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第五十四章 最後の取材

それでも、ノンケだと言い張る男

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「俺はノンケだ……間違いなくノーマルで、天才な男」

 ひとり、天井を見上げながら、呟く。
 もう病院の個室ではない。

 我が家に無事、帰宅できたのだ。
 その証拠に自室の天井は、入院前と変わらず、ミハイルの写真で覆われていた。
 どこに目をやっても、必ず男のミハイルがいる。

 しかし、敢えて言おう。

「ノンケだ!」

 と天井に向かって叫ぶ。

 宗像先生から教わった……。
 俺が誰を一番好きかということ。至ってシンプルな話だ。
 一方で先生は、俺がゲイを否定している事も考慮した上で。
 世間体など気にするな、と言いたかったのだと思う。
 
 それからだ。
 肩の荷が下りた気がして、何もかもが前向きに進み始めたのは。

 病院食も毎食、全て完食できるようになったし。
 ついでに宗像先生が持ってくるアンナの手料理も、半分以上貰って食べていた。

 俺が元気になってきたところを見て。宗像先生からリハビリと称して、激しい筋トレを強いられた。
 腕立て伏せ、腹筋。背筋にスクワットを各30回、一日3セット。
 片脚が折れた状態でも、やらされた。

「相手に想いを伝えられるぐらい、強靭な肉体を手に入れるのだ!」

 と昭和的な考えで、スパルタ教育されてしまった……。

 俺はようやく回復した……いや、強い男に生まれ変わったのだ。
 身体を鍛えたことにより、考え方も変化する。

 自分はあくまでもノンケだが、好きになった人間がたまたま男だった。
 という考えを受け入れることにより、前へ進める。

 ならば、あとは簡単だ。
 ジーパンのポケットからスマホを取り出し、相手に電話をかける。


『……もしもし?』
 弱々しい声だ。心配させてしまったからな。
「久しぶりだな、アンナ」
『タッくん!? げ、元気にしていたの? 宗像先生が全然、会わせてくれなかったから……』

 俺が退院したことは、家族と先生以外知らない。
 敢えて、情報を制限したのだ。
 しっかりとお互いの間で、ケリをつけるまで、接触することは禁止する。
 そう宗像先生に厳しく注意された。

 でも、今は違う。ちゃんと準備が整ったから。

「悪かったな、アンナ。色々とあったが、ちゃんと無事に退院できたんだ。弁当も毎日ありがとう」
『良かった……本当に……』
 受話器の向こう側から、すすり泣く声が聞こえてくる。

「その礼も兼ねて……いや、やはり正直に言うよ。明日、久しぶりに取材しないか?」
『え? 取材……』
「ダメか?」
『ううん、ダメじゃないよ。でも、退院したばかりなのに、大丈夫なの?』
「心配するな。むしろ元気が有り余っているぐらいだからな、ハハハっ!」
『そう、なんだ……わかった。じゃあ、明日博多で会おうね』
「ああ」

 電話を切ったあと、俺はなんとなく手ごたえを感じ、拳を作っていた。

 ここまでは、計画通りだ。
 あとは、本番次第。もうあんな不幸が続くことのないように……。

  ※

 デート当日、博多駅の中央広場へ向かった。
 春の間はほとんど、病院で過ごしていたので。久々に人ごみを見て、懐かしさを感じていた。
 1年前のデートを。

 いつも通り、黒田節の像で彼女を待つ。
 俺のファッションは相変わらず、タケノブルーのTシャツに、ジーパン。
 入院をきっかけに筋トレを続けているから、ちょっとサイズが小さく感じる。

「タッくん~!」
「ん?」

 甲高い声が聞こえてきたので、そちらに視線を向けると。

 そこには、ツインテールの金髪美少女が立っていた。
 肩あきの白いブラウスで、胸元にはいつもより大きなリボンがデザインされている。
 ボトムスは珍しく、ブルーのミニスカート。
 こちらもウエストにリボンが二つ並んでいる。

 初夏にピッタリの色合いだ。
 可愛い……。

 久しぶりに見た彼女を見て、言葉を失う。

「……」
「タッくん? どうしたの? まだ脚が痛むの?」

 緑の瞳を潤わせて、俺の顔を覗き込む。

「あ、悪い……久しぶりに会えて嬉しくてな。やっぱりアンナは、いつ見ても可愛いなと思って」
 つい本音がポロリと口からすべってしまう。
「そんな、タッくんたら……」
 案の定アンナは顔を真っ赤にして、視線を地面に落としてしまう。

「はははっ! 今日はアンナに日頃の感謝を込めて、デートしたくてな。いっぱい博多で楽しもう! とりあえず、カナルシティに行かないか? イチ押しの映画があって……」
 と言いかけた瞬間、彼女が俺の胸に飛び込んできた。

「うう……本当に心配したんだから。タッくんが死んだんじゃないかって、すごく怖かった! 毎日、毎日神様にお祈りしていたんだよ!」
 顔は見えないが、どうやら泣いているようだ。
「すまん、アンナ。なかなか連絡も取れず……」
「もう絶対に、遠くへ行かないで。タッくんのいない世界なんて、いらない!」
「ああ、そうだな」

  ※

 しばらくアンナを慰めること20分。
 彼女も落ち着いてきたので、再度今日の目的地であるカナルシティへ向かうことに。

 はかた駅前通りを二人で歩きながら、俺は今日のデートプランを説明する。

「今日はな。とある有名な映画を観ようと思うんだ。アンナも聞いたことないか? 恋愛映画の名作『大パニック』を」
「アンナ、知らない……」

 どうもテンションが低いな。

「俺も昔、DVDで観たけどすごい映画なんだ! 上映時間が3時間を越える超大作なんだが、そんな時間も忘れてしまうぐらい楽しめる作品でな。今回、リマスター版を劇場で観られるんだ」
「そうなの。でもタッくんにしては、珍しいね」
「へ?」
「だって、いつもは恋愛映画とか観ないんでしょ? タケちゃんの映画ばかり、観ている気がするよ?」
「それは……」

 痛いところを突かれてしまった。
 彼女の言う通りだ。
 俺は普段から、恋愛映画なぞ好んで観ることはない。

 今回のデートだから、敢えて選んだ作品だ。

「タッくん。何か隠してない?」
「か、隠してないぞ! 心配するな、俺は入院してしまったが、この通り。見事強くなって帰ってきたのだ!」
 とTシャツの袖をまくり、少し膨らんだ上腕二頭筋を見せつける。
 だが、彼女の反応はいまいちだ。

「なんか、タッくんらしくない……前のタッくんの方が良かった」
 えぇ……強い男の方が良くね?
「そうか? 宗像先生に鍛えられて、今度こそアンナを守れる男に……」
 言いかけたところで、彼女に遮られる。
「望んでない! アンナはそんなこと、望んでないもん! ただタッくんと一緒にいたいだけ」
「アンナ……」

 う~む、どうも今日のデートは、空回りしているような。

「それから、タッくん。忘れてない?」
「え?」
「今日ってタケちゃんの新作映画『作家レイジ 最終章』の公開日だよ。そっちを観なくてもいいの?」

 うわっ、マジで知らなかった。
 この数日間、今日のことで頭がいっぱいだったからな。

「ああ……今日は観なくていいよ。アンナと一緒に楽しめる作品を観たいからな」
「やっぱり変だよ。あのタッくんが、タケちゃんを選ばないなんて……」
「はははっ、そうかな……」

 ヤバい。計画通りに事が進められるかな?
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