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第五十四章 最後の取材

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 ばーちゃんが妹のやおいを、連れてきてくれたおかげで、アンナはご機嫌だった。
 抱っこしても嫌がらないから、離したくないと。ずっとやおいを嬉しそうに抱きかかえる。

「いい子だねぇ~ やおいちゃん☆」
「う~ 攻め!」
 
 ふたりを嬉しそうに眺めるばーちゃん。
「アンナちゃんは本当に良いお嫁さんになるわよ。タッちゃん、そろそろ決めたらどうなの?」
「それは……」
 ここで答えられるかよ。

 20分ほど抱っこしても、満足できないアンナだったが。
 やおいの方が限界みたいだ。
 どうやら眠たいようで、泣き始める。

 アンナは慌てて、ばーちゃんにやおいを手渡す。
「あらら、やおいちゃん。おねむなの? じゃあ音楽を聴きながら帰りましょ」
 慣れた手つきで、やおいをベビーカーの中に寝かせると。
 ハンドバッグからスマホを取り出す。
 するとベビーカーの持ち手につけられた、小さなスピーカーから、男の声が聞こえてきた。

『なっ! お兄ちゃん、ダメだよ! 彼女がいるくせに……』
『あれはお前へのあてつけだ。嫉妬させるためにな』

 なんだ、急に男性声優の喘ぎ声が聞こえてきたぞ。

『んぐっ……お兄ちゃんも、僕を好きだったの?』
『聞くまでもないだろ? さ、始めよう』
『はあっ、はあっ……お、お兄ちゃーーーん!』

 ばーちゃんが用意したBLのCDか。
 なんてものを、公共の場で流しているんだ……と思った瞬間。
 あることに気がつく。

「すぅ……すぅ……」

 やおいが泣き止んでいる。
 しかも、気持ちよさそうな顔で寝ていた。

「うんうん、やっぱり寝る時はこれが一番ね。タッちゃんの時と同じ♪」

 え? 俺もあんなことされてたの?
 劣悪な環境に絶句していると。
 ばーちゃんは平気な顔をして「じゃあ、二人ともまたね」と手を振る。

「あ、ああ……」
「はい☆ また抱っこさせてください☆」

 早めに妹をばーちゃんから、離した方が良くないか。

  ※

 恐ろしい光景を見てしまったが、アンナの機嫌は良くなったし。
 ずっとニコニコ笑ってくれる。
 ならば、良しとしよう。

「アンナ、今からどこに行きたい?」
「んとね。夢の国のストアに行きたいな☆」
「了解した」


 それからはいつものアンナらしく、大好きなキャラクターグッズを見たり、ペアで着られるTシャツを買ったり、一つのアイスを二人で分けて食べたり……と。
 とてもデートらしい、一日を過ごせた。
 夕暮れになるまで、たくさん遊ぶことが出来た。


「はぁ、もう夕方か……なんか時間が経つの、早すぎるよぉ」
 と頬を膨らませるアンナ。
「それだけ、楽しい一日だったってことだろ。良いことじゃないか」
「うん☆ 今日がタッくんとしてきた取材のなかで、一番楽しかったかも☆」
「そうか。それは良かった……」

 彼女が発した一言で、俺は笑みが失せてしまう。
 決めていたからだ……今日が最後だと。

「なあ、アンナ。実はその取材の件で話したいことがあるんだ」
「え? 取材のことで?」
 どうやら、俺の緊張が伝わったようで、彼女も顔が強張ってしまう。
「そうだ。俺たちにとって、とても大切なことだ。少し落ち着いた場所で話がしたい」
「うん……」
「1年前にも行った場所だが、博多川で良いか?」

 俺の問いに彼女は答えることなく、黙って頷く。
 少し強引だが、俺はアンナの手を掴むと、カナルシティから出てすぐ見える川。
 博多川へと向かう。

 小さな横断歩道を渡れば、すぐだ。

 人気のない大きな川に、ベンチが2つほど並んで設置されている。
 誰も座っていなかったので、アンナに座るよう促す。

 二人して、肩を並べ。対岸にズラーッと並び立つラブホテルに目を向ける。
 別に見たいからではない。
 今は彼女の顔を見ることができないからだ。
 緊張して、すぐには思っていることを口に出せない。

