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第五十四章 最後の取材

BLの血

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 疑心暗鬼に陥ってしまったアンナ。
 俺が何を言っても、信じてくれない。

 良かれと思ってやったことが、全て裏目に出てしまう。
 プリクラの撮影タイムに入っても、彼女は暗い顔のままで、カメラに目線も合わせてくれない。
 俺だけがひとり、笑顔でピースしたり。明るくポーズをとってみたが……。

 出来上がった写真を確認すると、引きつった笑顔の俺と幽霊みたいなアンナが映っていた。

「……」

 彼女を元気にさせるはずが、更に落ち込ませてしまった。
 どうしてこうなる?

  ※

 もう一度、撮りなおす勇気は無かったので、昼めしを食べることにした。
 一年前と同じく、ハンバーガーショップの『キャンディーズバーガー』を選んだ。

 店内に入っても、アンナはどこか上の空。
 視線はずっと床に落ちている。

「なあ……アンナ。ハンバーガーは何がいい?」
「タッくんのと同じでいいよ」
「そうか」

 大好きな食事でもダメなのか。
 一体、どうやったらアンナは元気になってくれるんだろう。


 最初のデートと同じく、BBQバーガーセットを二つ頼んだ。
 飲み物だけは好みがあるので、アイスコーヒーとカフェオレにしたが。

 対面式のテーブルにトレーを運び、アンナを座らせる。

「さ、食べよう」
「うん……」

 そうは言ってくれたがいつものように食べてくれない。
 小さなポテトを片手に、ちまちまとリスみたいにかじる。
 ポテト一本に、どれだけ時間をかけているんだってぐらい遅い。

「タッくん、あのね。アンナ、タッくんが入院している間、ずっと小説を読んでいたの」
 急に口を開いたと思えば、まさかの文学少女になったのか?
「そうなのか? 何を読んでいるんだ?」
「“気にヤン”だよ、タッくんが書いている」
「俺のを!? どうして? マンガ版が良かったんじゃないのか?」

 アンナのイラストが、ギャルのここあに変えられているからだ。
 絵師のトマトさんのせいで。

「そうだったんだけど。やっぱりタッくんが真面目に頑張って書いた生の文章を読んでみたかったの。宗像先生から会うことも話すことも禁止されてたから、寂しくて……。気がついたら、タッくんの小説を手に取ってた」
「なるほど……それで、どうだった?」
「1巻は楽しく読めたよ。でも、マリアちゃんが登場する4巻は……。読んでいるうちにすごい女の子だなって。そう感じたの」
「マリアが?」
「うん。タッくんのために、命をかけてアメリカへ行って。タッくん好みの身体に一生懸命、矯正して。頭も良いから飛び級で大学卒業。アパレルブランドまで立ち上げて……アンナじゃ絶対できないと思った。完璧な女の子だから、タッくんに相応しいのかなって」

 いかん、アンナのやつ。すっかり自信を失っている。
 多分、俺の入院生活が原因だろう。
 離れていた時間が長かったから……。

 やはり、俺もこいつも、互いに必要な存在なんだ。
 だったら、話は早い。
 パートナーである俺が、彼女をフォローするだけだ!

「アンナ! 聞いてくれ!」
「え……」
「俺にはマリアより、アンナの方が……いや、誰よりも輝いて見える」
「アンナが?」
「そうだ。さっき、お前はマリアのことを完璧だと表現した。しかし、それは絶対に無いと断言しよう」
「ど、どうして?」

 その問いに、俺はハッキリ答えてみせる。

「あいつは、料理がめっちゃ下手だっ!」
「お料理が? ウソでしょ? あんなに頭が良いのに」
「いや、本当だ! 目玉焼きしか作れない女だ! 弁当箱に白米をぶち込んで、4つも目玉焼きを並べていたほどにな。食い過ぎて気持ち悪かったぞ」
「ふ、ふふっ」

 これにはアンナも笑ってしまう。

「あとな、ファッションも結構ダサい」
「え、でもアパレルブランドの社長だから、気を使っているんじゃ……」
「それも無い。自身の販売サイトで人気なものだけ、着ているから年中、同じ服しか着ない。それに比べたら、アンナは四季折々の色を取り入れたファッションで、俺を楽しませてくれるだろ」
「うん……ぷっ! ごめん、なんか笑っちゃって……ふふっ」

