倉石さんに預けていたのか。
 クソッ……ロリババアのくせして、らしくないことしやがる。

「思い出しました。確かに俺が白金に預けたものです……」
「やっぱりそうなの? じゃあ返しておくわね♪」

 紙袋を受け取ると、俺はエレベーターへ乗り込んだ。

 目頭が熱い。
 あんな別れ方になったけど……白金。
 今までありがとう。

 でも一応、現金の状態が気になって、紙袋の中身を確認する。
『赤坂饅頭』という和菓子の箱が3つ入っていた。
 ひなたパパは、俺を婿養子にしたかったからな……。
 箱の蓋を開けると、福沢諭吉の上にメモ紙が入っていた。

『DOセンセイへ。ホストクラブで遊んだら、30万円ぐらい使っちゃいました。なので、今や人気作家のDOセンセイなら安いと思い。ひなたパパに返す時は、ご自身で補填されてくださいな♪』

 メモ紙をグシャグシャにして、俺は叫んだ。

「あんのロリババアーーー!!!」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お兄ちゃんは今日からいもうと!

沼米 さくら
ライト文芸
 大倉京介、十八歳、高卒。女子小学生始めました。  親の再婚で新しくできた妹。けれど、彼女のせいで僕は、体はそのまま、他者から「女子小学生」と認識されるようになってしまった。  トイレに行けないからおもらししちゃったり、おむつをさせられたり、友達を作ったり。  身の回りで少しずつ不可思議な出来事が巻き起こっていくなか、僕は少女に染まっていく。  果たして男に戻る日はやってくるのだろうか。  強制女児女装万歳。  毎週木曜と日曜更新です。

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

ニューハーフな生活

フロイライン
恋愛
東京で浪人生活を送るユキこと西村幸洋は、ニューハーフの店でアルバイトを始めるが

ずっと女の子になりたかった 男の娘の私

ムーワ
BL
幼少期からどことなく男の服装をして学校に通っているのに違和感を感じていた主人公のヒデキ。 ヒデキは同級生の女の子が履いているスカートが自分でも履きたくて仕方がなかったが、母親はいつもズボンばかりでスカートは買ってくれなかった。 そんなヒデキの幼少期から大人になるまでの成長を描いたLGBT(ジェンダーレス作品)です。

二十歳の同人女子と十七歳の女装男子

クナリ
恋愛
同人誌でマンガを描いている三織は、二十歳の大学生。 ある日、一人の男子高校生と出会い、危ないところを助けられる。 後日、友人と一緒にある女装コンカフェに行ってみると、そこにはあの男子高校生、壮弥が女装して働いていた。 しかも彼は、三織のマンガのファンだという。 思わぬ出会いをした同人作家と読者だったが、三織を大切にしながら世話を焼いてくれる壮弥に、「女装していても男は男。安全のため、警戒を緩めてはいけません」と忠告されつつも、だんだんと三織は心を惹かれていく。 自己評価の低い三織は、壮弥の迷惑になるからと具体的な行動まではなかなか起こせずにいたが、やがて二人の関係はただの作家と読者のものとは変わっていった。

歩みだした男の娘

かきこき太郎
ライト文芸
男子大学生の君島海人は日々悩んでいた。変わりたい一心で上京してきたにもかかわらず、変わらない生活を送り続けていた。そんなある日、とある動画サイトで見た動画で彼の心に触れるものが生まれる。 それは、女装だった。男である自分が女性のふりをすることに変化ができるとかすかに希望を感じていた。 女装を続けある日、外出女装に出てみた深夜、一人の女子高生と出会う。彼女との出会いは運命なのか、まだわからないが彼女は女装をする人が大好物なのであった。

カジュアルセックスチェンジ

フロイライン
恋愛
一流企業に勤める吉岡智は、ふとした事からニューハーフとして生きることとなり、順風満帆だった人生が大幅に狂い出す。

おじさんとショタと、たまに女装

味噌村 幸太郎
恋愛
 キャッチコピー 「もう、男の子(娘)じゃないと興奮できない……」  アラサーで独身男性の黒崎 翔は、エロマンガ原作者で貧乏人。  ある日、住んでいるアパートの隣りに、美人で優しい巨乳の人妻が引っ越してきた。  同い年ということもあって、仲良くなれそうだと思ったら……。  黒猫のような小動物に遮られる。 「母ちゃんを、おかずにすんなよ!」  そう叫ぶのは、その人妻よりもかなり背の低い少女。  肌が小麦色に焼けていて、艶のあるショートヘア。  それよりも象徴的なのは、その大きな瞳。  ピンク色のワンピースを着ているし、てっきり女の子だと思ったら……。  母親である人妻が「こぉら、航太」と注意する。    その名前に衝撃を覚える翔、そして母親を守ろうと敵視する航太。  すれ違いから始まる、日常系ラブコメ。 (女装は少なめかもしれません……)

処理中です...