 でも、俺から言わないと。

「あ、アンナ……実は、今日の取材で最後にしたいと思っているんだ」
「最後って取材を? どうして? まだ小説は終わってないでしょ?」

 急に不安に駆られたようで、すかさず俺の右手を握るアンナ。
 彼女に触れられて、俺も決心できた。
 ようやく、彼女の瞳を。二つのエメラルドグリーンを見つめられる。

「その通りだ、小説は終わっていない。だが、もうそろそろ。この関係にも無理が生じている……そう感じるんだ」
「ど、どういうこと?」
「俺の気持ちの変化だ……アンナも知っている通り、ついこの間まで。俺は生死に関わるような事故を起こしてしまった。これは自分の気持ちを偽っていたからなんだ」
「タッくんが?」

 深呼吸をしたあと、俺は彼女の両手を掴んで、持ち上げる。

「いいか? 今から言うことは俺の本音だ。何も一切、嘘はつかない。ひょっとしたら、アンナを傷つける可能性もある。それでも話を聞いてくれるか?」
「……」
 まだ何も言っていないが、アンナには俺の緊張が伝わっているようで。
 肩が震えていた。

 しばらく黙っていたが、彼女の小さな唇が微かに動く。

「い、いいよ……話して」

 アンナから許可をもらえて、俺の身体に衝撃が走る。
 心臓はバクバクとうるさいし気分が悪い。
 手から汗がにじみ出て、彼女の手を湿らせてしまう。

 でも、ここでやらないとまた俺は……。

「俺が……一ツ橋高校に入学したのは、恋愛を取材するためだ。そんな時にミハイルが、アンナを紹介してくれて。とても楽しい体験が出来た。生まれて初めてだと思う。こんなに濃い一年は」
「うん」
「これからもずっと続くと思いたかった。でも、もう無理なんだ。アンナとの取材も出来ないほど、俺はダメになってしまった。その原因なんだが……ある人を好きになってしまったからなんだ」

 言い切ったと思った直後、後悔してしまう。
 目の前にある、美しい瞳に涙が浮かんでいるからだ。

「それって……取材した子たちの誰かなの?」
「いや、違う人だ」
「じゃあ、アンナは?」
「悪いが違う。俺が好きになった人は、ここにはいない」

 デートに連れてきて、色々と考えた上で機嫌も良くしたのに。
 いい思い出にしたかったけど。
 こればかりは、彼女に伝えておかないと。

「……じゃあ、一年前に約束した『報酬』は? アンナのことを気に入ったら、ホントのカノジョにしてくれるって」
「本当に申し訳ないが、その報酬も無理だ」
「うわぁん!」

 その場で泣き崩れるアンナ。
 俺も見ていて、胸が引き裂かれる思いだった。

 だが、ここまでは予想通りの反応だ。
 計画通りに事が進んでいる。

 パニックに陥っているアンナから、視線を逸らして、川を眺める。

「こんな酷いことをして、本当に悪いと思っている……でも、その相手なんだが。実はアンナが知っている人でな。いや一番近しい人間だと思っている。アンナにも必要な存在だ。名前だけでも聞いてくれないか?」

 と視線を彼女に戻したら、誰もいない。

「あ、あれ? アンナ!? どこだ!」

 慌ててベンチから立ち上がり、辺りを見回す。
 気がつけば、周りはカップルだらけ。
 みんなイチャついていた。

 だが、今はそんなこと、どうでもいい。

「アンナぁ! どこだっ! まだ話は終わってないぞっ!」

 そう叫んでも、反応は無い。
 代わりに知らない男が、話しかけてきた。
 隣りのベンチに座っていたカップルの彼氏。

「あの……」
「なんだっ!? 今俺は人生で、最大の告白をしようとしているんだぞっ!」
「隣りで聞いていたんで、そうかなって……。彼女さん、たぶん博多駅方面に走っていきましたよ?」

 ファッ!?
 あのタイミングで、普通逃げるかね?

「すまんな! 礼を言う!」

 ベンチから飛び出ると、はかた駅前通りを全速力で走る。
 大勢の人で賑わっているため、この中からアンナを見つけるのは困難だ。
 
 クソッ! しくじった!
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