 マリアには悪いが、彼女の弱点を話すことにより、アンナの自信は少し回復したようだ。
 料理が下手と表現したことが、かなりツボに入ったようで、しばらく爆笑していた。

「なんだかいっぱい笑ったら、お腹すいちゃった☆」
「おお、良いことじゃないか! たくさん、食べてくれ!」
「ありがと☆ じゃあ……とりあえず、シュリンプバーガーとてりやきバーガー。あとチキンバーガー。キャンディーズバーガーのダブルを追加で注文していいかな☆」
 見事、普段のアンナに戻れたようだ。
 大食いグランプリの始まりだ。
「了解した……」
 席から立ち上がって、カウンターへ向かおうとしたその時だった。

「待って、タッくん!」
「へ?」
「じゃがバタ味のポテトのLと、フライドチキンもお願い。それから、抹茶フロートも☆」
「お、おう……」

 お姫様が完全復活なされた。

  ※

 注文したメニューを一つも残さず、完食したアンナは満足そうだった。

「はぁ~ 美味しかった☆ タッくんと食べるご飯は幸せだな☆」
「そうか……それは良かった」

 アンナが一人で食べていたけどな。

 ハンバーガーショップを出た瞬間。
 目の前に立っていた老婆が、俺たちを見て叫ぶ。

「タッちゃんじゃない!」

 着物姿の老婆がベビーカーを押している。

「ばーちゃん? なんでここに?」
「だって、おばあちゃん家から近いものカナルシティ。やおいちゃんのお散歩に来ているのよ」
「え……」

 ベビーカーの中を覗くと、一人の赤ん坊が指を咥えて、こちらをじっと見つめている。
 なんというか、ふてぶてしい態度で可愛くない。
 これが俺の妹なのか?

 とりあえず、挨拶だけはしておくか。

「よう。俺がお前のお兄ちゃんだ。これからよろしくな」
「……」

 もちろん、言葉を交わすことは無いが。
 ばーちゃんとの接し方から、家族だと認識したみたいだ。

「う~ う~」

 小さな指を俺に向けて、何かを伝えたいようだ。

「どうした? 俺の名前は琢人だが、お兄ちゃんと呼んでも構わんぞ?」
「う……うけ! うけ!」
「なんだって?」
「受け! 受け!」

 誰が受けだ。
 お前のお兄ちゃんは、バリバリの攻めだ。


 そんなことしている間、ばーちゃんはすかさずアンナに近寄る。

「あらぁ! アンナちゃんじゃない! 今日も可愛いわね♪」
「い、いえ……あ、お着物、ありがとうございました☆」
「良いのよ~ そうだわ。今度は花火大会に向けて、浴衣を送ってもいいかしら?」
「そ、そんな頂けません」
「大丈夫よ。気にしなくても、アンナちゃんはもう家族みたいなものじゃない♪」
 グイグイ距離を詰めるばーちゃんに、さすがのアンナもたじろぐ。

 だが、アンナの興味は別にあったようで、ばーちゃんに質問する。
「あ、あの子。やおいちゃんって、タッくんの親戚ですか?」
「あら? 聞いてなかったの? 妹よ」
「え!? タッくんのお母さまって、妊娠されていたんですか!?」
「そうなのよ~ 大変だったわ……だから今中洲の家で休んでいるの。やおいちゃんと一緒に」
「へぇ……でも、なんかそう言われたら、やおいちゃんって。タッくんに似ている気がします☆」

 ウソ? こんなふてぶてしい赤ん坊が?
 それに生まれて数ヶ月なのに、兄貴を受け認定しやがった。

「わかる? さすがアンナちゃん! 良かったら抱っこしてあげて」
「え、良いんですか☆」

 なんだか知らんが、女性陣? で話が盛り上がっていた。
 ばーちゃんに頼まれて、ベビーカーからやおいを抱きあげる。
 思ったより軽いな。

 両手を広げて嬉しそうに笑うアンナへ、赤ん坊を手渡す。
 優しく包み込むように抱っこしてみせるアンナ。

 その姿はまるで聖母だ。
 ばーちゃんもアンナを見て、驚いていた。

「あらぁ~ 抱っこが上手ねぇ~ 良いお母さんになるわよ」
 一生無理なので、期待しないでね。

「カワイイ~☆ 小さなタッくんを抱っこしているみたい☆ 一日中、抱っこしたいな☆」
 満面の笑みで、やおいに頬ずりするアンナ。
 参ったな……生後間もない妹に救われるとは。

 しかし、母さんやばーちゃんの血を、受け継いでいる妹だ。
 そこらの赤ん坊とは、次元が違う。
 アンナを指さして、必死に唇をパクパクと動かす。

「せ……せめ! せめ!」
「お喋りしてくれるの? 嬉しいな☆」

 お兄ちゃんの大事な人だから、やめてあげてね。
 あと、そっちは攻めじゃない。
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